06話.[約束しないでね]
「先輩が余計なことを言おうとするから困りましたよ」
「だが、私のために言ってくれたんだろう?」
「んー、まあ、きっかけはそうですけど……」
途中からは誰がどう見ても意地になってしまっていた。
意地になったわけじゃないとか考えておきながらあれだが、恥ずかしくなるぐらいにはそうだった。
直接見られることになったよりはマシだろうかとまで考えて、逆にあれなら見られていた方がマシだったなと終わらせる。
「それより望月先輩はどれぐらい教えてくれたんですか?」
「最初から最後まで全部だ」
「それなのによく庇おうとしましたね」
一緒になって責めるのはやりすぎだが、あそこでは巻き込まれないように動いたって悪いことじゃなかった。
「それよりもだ、もしかしたら上手くいくのかもしれないな」
「妥協でいいなんて言うべきじゃないですけどね」
気持ちは捨てたらしいから望月先輩がそんなことにはしない……のか?
どんな風になろうとこっちは関係ないんだから今度こそ黙っておくべきだ、求められてもないのに動くとああなるんだと教えられたからできない。
「俺らがしなければいけないのは歩くことですよね」
「はは、そうだな」
一定の距離を歩くを続けている。
もういまとなっては贅肉のためじゃなくて先輩と過ごすためにしていることだ。
先輩の方はどうなんだろうか? ほっそいから少しぐらいは俺みたいな考えで動いてくれていたら嬉しいが……。
「もう一年あってよかった、ここで卒業は寂しいからな」
「そうですか」
一日で卒業ならホワイトデーの時点でいなかったことになるし、俺としても今年が卒業年じゃなくてよかったとしか思えない。
「っと、どうしたんです?」
足を止めて黙ったまま、このまま歩いても意味がないから待つしかない。
たまにこうやって意味深な行動をする人だから違和感はないが、今更になって離れたくなったとか言われそうで不安になる自分もいた。
本当に弱すぎる、なんで俺はこう成長できていないんだろうか。
「先輩?」
声をかけても反応しないから肩に触れてみたらやっとこっちを見た。
別にいつも通りの顔で気になる感じではないものの、いきなり電源が切れた機械みたいに止まるのは勘弁してほしい。
まだまだ三月でも寒いというのある、自分が外にいるのに言いたくなってしまうのは仕方がないことだと片付けてもらうしかない。
「帰る」
「あ、じゃあそれで」
時間も時間だからまだ明るい、でも、本当に先輩がいないと意味がないから帰ることになった。
意識しなくても勝手に通り道に家があるからいつも通り歩いて――ではなかった、明らかにこっちから距離を作っていた。
肩に触れてしまったことが不味かったということなら謝罪をするが、多分そうではないから謝罪をしようもない。
寧ろこっちのことなんて見ていなかったし、家に着いたらさっさと鍵を開けて中に入ってしまったからその機会すらなかったというか……。
「あ、おかえり」
「高嶋? 母さんならまだ帰ってこないぞ?」
「君を待っていたんだよ、ちょっと公園にでも行かない?」
余っているから付き合うことにした。
つか、用があるなら言ってくれれば優先するのになんでしないんだ。
「……盗み聞きすることになっちゃったのはあれだけど、全部が全部悪いことばかりというわけでもなかったんだよね」
「聞いていたんだな、望月先輩には言ったのか?」
「うん、言った、そうしたら『そうなんだ』と返されたよ」
望月先輩らしい、動揺せずに対応できそうだ。
「私的に意外だったのはそれじゃなくて新水君と望月先輩が初対面ではなかったことかな」
「仲がいいわけではなかったけどな」
一度目もあのときみたいに放課後に教室でぼうっとしていたら急にきたんだ。
そのまま話しかけてくるもんだから相手をするしかなかった、直接話しかけられて無視できるような強さがなかった。
「で、なんで今日はこんなに早いの? いつもならみお先輩と歩いているところなのにさ」
「帰るって言われてな、先輩がいなければ歩く意味なんかないんだ」
「もしかして今度はみお先輩に変なこと言っちゃったの?」
いや、そんなことはない、だって最後が「寂しいからな」というそれだったから。
先程はあんなことを考えたが肩に触れられたことが嫌ならぱっと叩いていることだろう。
だからいつもの俺みたいに急に不安になってしまったんじゃないかと想像している状態だった。
「ちゃんと仲直りしておきなよ?」
「……俺らはできているのか?」
「あ、そういえばそんなこともあったね」
そういえばって昨日の、今日の話だぞ。
これぐらいの緩さの方が人生楽しく過ごせるんだろうか?
