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Nora
01話.[食べてください]
「あー、寒いー」
「情けない声を出すな」
「そう言わないでくださいよ、先輩だって寒いのが得意じゃないでしょ」
「だが、苦手でもない、そこがお前との違いだ」
せっかく見た目がいいのに可愛くねえ。
こういうところはもったいないところだ、優しいのに誤解されて損するタイプだ。
「そもそも四季って必要なんですかね」
「嫌なら日本から出ていけ」
「天候や気温のせいで野菜とかの値段が上がっていいことなんてないですよ」
母さんだってそれでよく不満を漏らしている。
俺が払うわけではないからいまいち理解度が低いが、働いて稼いでいる人間達からしたら許容したくないことなんだろう。
「何度も言わせるな、嫌なら出ていけばいい」
「じゃあ学校も嫌ならやめろと?」
「そうだ、後悔しないということならそれが一番いいだろ。嫌なことから逃げ続けられれば楽だよな?」
適当すぎる、俺にはこう言っておけばいいと思っている。
まあ、基本的にマイナス寄りな発言しかしないからこうなるのかもしれない。
だけど仕方がない、自分が急に変わったら気持ちが悪いから我慢してもらうしかなかった。
「新水」
「早く行きましょうよ」
どうせ行かないということはできないんだ、さっさと移動した方がいい。
外にいたところで体が冷えるだけだ、頭がいい先輩なら分かっているはずだ。
「あ、先輩、放課後は委員会があるので今日は先に帰ってください」
「真顔で嘘を言うな、今日はたまたま会ったというだけだろ」
「はは、正解です」
一緒に帰るということも全くしていなかった、一ヶ月に一回、こういうことがあるぐらいだろうか?
ちなみに入学式前、春休みに高校を外から見ていたときに出会ったというだけだ。
「まあいい、今日は待っていることにする」
「え、どうして?」
「なんかそういう気分になっただけだ、それじゃあまた後でな」
「は、はい」
冗談のつもりだったのに何故かそういうことになってしまった。
嫌なことではないからそういうこともあるかと片付けて教室へ、もう結構登校してきていて相変わらず賑やかな教室だった。
「おはよー、新水君は相変わらず遅いね」
「よう、最近は寒くてな」
「またまたー、寒くなくても遅いじゃん」
「はは、だな」
高嶋うみ、四月に出会ってからはこうして話す機会も多かった。
明るく元気な存在だから普通にありがたかったりする。
「そうそう、実は変なことがあってさ」
「変なこと? あ、悪い夢を見たとか?」
「違うよ、七端先輩がなんかきょろきょろしながら歩いていてね」
七端みお、何気に彼女とは沢山いるようだ。
先輩だってたまにはきょろきょろしたくなることはあるだろう。
いつだって強くいられるわけではない、それが人間の弱さだ。
「多分、探し物をしていたんだと思うんだよね」
「声をかけなかったのか?」
「ちょっとまとっている雰囲気がぴりぴりしていてね」
意外だな、そういうときでも元気パワーで話しかけられるのが彼女だろう。
彼女ですら無理だったということならこっちが話しかけるのは無理だろうな。
怒ったときは本当に怖いから黙っていることしかできない。
「新水君が相手なら素直に吐いたりしないかな?」
「ないない」
そんなことになったら驚く、冬なのに冷たい地面に尻もちをつく。
俺と先輩は一ヶ月に一回程度話す関係なのにどうして続いたのか分からない。
その緩さがいい方に繋がったのかもしれないし、お互いにあんまり興味がなかったからかもしれない。
「まあいいや、それじゃあ今日も頑張ろうね」
「おう」
今日も頑張らなければならない、嫌だと言ったところで悪い方に傾くだけだ。
もちろん不安や不満などはどんどん吐くがそれは必要なことだ、抱え込んだままだったら色々な意味で死ぬことになる。
「いや、寒すぎだろ!」
「うるさいぞ新水」
なんで冬なのに窓が全開なんだよ、換気なら違う時間にやってくれ……。
冬に限って風が強いもんだから困る、夏に冷たい風を吹かせてくれよ。
ただ、やっぱり先輩の言う通りだ、文句を言ってもなにも変わらないことだ。
「腹減った」
昼休みは幸せだ、少しの間休むことができる。
「母さんが作ってくれた弁当も美味いしなあ」
「えぇ、その歳なら自分でやろうよ」
「母さんが作るって言ってくれているんだ、だったら聞いておいた方がいいだろ」
自分が作ったって食材に申し訳ないことになるだけだ、それなら上手く使ってくれる母に任せた方がいい。
「言ってやるな高嶋、期待するだけ無駄だ」
「あ、七端先輩」
「新水ができるのは、できるのは……」
「ちょっ、さすがにそこまでではないですよっ」
高嶋は優しい人間だ、別にいいのに毎回こうして違うと言ってくれる。
先輩からしたら女子に代弁させる情けない人間、というところだろうか?
