02話.[負けるだけだよ]
「お疲れー」
「お疲れ、テニスとサッカーで少し離れているのに元気なのがよく分かったぞ」
「ははは、ついつい声が大きくなっちゃうからね」
あとぴょんぴょん跳ねたりするからそっちに意識を持っていかれる。
サッカーってのは戻ったり向かったりだから仕方がない。
視力がいいということと耳がいいということをよかったと喜んでおこう。
「そういえば窓側だと運動しているところを見られるんだけどさ、七端先輩の友達さんは運動能力が高いみたいだね」
「見た目もいいしな、欠点とかないんじゃないか?」
「それは関わってみないと分からないよ、もしかしたら新水君の方が勝っているかもしれないよ」
「やめてくれ、俺なんか誰が相手でも負けるだけだよ」
そのまま制服を着て突っ伏すことにする。
いちいち寒いと言わずに頑張っている周りの人間はすごい、俺では絶対にできないことだった。
こういう点ではあんまり言えない人間の方がいいのかもしれない、自分が我慢をし続ければ他者を不快にさせることはきっとないからだ。
「あの七端先輩が唯一、一緒にいようとする男の人だからね、興味がないわけではないんだけど」
「女子である高嶋が相手なら喜んで対応してくれるだろ」
「どうかなあ、七端先輩と決めているのなら一緒にいることもしそうにないけど」
仮に先輩のことが好きだったとしてもそこまで徹底することは絶対にない、というか、できないと言う方が正しかった。
友達がいる人間なら無視をしたりできないからだ、もしできるということなら俺は土下座をして謝るつもりだった。
「新水、少しいいか?」
「これは珍しいこともあったもんですね、それでなんですか?」
「恋人のふりをしてほしいんだ」
こればかりは普通に固まった、多分高嶋も固まっていた。
分からないから黙って待っていると「望月から離れたいんだ」と。
望月というのはあの件の先輩か、なんでいちいちそんなことするんだろうかと、答えてくれたのに新しく出てきたというだけだった。
「望月って望月るい先輩ですよね? それこそ七端先輩とよく一緒にいる」
「ああ、そうだ」
「それならどうしてそんなことを?」
「……告白されたからだ」
なんで告白されたら逃げるんだよ、先輩のことを理解できる日はこないな。
自分から進んで近づくぐらいで、名前呼びをするぐらいで、前々から一緒にいるのに意味が分からないことをする。
「……弁当ぐらいなら作ってやれる、だからお願いできない……か?」
「すみません、逃げる意味が分からないので受け入れられません」
「そうか……、まあ、普段私は自由に言っていたからな」
「それが理由では断じてないです、だから勘違いしないでくださいね」
話を聞いてみないと分からないが聞いてみたくないという状態だった。
嫉妬しているとかじゃない、それにとって俺は全く関係のない存在だからだ。
「受け入れればよかったのに、あんなに可愛い人の恋人になれたんだよ?」
「ふりだふり、どんなに頑張ったってそこから変わることはないんだぞ?」
「だけどそれをきっかけに変わるかもしれないじゃんかー」
続けていけばどうなるのかは分からない、高嶋が言いたくなる気持ちも分かる。
だが、逃げるにしても適任な奴がいるだろう。
それこそ昔からいるとか中学のときからいるとかなら受け入れた、だけど俺らはそうじゃないから考えたところで意味がない。
「私を狙おうとしているなら諦めた方がいいよ」