「私は君のこと許してないから、でも、みお先輩と仲直りするまでは協力してあげます。だって私は優しいから」
「ありがとな」
握手を求めてきたから握り返しておく。
ただ、誰かが協力してくれるんだとしてもどうにかなるのかという考えが強かったのだった。
「新水、昨日は悪かった、実は家にいてくれと頼まれたことを思い出してな」
「え、じゃあ肩に触れたのが悪かったとかそういうことじゃないんですね?」
「え? 当たり前だ、別に新水に触れられたって構わないぞ」
どうやらそういうことらしい、わざわざ嘘をつく必要もないから信じておけばいいだろう。
でも、俺らが仲直りするまで協力してくれるという話だったのにこれではなんにもないまま終わることになる。
まあ、こういう状態はなるべく短い方がいいからそういう機会がこなくてよかったとかって高嶋は考えるかもしれない。
「恥ずかしかったんだ、頼まれていたことも忘れて新水と歩く時間を優先していたことが、な」
「忘れることぐらいありますよ、俺なんて取りに行ってなにを取りにきたんだ? となるときもありますし」
「忘れたことを恥ずかしがっているわけではない」
歩くことは続けてきたことだ、一日サボるとやらなくなるかもしれないから今日も続けたいと考えるのは普通だ。
だからどっちでも恥ずかしいことじゃない、気にする必要はなかった。
「でも、今日はなにもない、今日はまた一緒に歩こう」
「寧ろ俺から頼みたいぐらいですよ、俺は先輩と歩けるあの時間が好きなんです」
始めたからには最後までやりきる、なんにだってそうだと言える。
競いたいわけじゃないから設定されている距離も時間も短いが、決めたことを今日もできていると考えるといい気分になれるんだ。
難点があるとすれば終わったときに甘い飲み物を飲みたくなることで、もう金を持っていない状態で実行した方がいい気がした。
「新水君はそういうこともちゃんと言えるんだね」
「え、だって隠すことでもないじゃないですか」
いまは廊下で話しているから高嶋が気づくこともできない。
教室で話すべきだったと後悔している、許さないとか言っておきながら協力してくれようとする優しい高嶋のためになにかしてやりたかったのに。
あんなことを言ったお前が言うなよという話だが、あのときはなにも知らなかったんだから仕方がない面というやつもあるんだよ。
「強いなあ、新水君は」
「嫌味ですよね」
「なんでそんなに悪く考えちゃうの、僕は本当にそう感じたんだけど?」
俺らが話したって意味がないから見ておくことにした。
調子に乗るといいことはないと分かったばかりなのに連れてくることはできない。
結局、なにもしないことが一番高嶋達のためになるというのが実際のところで。
「あ、今日の放課後は高嶋さんと出かけるから約束しないでね」
「それなら誘っても断られるだけじゃないですか」
あ、十秒も経過しない内に破ることになってしまった。
すぐに喋りたがる癖も直した方がいいな、もうあまりにも喋ってしまうようだったらテープでも口に貼って過ごした方がいいかもしれない。
ちなみに「分からないよ? 高嶋さんにとっては君の存在も結構重要そうだから」とか訳が分からないことを言われてしまったが。
「俺はさっきも言ったように先輩と好きな時間を過ごすだけです、望月先輩はそっちに集中してください。適当にしたら怒りますからね?」
「ははは、君こそ適当に言っていたら七端さんに怒られちゃうよ?」
「適当なわけないじゃないですか」
それなら言わないことを選ぶ、つか、先輩も止めてくれよと不満が溜まる。
別に目を閉じているわけでも、遠い場所にいるわけでも、全く関係ない話をしているわけでもないのに黙ったままこっちを見てきているだけだ
相手が年上というだけでも相手をするのは疲れるのに、ひとりで対応することを求められたらいつかは駄目になってしまうというのに……。
「鈍感なのかそうじゃないのかが分からない子だね」
「は? 望月先輩っ」
くそ、自由に言っているのは俺だけじゃなくて望月先輩もそうだ。
時間もなくなった、そういうのもあって先輩と別れるしかなかった。
こういうことばかりだ、で、放課後までちょっと微妙な気分のままで過ごすことになるんだよな。
「それじゃあ行ってきます」
「おう、楽しんでこいよ」
「うん、許してないけどありがとう」
それじゃあとこっちも先輩の教室に行こうとしたら階段のところに既にいた。
待たせてしまったことを謝罪し終えたタイミングで腕を掴まれて驚いた。
「行こう」
「つ、掴まなくても行きますけど」
「私が早く行きたいだけだ、疑っているわけではない」
いやこれ、傍から見たら完全に言うことを聞かない後輩としっかり者の先輩という感じだろ……。
しかも急いだって距離が変わるわけじゃない、なにより、楽しくできなければ意味がない。
「もう春だな」
「去年の春に先輩と出会ったんですよね」
「ふっ、新水はきょろきょろしていたからな」
入学式を迎える前にもう一度どういう感じなのかを見ておきたかった。
そして見たうえでどういう風に過ごすかを想像していたときに話しかけてきたことになる。
怪しい行動をしていたというわけでもないのに早口で言い訳をしてしまったぐらいだ、ということは俺はあのときから情けないところを先輩に見られているということになるのかと気づいて残念な気持ちになった。
「することないな」
春休みになったのはいいが、本当にすることがない。
歩くのも昼からという話になっているため、本当に午前中は暇だ。