実際、似たようなものだから言い訳はできない。
「珍しいですね」
「今日は弁当を忘れたんだ、だから歩いていたらお前らに会った」
「え、不味いじゃないですか、そうでなくても細いんですから食べてください」
「忘れた自分が悪い、だから……貰えない」
「意地張ってないで食べてください、そうしないと毎日行きますよ?」
これまでの距離感を壊そうとされたら食べざるを得ないはずだ。
多分、そういうことを人一倍拘っているだろうから絶対に聞いてくれる。
これでどうこうしようとしているわけじゃねえ、もしここで拒み続けるようだったら可愛くねえと直接言わせてもらうつもりだった。
「……悪い」
「そんなのいいですよ、あ、ちょっと飲み物を買ってきます」
今日はなんか気分がいいから三人分買っていくことにした。
自動販売機で買うのもたまにはいい、スーパーに売ってない飲み物が飲めたりするからだ。
「高嶋、ほらよ」
「ありがとー」
「先輩も」
「……さすがにこれまでは」
「もう買ってきてしまいましたから」
直線上に連れてきてしまえばいつもの強気な態度ではいられなくなるのか。
いつもは近くにいても離れていたからどうしようもなかったことになる。
「甘い飲み物って美味いよな」
「うん、お茶とか水とかそういうので済ませばいいのにね」
「俺は無理だな、近くにあるならそのふたつより絶対に甘い物を選ぶ」
「喉が乾いているときにはお茶も水も最高なんだけどね」
飲めば飲むほど不健康になる、そういう結果が待っている。
水なんかは中毒レベルじゃなければ飲むほどいいのに現実は難しい。
それにしてもこうして昼に集まることになったのはかなり久しぶりのことだ、なんか自分が去った方がいいんじゃないかとすら感じてくるぐらいだった。
「先輩、弁当箱は放課後に返してくださいね」
「あ、ああ」
「じゃ、俺は適当なところで休んでくるので」
適当なところに移動し、寝転んで目を閉じた。
そう多いわけではないが、十分休みよりは余裕があるから落ち着ける。
できることならこのまま放課後まで寝ていたいところではあるものの、来ているのに出席しなかったら意味がないから延々に叶わないことだった。
「新水」
「あれ、高嶋はいいんですか?」
「高嶋は友達に呼ばれて戻った、隣、座らせてもらうぞ」
変なのは確かなことなのかもしれなかった。
いつもの先輩であれば帰っているところだろう、それなのに探してまでここに来たっていうのはおかしすぎる。
俺にできることなら動くが、そうではないならもっと信用できる人間のところに行ってほしかった。
「今日の先輩はらしくないですね」
「弁当を忘れた以外はいつも通りだが」
「いつも通りなら高嶋が戻ったタイミングで戻っているはずです、でも、今日のあなたはそうしなかった」
「特に理由があるわけじゃない」
そうかい、理由があるわけじゃないのにこんなことをしているから言っているんだがな。
特定の男子の先輩と仲良くしていることを知っている、だからそっちに行ったらどうかと直接言ってみた。
