03話.[当たり前ですよ]

「もうすぐバレンタインデーだね」

「高嶋は誰かにやるのか?」

「うーん、女の子の友達にあげるぐらいかな」


 そういうものか、特定の異性に「義理チョコだから」とか言いながらあげるというわけではないのか。

 裏はともかく積極的に男子と過ごそうとはしていないから違和感はないが、なんかもったいない感じがする。


「あ、君も欲しい?」

「貰えたら嬉しいけど無理しなくていい」

「そうなんだ」


 センスがないので返すときにきっと困ることになる、だから貰えない方がいい。

 母なら持って帰ったらハイテンションになることだろうな、まあ、残念ながらそんなに上手くはいかないんだが。

 なにもなかった中学時代を考えると小学時代はすごかったんだなとそんな感想を抱いた。

 それよりもだ、俺的にはもう一年生が終わるということの方が気になっていた。

 四月になれば進級するというだけではあるものの、あっという間過ぎたから怖い。


「七端先輩も四月になれば三年生だよね」

「ああ、俺らが二年生になるんだからな」

「後悔しないようにいっぱい一緒にいないとね」


 最近になって急に一緒にいる時間が増えたから確かにそうかもしれない。

 理由がどうであれ、そうして過ごすようになるとやっぱり変わってくるんだ。

 あ、もちろん距離感はいまのままでいい、だって変な感情を抱えることになってしまっても困るから。


「ということで今日はこっちから行ってみようよ」

「別にいいけど」


 望月先輩とどんな感じなのかが気になっているのはあった。

 ちゃんと友達らしくいられているのか、どういう顔で対応をしているのか、知ることができれば分からないことなのにごちゃごちゃ考えなくて済む。


「あ、望月先輩といるね」

「友達だからな」


 あくまで普通という感じだ、振った振られたという話を聞いていなかったら仲がいい男女という風にしか見えない。

 いや、直前にどんなことがあろうと仲がいい男女だということには変わらないか。

 だけどあれはやっぱり俺にはできないことだ、振られた直後にいままで通り接することなんて無理すぎる。


「来ていたのか」

「待っているとお昼休みぐらいしか会えないので」


 昼飯はよく一緒に食べているから高嶋が言っていることは事実だった。

 一緒にいたいならいまみたいに自分から近づくしかない。


「行っていいのか?」

「当たり前ですよ」

「それならこれからは行こう」


 勇気を出せばこんなにも簡単に変わることを知っている、だが、こんなのは強い人間だけができることだ。

 俺にはできないことをした、その強さが羨ましい。


「あ、ここにいる新水君が七端先輩に用があるって言っていました」

「は?」

「じゃあねー」


 こういうパターンが一番最悪だ、すぐに対応できなくて固まることになる。


「それで用ってなんだ?」

「あー、弁当が凄く美味かったので」

「それはあの日に言ってくれただろう?」

「最低でも二回は言っておかないと落ち着かないんですよ、じゃ、それだけが言いたかっただけなんて」


 いまは自分にナイスと褒めてやりたかった。

 ここで黙ったりしたら多分先輩は気にする、そういう状態でそれらしい感じで終わらせられたのはいいことだとしか言えない。


「おかえりー」

「高嶋」

「か、顔が怖いよ? わー、待って待ってっ、謝るからっ」


