05話.[言ってきたんだ]

「斬新だな、選んでもらおうなんて」

「先輩自身に選んでもらうならがっかりさせることもないですからね」

「私としては新水に選んでほしかったがな、まあ、結局もう集まってしまっているから文句は言わずに探すよ」


 こっちも適当なところを見て過ごすことにする。

 じっと立っているわけにもいかないからしているだけ、言ってしまえば会計を済ますときだけが俺が動ける時間だから仕方がない。


「新水、これで頼む」

「分かりました、じゃあ外で待っていてください」


 約八百円程度でありがたいと感じた自分と、遠慮してくれたんだなと少し申し訳ない気持ちになっている自分もいた。


「どうぞ」

「ありがとう、食べさせてもらう」

「はい。だけどこれで解散も寂しいですよ」


 まだ十六時半だから余裕はある、三月だから暗くならないのもいい。

 歩くなら歩くでもいいし、どこかに寄りたいなら言ってくれればそこに行く。

 とにかくこのまま解散にならなければ俺的には成功だということだった。


「それなら新水の家に行こう、お前のお母さんは会いたがっていたんだろう?」

「はい、先輩がいいなら行きましょう」


 多分、先輩とは初対面のはず、どういう風に接するのか気になるところではある。

 まああの母のことだ、誰が相手だろうと高嶋みたいに明るく対応するだろう。

 こっちが敬語を使うことはあっても敬語を使っているところは見たことがないから見てみたいというのもあった。

 ……きっと帰った後ににやにやされるだろうからその点は嫌だが……。


「こんな感じなんだな、うみからの情報でしか知らなかったから新鮮だ」

「普通ですよ普通、もうすぐ母も帰ってくるんで待っていてください。帰りはちゃんと送っていきますから」


 今日が初めて送るという行為をする日だ。

 そのことでいちいちドキドキしたりはしない、単純な人間だとはいってもそこまで弱くない。

 最近で言えばふたりきりでいる時間だってどんどん増えているんだから今更そんなことでって笑えてしまうことだった。


「ん? 立っていないで座ってください、すぐとは言っても十八時ぐらいにならないと帰ってきませんから」

「あ、いや、新鮮だったからついつい見てしまっていただけだ、立っていても仕方がないから座らせてもらうが」


 今日はソファに寝転ぶということもできないから先に着替えてしまうことにした。

 やっぱり部屋着の方が落ち着ける、緩い感じなのがいいところだった。

 そういえば俺、先輩のも高嶋のも私服ってやつを見たことがないな。

 どこかに行くとしても放課後に行くだけだから制服のままだし、私服を見ることができたらまたなにかが変わるんだろうか?


