04話.[負けてしまった]
「こ、これを受け取ってくれ!」
「は、はい、それよりどうしてそんなに弱っているんです?」
「うみだ、うみがほとんど食べてしまったんだ……」
食いしん坊じゃねえか、ちなみに本人は後ろにいてにこにこ笑顔で立っているが。
本当にほとんどを食べてしまったらしく、望月先輩と俺に渡したら終わったみたいだった。
今月は欲しい物が急に出てきて購入した後だったから余裕がなかったらしい。
「よかった、元々望月と新水とうみにしかあげるつもりはなかったからこれで迷惑をかけることはないな」
「……後ろのお嬢さんは滅茶苦茶先輩に迷惑をかけていますけどね」
「ふっ、だが、美味しいと言って食べてもらえて嬉しいがな」
つか、本当に貰えたってことだよなこれ、つまり返すときに悩むことになるということだ。
い、いやいい! せっかく貰えたんだから味わって食べておけばいい。
センスがないからホワイトデー付近になったら食いしん坊を頼ればいいんだろう。
「あ、これ、ありがとうございます」
「ああ、じゃあこれで、うみを連れて帰らないといけないからな」
「はい、気をつけてください」
家に戻っていつ食べるのが正解なのかと考えている内に時間が経過し、両親が帰宅してしまった。
「懐かしいなあ」なんて言っている母に聞いてみたら「今日だよ」と言われてだよなという結果に、入浴なども終えてから食べようと決めた。
「もうひとりの子からはなかったのか?」
「なかったな」
「その先輩よりもうひとりの子と多く一緒にいたんだろ? それなのに不思議だな」
無理をしなくていいと言ったのは自分だ、不満なことなんてない。
考え込んでいる間に作ってくれていたから飯を食べてさっさと風呂場へ移動、長風呂派じゃないからそこにいる時間も少なかった。
いつもの癖で歯を磨きそうになってしまったことに苦笑し、物を持って今度は部屋へ移動する。
「な、なんか食いづれえ……」
弁当とは違う、バレタインデーという言葉を意識してしまう。
母親以外の異性から貰うことが初めてでもないのになんでここまで違うのか、俺らがもう高校生だからなのか?
「こんこん、入りますよー」
「おう、それはいいけどなにしに来たんだ?」
「うみちゃんとみおちゃん、どっちが好きなのっ?」
「俺らはまだそういうところにいられてないよ、仲良くなろうと努力をしているところだ」
歩くことも続けている、肉の方は……あんまり変化が見られないが。
でも、なんか冷たい空気が吹き飛ばしてくれるからあの時間は好きだった。
家でごろごろしていたらそりゃ楽だが、本当によく喋ってくれるからあの時間が早くきてほしいって考えている自分もいたりする。
俺はどこかで求めていたのかもしれない、チョコが欲しいからとかじゃなくて安定して先輩と話せるようにとそういう風に。
「あれ、まだ食べてないの?」
「なんか気恥ずかしくてさ」
「どうしても今日中は恥ずかしいということなら明日でもいいかもね、その方が意識しづらいだろうから」
勢いで食べきってしまうのは確かにもったいないし、なにより失礼だ、母の言っているようにしてみるか。
捨てるとかそういうことではないんだ、ちゃんと味わって食べて感謝と感想を伝えればきっと「ふっ、そうか」と言ってくれるはず。
「でもね、送ってこなかったことだけはお母さん怒っているからね?」
「あ……」
散歩、歩いているときは自然とそのルート内に先輩の家があるから送るとか意識したことがなかった。
あと、望月先輩ならともかくとして、俺みたいな人間が送るよとか言ったところで微妙そうな反応をされそうで怖かったんだ。
どうしてもこういうことも含めて試すためにしていたとしたら、なんていう風に弱い自分が考えてしまう。
「今度からは送ってあげてね、ふたりとも可愛い子なんだから守ってあげて」
「分かった」
連絡先とかを交換できたらもう少しぐらいは自信を持って行動できるだろうか?