 謝らなくていいからああいうことはやめてくれと言っておいた。

 俺はともかく先輩を困らせてしまうのは嫌だった。

 まあ、一応これまで関係が続いている……ようなという感じだからおかしな思考というわけではないだろう。


「うみって新水君と仲がいいよね」

「ん? うん、四月からこうして一緒にいるからね」


 毎日必ず話していたから嘘は言っていない。

 だが、それも結局彼女の強さがあったからだ、その差にやはり微妙な気持ちになっていく。


「もしかしてそういう関係だったりする?」

「そういう関係……あ、ううん、私と新水君はそういう関係じゃないよ」


 そこでは慌てないのか、よく分からないのは彼女もそうだった。

 でも、冷静に対応できるのはいい、こういうときに慌てたら駄目になる。


「なんだ、うみにやっと彼氏ができたと思ったのに」

「やっとって中学生のときに付き合っていたんですけど」

「だけどもう高校二年生になろうというところまできているんだよ?」

「そんなの関係ないよ」


 って、ここで話すのはやめてくれ、そういう話は裏でやってくれ。

 知りたいという気持ちはあるが、そういうことを知りたいわけじゃない。


「でも、新水君ならいいかもね」

「おお!」


 友達も止めてくれよ……、なんでおおとか盛り上がっちゃったんだよ。

 似た者同士ということか、なんからしいから黙っていよう。

 というか、なにかを言おうものなら無駄に振られかねないからやめておいた。


「素直なところが可愛いからね」

「可愛い……? 新水君はどちらかと言えば怖いと思うけど」

「怖い……? それはまたよく分からないことを言うねえ」


 離れてほしい、さっさと予鈴が鳴ってほしかった。




「にゃー」

「よしよし、いい子にはこれをやろう」


 可愛いやつだ、あっという間に食べ終えてこっちを見ていやがる。

 猫語が分からないからこそだろうが、もう最高の存在だ。

 たまにこういう奇跡的な個体に出会う、これは日頃の行いがいいからではないだろうか?


「私にも触らせて!」


 だが、こうしてそういういい雰囲気というやつを壊す存在が現れるんだよなあ。

 なんでだ、やっぱりこれは日頃の行いが悪いからなのか?

 可愛いやつが目の前から去っていくというのは悲しすぎる、簡単に耐えられるものではない。


「高嶋、そんなに急いで近づいては猫も不安になってしまうぞ」

「はい……」


 止めてくれるのが遅い、先輩もどこかずれてしまっている。

 まあいい、最高の存在が去ってしまったのならここにいる意味なんかないから帰ることにしよう。


「新水君っ、私の家には最高の存在がいるんだよ! 見てみたい!?」

「家の中に入らなくていいなら見てみたい」

「じゃあほら行こっ?」


 敷地面積に余裕がある以外は大して変わらない一軒家だった。

 外で待っていたらすぐに最高の存在とやらを連れてきてくれた。

 言ってしまえば犬だ、……なんかやたらと太っているが犬だ。

 初対面の俺が近づいても威嚇どころかこっちを見てくることもしない、呼吸をしていなければ生きているのかと聞きたくなるぐらい。


「久しぶりだなマル」


 既に会ったことがあるらしい先輩が話しかけても微妙な反応だった。

 もしかしたら結構な歳なのかもしれない、でも、家族である高嶋はにこにこしているから大丈夫なのか?