俺は元々、我慢しないで感じたことを言うタイプだ、先輩としても違和感のある行為ではない……はずだ。
「一緒にいたくないなら離れよう、仲がいいわけではないからな」
「いや、俺は別にいいんですよ、だけどなんかおかしいから」
「おかしいか、よく分からないな」
駄目だ、延々平行線だ、先輩からしたらいつも通りなんだから変わらない。
昼休みなんだから休まなければ駄目だ、たった二時間とはいってもまだ授業があるんだからそうだ。
一旦、先輩の存在を忘れて寝ることにした。
放課後は一緒に帰ることになっているんだからなにもいま話すことはないんだ。
「新水」
「……今日は俺の名字を呼ぶの、好きですね」
声をかけられたら反応しないわけにはいかないから休み時間が終わった。
目を開けて見てみると、あくまでいつも通りの無表情だった。
「私はお前のことが嫌いというわけではない」
「そうですか」
まあ、嫌いな人間と一緒にいようとしないのも人間だろう、仕事とかそういう強制力がなければ絶対にそうだと言える。
だが、急にそんなことを言われても困ってしまうというのが正直なところだった。
だって好きでもないんだから別にいちいち言う必要はないと思う。
「だが、ついつい仲良くしてくれている男子と比べてしまうんだ」
「それで……なにが言いたいんです? 俺もその人みたいにしっかりした方がいいと言いたいんですか?」
おいおい、こっちは無理やり絡みに行っているわけじゃないぞ。
好きだとか一方的に好意をぶつけてしまったというわけでもないのに、なんでこんなことを言われているんだ?
その人がいいならその人といればいい、ずっとはいられないだろうからそういう時間は友達である高嶋と過ごせばいいだろう。
「そう言うつもりはない、だが、新水も直していけばもっと――」
「無理ですよ、俺はどれだけ努力しようと俺のままですから」
弁当袋を持っていたから持ち帰ることにした。
結局、そう言いたいってことじゃねえかってツッコミたくなったが我慢した。
「悪い、遅くなってしまって」
「いいですよ、じゃあ帰りましょうか」
話したいことは特になかった、それは横を歩いている先輩もそうなのか俺達の間には会話がなかった。
正直に言えば気まずい、これならひとりで帰っていた方がマシだ。
だが、冗談でも誘ったのはこちらだから逃げることはできない。
「おーい!」
高嶋か、いま来てくれたのはありがたいことだった。
間に移動してきて「珍しいね」なんて言ってくれている。
「七端先輩、この前はどうしてきょろきょろしていたんですか?」
「きょろきょろ……ああ、細かい場所を指定しないで集まる約束をしていたからだ」
「なるほど、ここにいる新水君が相手ではないんですよね?」
「ああ、違うな」
今日はまとう雰囲気が怖くないから聞けた、ということか。
俺よりずっと前から一緒にいるようなのに変な遠慮を感じるのは相手が年上だからなんだろうか?