というか俺はやっぱり求めているんだな、お互いに興味がないとかあのときは考えたくせにださいな。
だが、色々言い訳をしてなんにも努力をせずに無理だからと諦めてしまうよりはまだマシな気がする。
分かりやすく拒まれたわけじゃないんだ、いまのままでも大丈夫……なのか?
「……やべえ、美味そう」
開けて見てしまったのが悪かった、そうしたら一気に食べたいという気持ちが出てきて食べ終えてしまった。
あのときもそうだ、味わわなければならないのにすぐに食べ終えてしまう。
「美味かったのに俺ときたら……」
いいか、ごちゃごちゃ考えると駄目になる、美味かったんだから美味かったとそのまま伝えればいい。
「ふふふふ、結局負けてしまったみたいだね」
「ああ、負けてしまった」
「美味しかった?」
「美味かった」
「よかったね」
その笑顔はやめてくれ、悪いことじゃないのに微妙な気持ちになるから。
その後は固まっていても仕方がないから歯を磨いてベッドに転んだ。
少し早めの時間だったが、明日も学校だから悪くはなかった。
「そうか、それならよかった」
「はい、それより……」
「うみがずっとこんな感じでな、ずっと我慢してきたって言うからしたいようにさせているんだ」
寧ろいままでどうして我慢していたのかという話だった。
俺が協力してどうこうしたわけじゃない、結局頑張ったのは彼女自身、いままでとの違いはなんなんだろうか?
「……新水君だけ独占しようとするからだよ」
「参加しない高嶋が悪いだろ?」
「知らない」
それこそ知らないってやつだ、だって独占なんかできていないから。
どうにもならなさそうだからこの話は終わらせて別れる。
昼休みはやっぱり転んで過ごせないと駄目なんだ、これをしないと午後を気持ちよく乗り越えることができない。
見上げても物寂しい天井が見えるだけだが、やっぱり落ち着けるからいい。
「ちょっと新水君、転んだら汚れちゃうでしょ」
「姉貴はうるさいな」
「あっ、お姉ちゃんって呼んでもらってないんだけど!」
「お姉ちゃん、これでいいか?」
無言は肯定の証というし、よかったんだと判断して目を閉じる。
できれば毛布とかそういうのがあってくれたらもっとよくなる、だけど持ち込むのは現実的ではないから妄想で留めておくのが一番だと言える。
数秒が経過した頃腹に衝撃を感じて目を開けると「寝ないでよ」と少し不貞腐れた顔の彼女がいた。
「七端先輩は望月先輩に取られちゃったから相手をしてよ」
「あの女子は?」
「話を逸らさない、相手をしてほしいと言っているんだから『はい』か『はい』でいいの」
それなら相手をしなさいと言えばいいと思う、別に彼女の相手をするのが嫌というわけではないから構わない。
「早く言っておけばよかった、ごめんね、自分が悪いのに八つ当たりをしちゃって」
「中々言いづらいだろ、言えたからいいだろ」
「でも、もっと早く言っておけば新水君だって仲を深められたんだよ?」
「それは自分の力でできたことじゃないだろ」
誰かに動いてもらってそれでできた環境に満足するのは駄目だ。
正直、現時点でそれだからこう言ったところでまるで説得力がないことになるが。
だけどその点、彼女は違うんだから堂々としていればいい、とか言ってもきっと納得してくれることはないのかなと。
「情けないけど高嶋が動いてくれてよかった、そのおかげで先輩ともいられているからな」
「む、矛盾してない?」
「ああ、してる、だけど実際助かったからさ」
俺だけだったら一緒に歩こうとか言えていなかった、その後の行動だってそうだ。 あのときみたいに断っていた可能性があるから俺にとっていいことをしてくれた。
俺が積極的に動いて助けてやれるぐらいでありたかったが、弱い人間にできることはそのときそのときに受け入れたり断ったりすることだけだった。
「そんなに七端先輩といたかったんだ?」
「最近はそうだな、やっぱり一緒に過ごす時間が増えると変わるよ」
無理やり絡みに行っているわけではないから大丈夫だと思いたい。