「前に会ったときはもう少し細かったと思うが、太ったな」

「うっ!?」

「ん? 何故高嶋がそんな反応を?」

「ほ、ほら、冬はどうしても美味しい食べ物をいっぱい食べようとするじゃないですか、そのうえで運動をしているのならいいですけど現実は……」


 運動不足か、部活をやらなくなってからは確かにそうだ。

 ただ、このさっむい冬にわざわざ運動なんてしたくない。

 しかもひとりじゃ絶対に続かない、このふたりに頼むのもそれは違うだろう。


「運動なら新水に付き合ってもらえばいい、運動神経がいいことを知っている」

「あ、それなら確かに私でもできそうです」

「安心しろ、私もちゃんと付き合う」

「はい、ありがとうございます」


 黙っている内にそういうことになってしまった。

 どうしたものかと考えていたら「新水にばかり負担をかけたりしない」と先輩が言ってくれたが……。


「歩くことから始めよう、それなら私達でも続けやすいだろうから」

「分かりましたっ」

「じゃあ今日からだな、明日に先延ばしにしたら駄目なんだ」


 やるならさっさとやってしまった方がいい、暗くなると滅茶苦茶寒くなるから絶対にいい。

 なーに、ほとんど下校しているときと一緒だ、警戒する必要なんかないんだ。


「マルも付き合ってくれてありがとねー」


 長く生きるためにも運動をした方がいい、ここまで太ってしまうとこういう強制力がなければ駄目だった。

 そもそも犬ならこうでもしないと活動範囲が物凄く制限されてしまっている、連れ出してあげる必要があった。


「最近、よく一緒にいてくれますよね」

「そもそもこれまでおかしかったんだ、一ヶ月に数回だけじゃ知ることもできない」

「その割には先輩、俺の悪いところはよく知っていますよね?」

「……高嶋が教えてくれていたからな」


 悪い情報ばかり流されていた……わけではないと思いたい。

 仮にそういうことをする人間なら直接ぶつけているだろう。


「先輩、高嶋のことうみって呼んでみませんか?」

「ぐわあ!?」

「な、なんだ?」


 って、名前で呼んでみませんかと言えばよかった。

 急に変な風になった彼女に謝罪をし、再度先輩に呼んでみないかと言ってみた。

 だって前々からいるならいいだろう、一ヶ月とかそこらで呼び始める人間もいるんだからおかしくはない。


「そうだな、確かにうみなら問題ないな」

「ああ、勘違いされないように気をつけていたんですね」

「そうだ、昔は呼んでいたんだが……問題が多くてな」


 考えが足りなかった、似たような失敗をこの短時間でしてしまうのは不味い。

 不味いのは俺が作った飯だけでいい、いやまあ、それだって食材に申し訳ないからいつかはちゃんとできるようにならないといけないことだが。


「ん? あれ、うみはどうしたんだ?」

「俺に勝手に名前で呼ばれて怒っているんじゃないですか?」


 少し手前のところで足を止めたままだった。

 マルは吠えたりせずに留まっているだけ、それどころかぐてんと地面に座ってのんびりしているだけだ。

 彼は俺と似ている、なんとなく嬉しく感じていたら「ちょっと新水君!」と相棒の家族様がやって来て全部消えた。


「私はね、簡単に名前で呼ぶことは許可したりしないの! 七端先輩はいいけど新水君は駄目!」

「悪かったよ、ただ先輩に名前で呼んでみないかと言いたかっただけなんだ」

「ふんっ、それなら許してあげるけど!」


 多分一キロぐらい歩いたところで今日は終わりとなった。

 先輩は「少しずつでいい」と、高嶋は「毎日これぐらいでいいよね」と、遥かに低い目標を立てていた。




「逃げたな」

「そうですね」


 一週間もしない内に高嶋が来なくなった。

 一キロ少しずつ増やしていたのが悪かったのかもしれない。

 もっとも、まだ三キロというところだが。


「まあいい、私はこの時間を既に気に入っているから続けよう」

「ですね、俺もなんか気に入っているんですよ」

「寒いのが嫌なのではなかったのか?」

「それでも、ですね、動いておけば飯だって美味く食べられますから」


 やめるとしても一ヶ月程度は続けてからにしたい、巻き込まれただけだとしてもいまやめたら引っかかることを残すことになる。

 あとこの先輩、歩いているときは色々話してくれるからいいんだ。

 登下校時とは違う、とはいえ、まだ毎日一緒にとはいかないがな。


「誰かが作ってくれれば運動しなくても美味しいぞ」

「そんなの当たり前じゃないですか」


 知ってる、これは思い込み? とかそんなことだった。

 どんなことをしようと空腹状態なら美味しい、食材や調味料が優秀だからそういうことになる。

 そういうのもあって少しの悔しさと申し訳無さが内にあった。


「先輩がよく言っていることを真似するなら普通のことですね、でも、当たり前のことだと考えてはいけない」

「ああ」


 こうしてずっと話していれば自然に距離だって稼げるのにどうしてやめてしまったのだろうか?

 ちゃんと意識しながらじゃないと駄目だということなら、もっともな指摘だと言うしかないが。


「今日はこれまでにしよう」

「あ、ちょっと待っててください」


 それにこれ、歩き終えた後に飲み物を買って飲んでいたらプラマイゼロだ。

 だけどこうしないともう満足できないから仕方がないことだと片付けるしかない。

 俺の場合は無理やり抑え込んだところで爆発して暴飲暴食するだけだから。


「どうぞ」

「別にいいんだぞ? 寧ろ私が付き合ってもらっている側だろう」

「俺が飲みたいだけです、ひとりだけ飲むのは違うじゃないですか」

「ふっ、それなら飲まないと新水が気になるよな」


 学校のとき限定なのか? 放課後になってしまえばこれがデフォルトなのか?