「俺が高嶋に求めているのは友達としていてほしいということだけだ」
「なんだいなんだい、私はそういう目で見られないって言うのかい?」
「どうすればいいんだよ……」
結局「冗談だよー」とか言って女友達のところに移動してしまった。
なんか喉が乾いたから授業が始まる前に水でも飲もう、そうしたときに予鈴が鳴って諦めることになった。
授業の方は急激に難しくなったりするわけではないから放課後まで緩い感じで過ごせたが、なんとなく気分が微妙なのは先輩があんなことを言ってきたから、だよな。
「高嶋、ちょっと付き合ってくれないか?」
「だからそういう意味では――あ、はい、普通にいまからですよね」
「無理なら無理でいい、ちょっと微妙な状態だからさ」
「分かった、じゃあちょっと外で待ってて」
「おう、ありがとな」
言われた通り校門のところで待っていたら「お待たせ」と高嶋が来てくれた。
どこかに行きたかったとかそういうことではないからどうしたらよくなるのか聞いてみた。
「それならぱーっとやらないとね」
「なにを? 暴飲暴食ってことか?」
「ちょっと似ているかな、だけど暴飲暴食レベルまでになっちゃうと微妙だね」
確かにそうか、その後のことも考えて行動しなければならない。
で、学校近くの自動販売機で飲み物を購入し、これまた学校近くの公園でそれを飲むことになった。
「ぷはあ! 冷たくて美味しい!」
「でも、手が冷たいぞ……」
「そんなの仕方がないよ、それより本当によかったの?」
何度言われても変わらないから頷いておく。
寧ろ俺がそういうのを利用して近づこうとしない人間でよかったはずだ。
あとはすぐに解決しそうだったから、というのもあるんだ。
「いまならまだ間に合うと思うけどね」
「いいんだ、それより付き合ってくれてありがとな」
「何回も言わなくていいよ、これだって新水君の奢りなんだから」
それでも礼すら言えない人間よりいいと終わらせておいた。
真っ直ぐに家に帰るよりもすっきりできたからいい時間だった。
「ん……? あれ、なんで……」
「私もこの学校の生徒だ、なにもおかしなことではないだろ?」
「協力しませんでしたけど」
「普通のことだ、寧ろ新水は気にしていたんだな」
そりゃあんなことを言われたら気になるだろ。
敢えて俺に頼んだのはなんでなのかとかあの後は考えた、が、先輩じゃなかったから出ることはなかったが。
別にいまもそれで寝転んでいたわけじゃないものの、なんかこうして本人を目の前にすると自然と出てきてしまうというか……。
「それより汚れてしまうぞ」
「昼休みですからね」
昼休みぐらいはこうしてのんびりしたいんだ。
足を伸ばせていると落ち着ける、座るのも悪くはないがこっちの方がいい。
「なあ、やはり駄目なのか?」
「演技なんかするぐらいなら仲良くして本当の意味で付き合いたいですよ」
所謂普通だ、当たり前のことを言っているだけだ。
だから先輩もおかしいとかそういうことは言わなかった、黙って横に座っただけだった。
先輩と、とは言っていないから邪魔になってしまうこともないだろう。
「そうだ、まだ食べられるか? この前貰ってしまったから作ってきたんだ」
「え、いやでも、俺が作ったわけじゃないですし」
そういうときは母に礼をするってわけじゃないんだな、わざわざ家にまで来たのに不思議な人だ。
飲み物を買ってきたのだって特に考えがあったからとしたわけでじゃない、だからこっちには全く必要のないことだった。
「それでも食べられるなら食べてほしい」