「って、戻らないとな」


 部屋でゆっくりするのはやらなければいけないことをやってからでいい。

 一階に戻ってある程度経過した頃に母が帰宅、それはもう嬉しそうな顔でずっとぺらぺら話していた。

 初対面の相手でも全く問題なく話せるのは先輩も同じで、コミュニケーション能力が高い人間達はすごいななんて小さい感想を抱く。


「初めて見たけど奇麗な子だね」

「奇麗……可愛い系だと思うけど」

「えぇ? 高ちゃんの目はおかしいんだね」


 おかしいらしい、まあどうでもいいか。


「送ってもらって悪いな」

「もう暗いんですから当たり前ですよ、俺から誘っているのもありますし」

「うみにしかしないと思っていたんだ」

「意識はしていませんでしたけど、いつも歩いているときだってこれと同じような感じでしたよね?」

「あ、そういえばそうだ……」


 帰り道にどーん! とあればそういう意識にならなくて当然だ、だから先輩が悪いわけじゃない。

 だが、高嶋にしかないとか思われていたのは少しアレだなと。

 高嶋ばかりを優先していたわけでもないのにこれだ、でも、先輩がこの感じなら勘違いした自分を直視することもなくてよさそうだ。

 この距離感が絶対にいい、踏み込もうとするとろくなことがない。

 幸い、告白して振られたことを言いふらされていたとかそういうことはなかったものの、残念ながら告白した回数=断られた回数ということになるから。


「はは、私は馬鹿なのかもしれないな」

「そんなこと言わないでくださいよ」

「だが、散々自由に言っておきながらこれでは……」

「別に悪口を言ってきていたわけじゃないじゃないですか」


 どうにもならないことを口にして迷惑をかけていたのは俺だ、そういうのもあって可愛くねえとか内側でだけでも言ったことを後悔している。

 可愛くねえのはてめえだって話だよな、あんなの構ってほしくてしていたようにしか見えねえよ。

 今更になって物凄く恥ずかしくなってきた、だから本当に薄暗いというのは都合がよかった。


「今日はありがとうございました」

「いや、それはこっちが言わなければいけないことだろう? ありがとう、これはゆっくり食べさせてもらうよ」

「はい、それじゃあ風邪を引かないようにしてくださいね」

「ああ、新水も気をつけてくれ、あ、帰り道もな」


 まだまだ気温は低いから頭を冷やしてから帰ろう。

 と言うより、この状態のままいつも通りの母の相手は無理だったんだ。




「という状態です、一緒にいてくれているけどやっぱり難しいね」

「だろうな、それでもまだ頑張るんだろ?」

「うん、適当に近づいたわけではないから」


 久しぶりに話をしたがなんか顔が凛々しくなった感じがする。

 頑張っているときの人間特有のそれというか、まあ、こんなのは俺がそう見ているだけではあるが。


「みお先輩とはどうなの?」

「一緒にいる時間が増えたな」

「もう友達って言えるよね?」

「ああ、寧ろ友達にもなれていなかったら嫌だよ」


 知り合いレベルだったらああやって何回も歩くという行為を共にしてくれはしないだろう。

 あ、やべえ、いまのでやっぱり不安になってきた。

 俺の願望の可能性もあるからそうやって行動するのは不味いんじゃないか?


「うみ、望月が来てほしいと言っていたぞ」

「本当ですか? 教えてくれてありがとうございます」


 の割には望月先輩、一度もこの教室に来たことがないんだよな。

 正直いまのでどこかにいった、心配なのは寧ろ高嶋の方だ。


「俺、心配になりますよ、だって高嶋が一方的に行っているだけじゃないですか。望月先輩は一度も来てくれたことがない、望月先輩の自由だとは分かっていても微妙な気持ちになるんです」