いや、年上が相手でも仲が良ければ高嶋なら関係ないよな。
「こういうことを聞かれた際に必ず答えていると思うが、私と新水は放課後に一緒に行動することは全くないぞ」
「そうだぞ高嶋」
一ヶ月に一回ぐらいしか一緒にいないのにどこをどう見たらそう思えるのか聞きたくなったがやめた。
「じゃあどうしてこうしてたまに一緒に行動するんですか? 友達ではないとかそういう風には言いませんよね?」
「私達は友達……なのか?」
「さあ、そんなこと俺に聞かれても困りますよ」
友達にしたって一方通行状態ではどうにもならない、ちなみに高嶋は「なんでそうなんですか!」と納得がいっていない様子だった。
誰にだって拘りがあって動いているのは分かっているものの、他者に押し付けるタイプというのは直した方がいいとしか言いようがない。
「まあまあ、その話は終わりにしようぜ?」
「……分かった。で、今日は本当に約束通り、一緒に帰っているんだね」
「誘ったからな、守らないということはできないんだ」
自分が言ったことぐらい守る……つもりでいる。
状況が悪くなれば変えて行動することもあるが、基本的にそんな感じだ。
だからまあ、そう決めて行動している人間としては今日の発言は失敗だったということになるわけだ。
「あ~、だけど七端先輩が羨ましいなあ、だって格好いい先輩と友達なんですから」
「高嶋にもそういう存在はすぐに現れるよ」
「えぇ、もう高校一年生の冬ですけどこれですよ?」
これ、まあ現状のことを言っているんだろうが「出会ったのはこいつですよ?」と言われている気がして微妙な気分になった。
「まだ時間はある、焦る必要は全くない」
「そうですか……」
「困ったら言えばいい、話を聞くぐらいなら私でもできる」
高嶋は「ありがとうございます、失礼します」と歩いて行った。
俺達的にも距離があるわけではないから別れることになった。
家に着いたらまだ母が帰ってきていなかったからリビングでゆっくりすることに。
いやもうね、母がいるときはだらだらしていたら駄目なんだ。
「ただいま、お、珍しいね」
「たまには手伝おうと思ってな、あ、今日の弁当は先輩にあげたから食べられなかったけど」
今日も美味しかったとか適当は言えなかった、なんというかそういう嘘だけはついてはいけない気がする。
教えられたとかそういうことでもないのに勝手に俺が考えて、あ、いや、小学生のときの先生が教えてくれたんだっけか。
「誰であろうと食べてくれたならいいよ、捨てたりとかしたら怒るけど」
「そんなことするわけがないだろ、いつも美味しい弁当を作ってくれてありがとう」
「んー、なんか
「なんでだよ、感謝はちゃんとしているぞ」
いつだってそういうことを言い続けられるわけじゃない、どうしたって両親の年齢は離れているから先に死んでしまうわけだし。
本当に遠いときの話だが、そのときの俺が後悔しないように行動しているんだ。
「ところで先輩って七端みおちゃんだよね? そうやって話に出す割には連れてきてくれないんだよねー」
「流石に家には誘えないよ」
誘ったら断られるだろうし、誘って受け入れられても嫌だった。
ずっとあのままでいい、変に近づくと違うことで疲れることになる。
きっと上手くはできない、そういう想像だけはやたらと鮮明にできてしまうのは微妙だとしか言いようがない。
「そっかー、あっ、じゃあうみちゃんはどう!?」
「なんで高嶋だけ名前呼びなんだ?」
「そんなの話すことがあるからだけど、あ、ご飯作らないと」
なんでクラスメイトの親と話すことがあるんだ……。
俺がそういうことになったらきっとそ、そうですねとかそういう下手くそな対応になると思う。
「コミュニケーション能力が高い存在は怖いよ」
もし先輩がこんな感じだったらまたなにかが変わっていたんだろうか? とまで考えて、他者に押し付けるなよと終わらせる。
「そういう存在は大事だよ、特に高ちゃんみたいな子にはね」
「大事なのは分かっているよ」
「うん、それならいいんだよ」
手伝いを終え、そのまま食事も終えた。
早く入れるのに入ろうとしない母なため、入浴もさっさと終えて戻ってきた。
ベッドに転ぶとはぁと自然と声が出てしまう、これは楽過ぎる。
「高ちゃん、みおちゃんが来てくれたけど」
「先輩が? 分かった、いま行くわ」
一階に移動してみたら確かに先輩がソファに座っていた、こっちに気づくと「こんばんは」と。
こちらも挨拶をし、どうしたものかと考えている間に「外に行こう」と誘ってきたから従うことにした。
「美味しかったと言いたかったんだ」
「あ、なるほど、先輩は律儀ですもんね」
「普通だ、お礼を言うのは当たり前のことだ」
「ですよねっ?」
「あ、ああ」
なのに母ときたら微妙とか言ってくれやがってっ。
ありがとうございますとか敬語で言ったわけでもなかったのに微妙判定はない。
まだ容姿とか人間性のことでの微妙判定だったら、他者が言うなら納得するしかないが、礼を言っただけであれは納得ができなかった。
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