というか、俺がそういう人間だったらこうして高嶋が「相手をしてよ」と頼んでくることはないはずだ。
強いと感じているのはこちらだけで、多分、本人的には……あ、これも勝手な想像かと終わらせる。
「私は?」
「母さんが家に連れてきてくれっていつも言ってる、だからまた今度家に来てくれ」
「質問に対する答えじゃないんですけど、私不満なんですけど」
「そもそも、高嶋と過ごしてきた時間の方が多いからな」
そういうのを求めるのは他の男子にしてほしい、他の男子であればみなまでちゃんと言ってくれることだろうから。
「私、甘い食べ物が好きなんだよ」
「だから放課後に奢れって? 高嶋が店を選んでくれるならいいぞ、いつも一緒にいてくれているからな」
「ち、違う違う、甘い食べ物を一緒に食べてほしいの」
「いいぞ、じゃあ放課後に行くか」
それぐらいなら食べても飯が食べられないということはない。
付き合ってほしいと頼まれれば受け入れる、つまり、ああいうことじゃなかったらいいということになる。
死ねとかそういうのだったら無理だがな、まあ、わざわざそんなことを言ってくるやつはいないから考える必要もないか。
「……お、奢ってくれるということなら……」
「自分が言ったからな、それは守るぞ」
「そ、そっかっ」
顔に出やすい人間だった。
俺もこれぐらい出していけば一緒にいてくれる彼女達からすると分かりやすくていいんだろうか?
「あ、もちろん七端先輩も連れて行くからね」
「え、ふたり分か……」
「な、七端先輩の分だけ払ってあげなよっ」
「……いいよ、じゃあそういうことにしよう」
だからいまは休憩だ、今度こそ目を閉じて休む。
階段を下りていく音が聞こえてこないからまだ近くにいるみたいだが、気にしないで予鈴が鳴るまで休んだ。
今日も今日とてそういうパワーというやつに頼ることにした。
「ん~、甘くて美味しい!」
「新水、本当によかったのか……?」
「はい、お世話になっていますからね」
いいさ、友達のために使うのなら無駄遣いと怒られることもない。
寧ろ母なら「よくやった!」と褒めてくれることだろう。
それに男ひとりで甘い食べ物を頼むよりはやりやすいので、感謝しておけばいいという話だった。
「これは美味しいな」
「あ、いまの顔凄く可愛かったです!」
「そ、そんなこと言うな……」
照れている先輩はともかくとして、甘い物というのはやっぱりよかった。
いつも炭酸とか飲み物ばかりだから食べ物というのは新鮮だった。
決してそういうことで払わなければいけないという事実から目を逸らしているしているわけではない。
「ごちそうさま、たまにはこういうのも悪くないな」
「でしょ?」
「高嶋のおかげだ」
「いちいちいいよそんなの、これからお世話になるのはこっちなんだし……」
食べ終えたらささっと払って店を出た。
二月ももう少しで終わるというところまできているものの、全く暖かくなる感じはしない。
「歩かないといけないな」
「ですね」
「え、私はお礼を言って帰ろうとしていたんですけ……ど」
「参加は自由だ、帰りたいなら帰ればいい」
「参加しますよ! 参加するに決まっているじゃないですか!」
いま帰ろうとしていたと言っていたのになにを言っているのか。
しかも意地になったところで意味なんかない、別に俺らがこの時間を使って特別なことをしているというわけではないんだから帰りたいなら帰るべきだ。
「私は七端先輩よりいいボディになってみますよ!」
細い体というのは努力で手に入るだろうが、……育っているところはいまから期待するのは違う気がする。
言葉であっても触れようものならぶっ飛ばされかねないから黙っておいた。
「みお先輩、私真剣に望月先輩と仲良くしたいんですけど」
「はは、何故私に聞くんだ? 仲良くしたいならすればいい」
「みお先輩に告白をした人です、簡単にいかないのも分かっています。でも、出会って私は動きたくなってしまいました」
頑張ってくれ……は違うよな、これも黙っておくことが正解だろうか?