「お前はうみではないだろう、なんで微妙な気持ちになるんだ?」

「友達だからですよ」


 もっとも、なにかができるとも、なにかをしてやろうとも考えていない。

 言われなくても本人が一番分かっていることだ、もしかしたらそういう条件で受け入れた可能性だってある。

 だから本人には言っていないんだ、言わなければ傷つけることだってなくなるかもしれないからだ。


「なら望月が悪いことをしているとは思えない、私は望月の友達だからな」


 誰も悪いなんて言ってないぞ……。

 望月先輩のことでむきになれるのになんで断ったんだよ……。


「戻らないんですか?」

「だが、正直、やめた方がいいと私は思うんだ」

「そりゃそうでしょうね、だって先輩にとっては高嶋だって友達なんですから」


 両片思い状態なら俺達だって見ているだけでよかった、ごちゃごちゃ考えなくても本人達だけできっと上手くやっていた。

 でも、そうじゃないからこういうことになる、余計なお節介だと言われても全く関係ない人間のことじゃないから……。


「うみが悪いわけではない、望月が悪いわけでもない、だが……」

「先輩が言えないなら俺が言ってもいいですよ、俺としても友達が傷つくところなんて見たくないんで」

「いや、そんなの卑怯だろう……?」

「先輩と高嶋が不仲になるぐらいならこの方がマシです、……その際はもっと相手をしてくれるとありがたいですけどね」


 すぐに変えてださいが動くか。

 俺はまだ頑張れと言ったわけじゃないから引っかかることはない。


「あ、高嶋、ちょっと待ってくれ」

「うん、今日は別に誰とも約束をしていないからいいけど」


 いつも通りの感じで「どうしたの?」と聞いてきてくれている。

 ここまできたら言うしかない、もう時間を貰っているのにやっぱりなしとはできないから。


「高嶋、もうやめておけよ、望月先輩じゃなくて他の男子にしろよ。なにも最近まで先輩のことを好きでいた人と仲良くしようとしなくていいだろ?」

「言いたいことはそれだけ?」

「ああ、友達に傷ついてほしくないんだ。そんな結果が分かりきっているような恋をしなくていいだろ……?」


 いまでも笑みを浮かべているままだから逆に怖い。

 寧ろ感情的に吐いてどこかに去ってくれた方がこれならよかった。

 ……先輩が気にしていたからって格好つけようとした自分が悪いんだ、できればその方がいいんだ。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど私はやめないよ」

「なんでだよ、高嶋なら同じぐらいいい人間とだって――」

「簡単に言わないでよ! 大して私のことなんて知らないくせに!」


 お、おいおい、いまのは引き出そうとしたわけじゃないんだが……。

 自分から仕掛けておきながら逃げたくなったださい人間がいる。


「あ……、ごめん、ちょっといま余裕がない状態でね。なんか出ちゃった、ははは」


 結局、俺が求めたように彼女は出ていった。

 それこそこれこそ踏み込んでいるから本当に矛盾まみれだ。

 だから今日も頭を冷やすためにぼうっとしていたら肩を叩かれて意識を向けた。


「こんにちは」

「あ、望月先輩」

「新水君とは初対面というわけじゃないのに話しかけにくかったよ」


 何気に俺、望月先輩と話したことがあるんだよなあ。

 それも一回だけじゃないからなんかなんとも言えない気分になった。

 こうして話せるなら協力してやるべきだったのか?