 柔らかく対応してくれているのにそれはそれで気になるというのは勝手だろう。

 どれが本当の先輩なのか、このまま居続ければ分かる日はくるだろうか?


「あ、先輩は誰かにあげるんですか?」

「そうだな、望月には渡そうと考えているが」

「はは、高嶋にもあげてやってください」


 甘い物が好きだから渡したら分かりやすく喜んでくれるはずだ。

 だが、これまでも渡してきたからだろうが、望月先輩に渡すというのは……。


「帰りましょうか、やっぱり寒くて辛いから」

「ふっ、変わらないな」


 当たり前だ、変わってしまったら気持ちが悪くて離れたくなる。

 なるほどこれか、いままでの印象が強すぎて違和感しかないんだ。

 Mというわけではないものの、はっきりずばずば言葉で刺してくるのが先輩だという考えになっているからその差が気になるんだ。


「そうだ新水、お前は欲しいか? 貰えるという状態になれば素直に貰うか?」

「拒むわけがないでしょう、恋人のふりとは違うんですから」

「ふっ、分かった」


 家に着いたら今日もソファに寝転んで母の帰宅を待っていた。


「ん!?」


 は? え、高嶋からならまだ分かるが先輩が俺にっ?

 当たり前にように拒むわけがないとか言っておいて今更困惑するとかださすぎる。

 当日になってみないと分からないことだから母に相談することもできない、父は帰ってきたらすぐに寝てしまうから話にならない。


「ただいまー! 高ちゃん、そこでうみちゃんを拾ってきたんだけど」

「いや……、息子の友達を拾ってくるなよ……」


 しかもやたらとぐったりしているから心配になる、相棒のマルも同じだった。

 母が飲み物を渡すと回復して高嶋の方は復活、マルの方は犬でも食べられる物を与えられてもゆっくり食べているだけだった。


「……私は何回もマルに帰ろうと言ったの、でも、この子は聞いてくれなかった」

「だからこの時間まで帰れなかったの?」

「そうです、まあ、強制的に連れて出た私が悪いんですけどね」


 相棒にもメリットがなければいけない、運動なんかは求めていないんだろう。

 食べ物にも興味を示していなかったからなにになら興味があるんだ?

 物凄く嫌がっている感じはしなかったから高嶋といられることが嬉しいのかもしれない、嫌ならリードで繋がれていてもきっと嫌がるはずだから。


「丁度よかった、いまからご飯を作るからうみちゃんも食べていって」

「いいんですか!? 食べます食べます! 全部平らげます!」

「ふふ、全部は遠慮してくれると助かるかな」


 じゃあこっちは相棒と遊ぶか。

 やっぱり威嚇とかしてこないんだな、なんならこっちを向くこともしないしな。


「マル、お? あ、向いてくれるんだな」

「マルはちゃんと聞いてくれてるよ、ちょっと警戒心も薄れたみたいだね」

「なるほど、あ、じゃあ……先輩もそうなのか?」

「七端先輩がどうしたの?」


 まあ、貰えなくても笑い話にしてしまえばいいということで全部話した。

 想像通り、母は物凄くテンションを上げていた。

 俺よりこれまでの先輩を知っている高嶋としてはおかしなことを言っているのか、「なにそれ普通じゃん」とでも言いたげな顔だ。


「酷いね君、私は食いしん坊キャラみたいに扱ってさ、七端先輩に迷惑をかけないでくださいよ」

「これまで貰っていなかったのか?」

「ううん、貰ってたけど」

「おいおい……」

「その顔やめてよ!」


 ここらでやめておこう、マルに触れておかなければ損だから。

 長生きしてほしいからそういう気持ちを込めておいた。

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