「あ、じゃあ……食べさせてもらいます」
……し、仕方がないだろ、ここまで言われたらどんなことを直前に考えていようと吹き飛んでしまう。
こっちのことを考えてくれたのか「容器は放課後に返してくれればいい」と残して歩いて行った、俺があのときできなかったことを先輩は簡単に実行したことになる。
「美味いな……」
だけどずっとこれならいいのにとかそういう風には思わない、母が作ってくれた弁当がやっぱり一番落ち着く。
なにより先輩が作った弁当を食べているということを考えるだけでなんか背中が痒くなってくるんだ。
先輩が変なのを仕込んだわけではないからこれは俺が悪いことになる。
食事中にずっとこんなことを考えることになっても嫌なので、そういう点でもこういうことはなるべくない方がよかった。
「ごちそうさま」
「いたっ、もう、いつも変なところに行くんだから」
彼女は俺の母親なのかもしれなかった、なんてな。
「あれ? さっき食べ終えたはずなのに……」
「先輩がくれたんだ、この前の礼らしいぞ」
「ああ! だからそんなに可愛らしい感じなんだ」
もっとも、容器の色は水色だからそこまで女子らしいというわけでもない。
おかずもそうだった、どちらかと言えば男子寄りの物だった。
ということは適当とかではなくて本当に俺のために作ってくれたということか。
「これが美味くてな、あっという間に食べ終えてしまった」
「いいなあ、私は一回も食べたことがないからなあ」
「頼んでみたらどうだ? 前々からいる高嶋なら大丈夫だろ?」
俺の場合はこれが最後となってもおかしくはない、そのため、もっと味わっておけばよかったと後悔している自分がいる。
で、そんな気持ちが悪いことを考えた自分に引いているという状態だった。
「よし、それなら今日頼んでみようかな、ついでに望月先輩にも話しかけてみる」
「そうか、頑張ってくれ」
「うん、明日結果を教えるから期待して待っててね」
え、なにを期待すればいいんだ?
俺はその望月先輩には興味がないから正直いらない情報だ、高嶋が弁当を作ってもらえることになってもほとんど同じだ。
あ、まあ、どういう人なのかを多少だけでも知ることができれば協力を頼んできたときに動きやすくなる可能性はあるか。
じゃあ悪くないな、普通の状態の先輩なら協力しやすくなるから。
「それでもいまは休憩、すぐに逃げる可愛くない弟といてあげないとねー」
「姉貴ー、ありがとなー」
「気持ちがこもってない! やり直しだよ弟君!」
そんな茶番に付き合っていたらあっという間に予鈴が鳴って戻ることになった。
見る人間によっては彼女は物凄くいい存在に見えると思う。
だってこういうのが相手でもにこにこだし、中々できることではないから。
「ふむ、同級生と姉弟プレイというのもいいなあ」
「いや、あんまりよくないだろ……」
言えば言うほど悪くなりそうだからやめておいた。
「――という感じでした、いくら新水君とはいっても勝つのは厳しいかも……」
異性である高嶋が話しかけてきたから、ではないんだろう。
でも、なんでそれなら先輩は逃げようとしているんだ?
聞けば聞くほどいい人なんだなという感想になるぐらいなのに、そんな人から告白をされたのにどうしてなんだ。
あれだ、受け入れられないということなら真っ直ぐに断ればいい、いちいち俺に彼氏のふりを頼まなくてもトラブルなく終えることができる。
頭がいい先輩が分かっていないわけがない、……なんらかの狙いがあるのか?