「それより大胆なことをするね」

「先輩が、あ、七端先輩が気にしていたんで格好つけようとしたんですよ。俺も男だからやっぱりああいう人といるとそういう風に動いてしまうんです」

「七端さんは奇麗だからね、だから僕も告白させてもらったんだけど振られちゃったよ。もしかして新水君のことが好きだからなのかな?」

「さあ、それは七端先輩じゃないと分からないことですから」

「そっか、じゃあいまは高嶋さんのことだね」


 この人が素直に吐いてくれるとは思わないが知ることができるなら……。


「なんであんなことしちゃったの、あれじゃあ高嶋さんが可哀想だ」

「いやだって、あなたはどうせいまだって七端先輩のことが好きなんでしょう?」


 そんな人間を好きになったところでいいことなんかなにもない。

 俺の母だってもっと他の人を好きになった方がいいと言うよ、意外と冷静に物事を見られる人だから相談を持ちかけてほしいぐらいだった。


「振られてから時間も経過した、僕はちゃんと気持ちを捨てたよ」

「無理ですよ、好きだという気持ちはどうせ捨てられないんです」

「それは君の話だ、僕は本当にちゃんと捨てたんだ」

「……その程度ならそもそも告白するべきじゃなかったですね」

「君は色々自由勝手に言い過ぎだ」


 先輩が断っていなければ、そもそも望月先輩が告白していなければ、現実とは違うことを考えてしまっている。

 違う、そういう風に考えておかないと望月先輩の顔を見られなくなるからだ。

 明らかに怒っている、舐めるなって、調子に乗るなって言いたげな感じだ。


「七端さんのためにもなっていないよ、そんなの」

「そうなんですかね」

「ああ、君は無駄に高嶋さんを傷つけてしまっただけだ」


 ……だからって受け入れるわけじゃないんだろ。


「その気がないならあなただって断ればいい、それをしないで俺に一方的にそんなことを言うのはおかしいですよ」


 むかついたからこうしているとか、引くに引けなくなったから煽るようなことをしているとか、そういうつもりはなかった。

 俺は始めたからにはちゃんと終わるまでやろうと考えているだけだ。

 嫌われたくなんかない、でも、中途半端に終わらせたらきっと俺が気持ちよく過ごせなくなってしまうから駄目なんだ。


「確かにそれだけは君の言う通りだ、だから僕はその話を高嶋さんにした。そうしたら『妥協でもいいですから』と言ってきたんだ」

「受け入れたってことですか?」

「先程も言ったけど僕はちゃんと気持ちを捨てた、いまはちゃんと高嶋さんを見ている。これでも君からしたら止めなければいけないことなの?」


 じゃあ終わりか、これ以上続けても無駄にしかならない。

 謝罪も感謝もなんか違う気がして荷物を持って教室をあとにした。

 なんにも影響を受けていないということもないだろうからそこを望月先輩が支えてやれば多少は変わるだろう。

 いやでも、こんな形でも動けてよかったなんて思えない。

 無駄に敵を作っただけだ、もう既に後悔しているところだった。




 机の中を見てみたら『新水君最低』と書かれた紙が入っていた。

 だが、別にクラスの人間が怖い顔をしていたり、悪口を言ってきたりしているわけではないため、なんかそこは高嶋らしいななんて感想を抱く。


「遅い、なにゆっくり登校してきているの」

「高嶋、昨日は悪かった」

「謝ったらなんでも解決するわけじゃないんですけど、余裕がないときに悪く言われて傷ついたんですけど」


 あの話を聞いていたわけじゃ……ないよな。

 聞いてくれていたら一応最低なことだけじゃなかったことになるが、この様子だとそういうことではないように見える。

 見ていたうえで許せないということなら受け入れるしかないが。


「そうだ、甘い物を奢るというのはどうだ?」

「いつでも甘い物を食べさせておけばいいと思ってない? 私はそんなことで許したりしないんだけど」


 許してもらおうなんて考えていなかった。

 昨日は家に帰った後もただただぼうっとして過ごしていただけだ。

 流石に寝ないと授業に集中できなくなるから寝たが、もう格好つけて動くことはしないと決めた。

 求められていないことをしたところで格好良くなんて見えない。

 昨日の俺は分かってなかった、まあ、俺らしいとも言えるのがなんとも言えないところだった。


「もう、そんな顔をしないでよ」

「飲み物買ってくるわ、高嶋はなにがいい?」

「え? あ、じゃあ敢えて牛乳かな」

「分かった、ちょっと待っててくれ」


 最近は金を調子に乗って使いすぎている気がする。

 八十円とはいっても積み重なれば結構な額になる、外で買う炭酸なんてその倍だからもっと酷くなる。

 いまもパワーを得たくてこうしているわけだが……。


「高嶋――望月先輩」

「おはよう、昨日はよく寝られた?」

「はい、寝ることだけはなんとかできましたよ。高嶋、ほら」

「ありがとう」


 あれだったから自分用に買ったやつを望月先輩に渡しておいた。

 それからは関係ないから椅子に座ってのんびりする。

 結構遅めに登校してきているから余裕はないものの、そこまで時間がないというわけではないから問題ない。


「新水、おはよう」

「おはようございます、高嶋と望月先輩ならあっちにいますよ」

「……昨日、言ってくれたみたいだな」

「あー……」


 なんて言えばいいのか分からなくて探している間にふたりが近づいてきた。


「みお先輩っ、昨日新水君が酷いことを言ってきたんですよ!」

「それは私――」

「高嶋、先輩はもう知っているぞ」

「え、私は言ってないけど……」


 そんなの後ろにいるこの男子先輩しかありえないだろう。

 何故そこに報告したのかは分からないが、大抵はそんなものだと考えておけば失敗はしない。


「もう! 新水君の馬鹿!」

「ああ」


 先輩が余計なことを言おうとしたから困ったぜ、なんとか遮ることができたから高嶋の意識をこっちにやることができたが。

 俺が勝手にしたことだから急に入ってこられても困る、不仲になってほしくなくてしたことだから意味がなくなってしまうんだ。


「なんで七端先輩に言ったんですか?」

「七端さんの方から聞いてきたんだ、そのまま全部伝えただけだよ」

「悪く言うこともできましたよね? なんでしなかったんですか?」

「嘘をついても仕方がないよ」


 望月先輩は「もう捨てたし、仮に好きであったとしてもそんなことで勝てても嬉しくないからね」と残して歩いて行った。

 元々戻ろうとした望月先輩に付いていったのは俺なので、まあ、こっちとしても教室に戻ることしかできなかった。

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