家族でもいてくれれば喋りながら掃除をして時間をつぶす、なんてこともできるのにそれも期待できない状態だった。
「歩くか」
ひとりで歩くのも悪くないとかそういう程度の感想を抱けるだけでもよかった、家でじっとしているよりはきっとその方がマシだから。
だが、いつものそれを知っている分、やはり物足りなさの方が目立ってきてすぐに足を止めることになった。
「おーい、そこの君ー」
「ん? ……なんか自然と会うよな」
「ははは、相性がいいのかもね」
入学してからずっといるから相性というのはいいんだろう。
一緒にいて嫌な気持ちになることはない、嫌な気持ちにさせたことは恐らく数回どころではないだろうが。
「さっきまであそこで遊んでたんだ、新水君も遊ぼうよ」
「友達でも誘えばいいのに」
「春休み初日ぐらいなんにも考えずに遊びたかったんですよ」
望月先輩を誘えとかも言えないからそうなのかと反応しておいた。
滑り台とかで遊び始めた高嶋を放置し、こっちは移動してベンチに座る。
「私、望月先輩に対してひとつだけ不満があるんだよね、それは失敗をしても『そんなことないよ』と言ってくることなんだけど」
「高嶋は俺と違って高校以前から関わりがあるんだろ? じゃあそういう人だって分かっているはずだ」
「そうだけど、あのときと違うのは私がほら、気になって近づいているわけだから」
気になって近づいているなら、程度の差はあれ望月先輩もそのつもりで動いているなら、残念ながら尚更そういう風に対応されるってもんだ。
というか、あの人の前でいつも通りにするというのは難しいから諦めてしまった方が楽かもしれない。
「でもー、やっぱり好きなんだよねー」
「気になっている状態じゃないのか?」
「もう好きなんですよーん」
まさかそこまでだったとは、って、時間もそれなりに経過したか。
俺と先輩が歩くだけで時間を経過させている間に頑張っていた、ということなんだろう。
望月先輩の前では絶対にこんなこと言えないだろうな、だが、恥じらうところももしかしたらいい方へ影響するかもしれない。
「なんだ、今日はふたりでいたのか?」
「あ、やることがなくて歩いていたら公園で遊んでいた彼女と出会っただけです、先輩との約束はちゃんと守りますよ」
「課題とか掃除とかしていればあっという間だろう? まあ、たまにこうして遊びたくなるときは私でもあるが」
課題も掃除もやる気になれなかった、意外とひとりでいる時間というのは嫌いなのかもしれない。
「みお先輩、私は望月先輩が好きです」
「はは、そうか」
「だからもっと一生懸命になります、それじゃあこれで!」
振った相手に何度も言ってどうする、もしその気になったらそのときに困るのは自分だというのに。
あのときはどうして余裕がなかったんだろうか?
自分の気持ちを相手にぶつけて、きっと望月先輩も拒絶したりしないで受け入れていただろうにどうして……。
「好きです、か」
「先輩は告白したことはなさそうですね」
「ああ、ないな、告白されたこともほとんどないが」
「してみたいですか? あ、まあ、そうしたくなるような相手が現れないとどうしようもないですけど」
「してみたい……のかどうかは分からないな、だが、別に恋に興味がないというわけではないんだ」
そりゃまあ全く興味がない人間というのは少ないはずだ。
周りを見て羨ましく感じるときはある、一回ぐらいはって考えて頑張ろうとするかもしれない。
いくら努力をしたところで選ばれるかどうかは分からない、少なくとも俺の方は動いてみても縁がなかったなあ……。
「いつかそういう存在が現れるといいですね」
「ああ」
俺にもそういう存在が現れてくれ、死ぬまでに一回だけでもいいからって情けない願い事をしておく。
見た感じフリーに見える、付き合ってくれている、最近は優しい、……そういうこともあってついつい先輩をそういう目で見てしまうときというのは……。
「少し早いが歩くか」
「みお先輩」
「お、なんだ急に」
「一ヶ月に数回程度とは言っても十二月まで過ごしてきましたし、二月からは一緒にいる時間だって凄く増えたわけですからそろそろいいじゃないですか」
な、名前呼びぐらいなら許してくれるはずだ。
そうしたらもっと仲良くなれている感が出る、……というのは願望か?
「なんだ、名前で呼びたかったのならもっと早く言えばよかっただろう? うみにも望月にもはっきり言えるのにどうしてそうなんだ?」
「そんなの相手が先輩だからじゃないですか」
「どうして私だからなんだ? お前も言っていたように最近はよく一緒にいる、私だからこそ言えるだろうに」
こういう人を鈍感と言うんだ、望月先輩はちゃんと分かった方がいい。
「新水君は意識しちゃっているからじゃないかな、七端さん」
「意識……は!?」
「本当の鈍感は七端さんだったね」
……なんでいるんだよ、って、別に高嶋と約束をしていたわけじゃないのか。
あと、春休みなんだから急に現れたってそこまで不自然なことじゃない。
ただ、この人の場合は完全に捨てきれていなくて自然と先輩を探してしまっていたんじゃないか、って、ないか。
「うわあ、怖い顔をしているなあ」
「そんなことないですよ」
滅茶苦茶にしたまま帰られたくはないからこの前の先輩みたいにがしっと腕を掴んでおいた。
それなのににこにこと楽しそうで新たにMなのかな? という疑問が出てきた。
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