「ちなみに私、イケメン力に負けて惚れそうになりました」
「告白した後だからな」
「だからなんとか抑え込めたよ」
まあ、まだなにかがあったわけではないから動くのも悪いことではない、それこそ先輩がはっきりと断ってくれたら彼女にだってチャンスはあるはずだ。
「なんだ、望月と話したのか?」
「あっ、か、勘違いしないでくださいねっ? どういう人か気になっただけです!」
「なにを慌てているんだ? 誰が近づこうと自由なんだから気にしなくていい」
慌ててしまうと微妙だ、なんにもないなら堂々としていればいい。
こういうところは高嶋のもったいないところだと言える。
そこを直せば、いや、彼氏が欲しいとか常日頃から言っているわけではないから余計なお世話だった。
「それに私は断ったからな、すぐには無理だろうが頑張り続ければいつかは……」
「え、もったいないですね……」
「格好良ければいいというわけではないんだ」
格好いいだけじゃなくて内も整っているのに贅沢な思考だ。
あれ以上をとなると俳優とかか? 流石にそれは無理だろ……。
「あ、そういえば新水に用があったんだ、いいか?」
「分かりました、じゃあ高嶋」
「うん、また明日ね」
最近は増えたがいいことなのかどうかが分からない。
こうして一緒に帰っている割には喋らないというのも影響している。
誘ったんだからはっきりしてくれと、どうしてもそのように考えてしまう。
強くないんだ、黙られたら黙られたで気になってしまうんだ。
「私は間違っていたのか?」
知らないぞ……、どういう風に接していたのかなんて知らないから分からない。
多分先輩としては自分らしく接していただけだから何故なのかと考えているだろうが、相手からしたらその自分らしく接してくれていただけでも影響を受ける可能性はあるから。
「ちなみに望月先輩はなんて言ったんですか?」
「『告白できてよかった』とそれだけだ」
内の複雑さはどうであれなんとなくそう終わらせそうな人だから違和感はない。
それで少しだけ言えることができたから言わせてもらうと、
「そういうものなのか?」
と、少しだけ驚いているような先輩がそこにいた。
そりゃそうか、告白された側なんだからこれからも友達としてはと考えるのは普通のことか。
言ってしまえば好きになってしまった側に責任があるわけだから先輩が悪いわけではない――と考えたくなるのは少しだけでも知っているからなんだろうな。
逆に俺が望月先輩のことを知っていたらそっちの味方をしていたはず、こればかりは……。
「友達としてはいたいんだが……」
「俺だったら無理だというだけですから」
「じゃあ望月はそれに当てはまらないのか」
だからそれは本人に聞いてみないと分からないよ。
また、本人に聞いたところでなんでもかんでも吐いてくれることは多分ない。
つまり、○○時間と時間が経過しようと知ることは延々にできないわけだ。
「少しすっきりした、聞いてくれてありがとう」
「はい」
先輩は俺ではなくて高嶋を頼った方がいい、俺より信用できる人間だし、欲しい言葉だってきっとくれるから。
それでもいま言うことはしない、少しだけ不安定だから勘違いされたら嫌だった。
ただ、これがそれこそ不安定なのを利用して近づいているという風に見えるということなら……。
「炭酸ジュースが飲みたくなった、まだ時間があるなら付き合ってくれ」
「それならスーパーに行きましょう、外で冷たいボトルなんかを持つことになったら辛いですからね」
「分かった、私としてもそっちの方が安く済むからありがたいぐらいだ」
偉い、やっぱり少し離れていてもそっちに行くべきだよな。
だって半額ぐらいで買えるんだよ、ほぼ二本分だと考えれば尚更そうだ。
そういうのもあって、こうして誘ってくることがいいことなのかどうかとか気にしている自分は既に消えていた。
「今更ですけど意外ですね、こういう飲み物は体に悪いとか言って飲んでいなさそうなのに」
「甘い飲み物を目の前で飲んだだろう?」
「炭酸は別とか言いそうじゃないですか」
「言わない、私はこういう飲み物も普通に好きだ」
俺も好きだ、というか積極的にこういう力を借りている。
微妙な気分になることが多い人生だから存在してくれていて助かっている。
まあ、そこは自分の努力不足なのが悪いから醜く嫉妬したりはしないが。
「なんで望月先輩には言ってあげられなかったんですか?」
「特別視していたわけではないからだ、特別扱いをしていたわけでもない」
ふーん、結構遠くから一緒にいるところを見た程度の人間にはどうなのかさっぱりだな。
俺達の前でだけ名前呼びをやめるとかそういう人でもない。
「このことで誰かになにかを言われて変えることはない」
「そうですか、余計なことを言ってすみませんでした」
「……私のことをあまり知らない新水に言われるのは複雑だ」
それ、黙っておこう。
だが、嫌だとかふざけるなとか言わないところが先輩らしい。
こういうところでは完全に冷たくできない、いや、しないようにしてくれているのを勘違いしてはいけないよな。
幸い炭酸パワーがあったから黙っていても気まずいということはなかった。
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