とにかく、歩いている最中ではあったから勝手に引っかかって気まずいということもなかった。
ふたりは楽しそうに会話をしているし、こっちから意識を外していたからというのはある。
「げっ、お母さんに帰ってきなさいって言われちゃいました……」
今度は送った方がいいのかと考えている間に高嶋が去り……。
「ずっと黙ってどうしたんだ?」
「あ、頑張ってくれと言うのは違うのかと考えていたんです」
「どうだろうな、そのときそのときによって正解が違うから分からないな」
誰かを好きになった人を振り向かせることは無理と断言してしまってもおかしくはないことだった。
振り向かせられてもそれは妥協でしかない、妥協されても大丈夫という人間以外はやめておくべきだ。
高嶋にその強さがあるのかは分からない、だから言わなくてよかったと自己解決させておいた。
「今日はここまでにしよう。正直に言うと先程の空間がよすぎたのと、せっかく暖まった色々なものを冷やしてしまうのは違うからだ」
「分かりました」
この時間は先輩がいないと成り立たない、ひとりで続けたところでそれこそ冷えるだけだから俺も帰ろう。
「うみはすごいな、積極的に行動できるところが羨ましい」
「同じ人間なのに悲しくなるぐらい差があるんですよね、あ、これは俺の場合ですから勘違いしないでほしいですけど」
高嶋に限った話じゃない、根本的に違う人間というやつらには定期的に出会うことになるんだ。
そして俺はその明らかな差というやつに嫉妬すらできずに苦笑しかできないことになる、まあ、まだ一応普通の人間というやつでいられている気がした。
「差か、いつでもそういう風に考えているのか?」
「そんなことしませんよ、だって比べたところで虚しくなるだけじゃないですか。意識して見ない、聞かないようにしているというわけでもありませんがね」
「そうか、ああ、その方がいい」
なんか滅茶苦茶柔らかい笑みを浮かべられてしまった。
もうとっくに着いているから挨拶をして先輩と別れる。
ああいうふと見せる魅力的なところに望月先輩は負けてしまったんだろうか?
ああいうことが増えたら次は俺が負ける番……か?
「ただいま」
そもそも勝ち負けじゃねえ、魅力に惹かれても負けじゃねえ。
ただ、望月先輩でも振られたのに俺なんかが相手になれるわけがないかと得意の思考をしてベッドに寝転んだ。
照明を点けていないから暗い部屋だ、そんな中いつもみたいに天井を見上げていたら母が帰ってきた。
「もう、電気ぐらい点けなよ」
「眩しくてさ」
両親はずっと変わらないままだから安心できる。
仲良くしておけば一緒にいて気まずくなることもないし、色々ためになることだって教えてもらえる。
「がーん!? うみちゃんが高ちゃん以外の男の子と恋なんて……」
「これまでもそうだっただろ、女子の友達はいたけどそこ止まりだった」
いま思えば付き合っている状態なのにこっちの相手もしてくれていたが、あれは彼氏から怒られていなかったんだろうか?
もしかしたらなんか失敗をしていたのかもしれない、こっちから挨拶をしたりしていたのは不味かったのかもしれない。
察してやることができないからいままで通りに行動してしまうというのは……。
「いいよ、高ちゃんにはみおちゃんがいるんだからっ」
「俺はそれよりもちゃんと返さないとな」
協力してもらうってこともこれで微妙になってしまった。
仕方がない、本人にどんなのがいいのか聞いて返すことにしよう。
それが一番自分に合っていると思う、ごちゃごちゃ考えたところで出てくるのは悪い方面への考えばかりだから。
それなら心配する必要なんかないからいまから気楽になった。
先輩なら「新水らしいな」と笑ってくれそうな気さえしていた。
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