第7話 倉持ひとり

日曜日の朝


日課のランニングを済ませた倉持は、バッグを持ってシェアハウスから出る。


いつも以上にキリっとした表情である。


桜も由紀も、この状態の倉持と必要以上に言葉を交わさない。


紅葉も、そうである。


ただ皆「いってらっしゃい」と言うばかりである。


行先は問わない。




日曜日の朝、倉持が行く先は決まっている。


それは、個室ビデオ店である。


近年個室ビデオ店は進化を続けている。


安価で清潔、匿名性も高い。


非常に快適な空間となっている。




倉持は近所や職場から、少し離れた個室ビデオ店へ行く。


慣れた手つきで、受付を済ませる。




しかし、この時、倉持は実写は選ばない。


実写を選ぶと、どうしてもラッキースケベがフラッシュバックしてしまう。


特に聖水系はいけない。


パッケージを見るだけでも、想起勃起してしまいかねない。


倉持は、実際の人物をおかずにすることはない。


それは非常に失礼なことだと考えているからだ。


故に、実写は借りない。


その変わり、映画を一本、漫画を5冊借り、インターネット利用を申し込む。




倉持は部屋に入るなり、速攻でPCを起動させる。


立ち上がるまでに、雑誌に目を通し、よいページを探す。


倉持はさらに、業が深いことに、行為では抜かない。


いや、抜けないと言った方がよいだろう。




行為で抜こうとすると、行為寸前まで行ったラッキースケベが目を覚ましてしまうからだ。


最近感じた肌感、ぬくもり、吐息が海馬から、溢れてしまうのだ。




そのため、なるべく、非現実的な、ファンタジックなネタを探す。


ページをめくると、三冊目の巻頭カラーページに丁度よいイラストがあった。


小悪魔風の姿をした美少女が開脚している絵である。




倉持「よし、これだ!」




ここからは早い。


倉持はスマホでアダルトASMRを起動させる。


PCでは、よく見るサイトにアクセスする。


二次元アニメ系のエロ画像をスライドショーで流すのである。


更にバッグから、香料を取り出す。




後の流れは、誰もが知る流れだと思われるので、割愛する。


倉持はプレイの痕跡をしっかり消して、部屋を後にする。




倉持はスッキリした顔で店を出る。


シェアハウスへ戻ると、荷物を置いて、スーツに着替える。




人は悩みがあると、パフォーマンスが下がると言われる。


倉持の場合は、常に煩悩に苦しんでいる。


すなわち、ひとりプレイ後の倉持は非常に高いパフォーマンスを発揮することができるというわけだ。




倉持「さて…行きますか」




ネクタイをぎゅっと閉める。




行ってらっしゃい。 シェアハウスのメンバーは口々に言う。


今回はどこへ行くのかは分からない。


しかし、皆、彼が、誰かを助けるために動くのだろうということは理解していた。


故に余計な詮索はしない。


唯一紅葉が声をかける。




紅葉「夕飯は、どうします?」


倉持「……外で食べてきます」


紅葉「そう、あまり遅くならないようにね。 行ってらっしゃい」


倉持「ええ、すぐに終わらせます。 行ってきます」






シェアハウスを出てから、300mほどすると、倉持の形相に変化が生じる。


倉持は人を道具扱いすることを何よりも嫌う。


今回緑谷と筑紫を利用している人物の見当はついている。


そして、今その人物がどこにいるのかも、分かっている。




倉持が歩いていると、ふわっと、シトラスの香りがする。


倉持はその方向を見ずに話を始める。




倉持「すまんな。 休日なのに」


白銀「まったくよ。 金曜日に来週動くとか言ってたくせに、もう動いてんだもん」


白銀「早漏にもほどがあるよ」


倉持「つらい時間は短い方が良いと思ってな… この埋め合わせはするよ」


白銀「…まあ、私も昨日、筑紫さんと話はしてるから… お互いさまだけどね」




その反対側から、今度はローズ系の匂いがする。




金剛「仕事が早いのはいいが、休日に上司を呼びつけるとは… いい度胸をしている」


倉持「はは、すみません。金剛部長」


金剛「人使いが荒いやつだ」




倉持たちは遊園地に入る。




倉持「大人三枚で。 ええ、まとめて払います」


金剛「おいおい、ここは私が払うぞ」


倉持「いえいえ、大丈夫ですよ。 今月はまだ余裕がありますので」




入園するや否や白銀はここぞとばかりに、倉持の腕をつかむ。




倉持「ちょっ、いきなり、何を」


白銀「何言ってんの。 こうしないと怪しまれるわよ。 ただでさえ、今日のクラさん表情怖いんだから、ちょっとは笑みを浮かべなさいよ」




倉持の左腕は完全に包まれてしまった。




金剛「そうだな。 じゃあ、私も」




金剛がおずおずと、倉持の手を握ろうとした瞬間。


白銀は腕と胸に力を入れて、倉持の進行方向をグイっと曲げた。




白銀「クラさん。 あっちに行こう」




白銀が手のやり場を失い赤面する金剛の方を向く。




白銀(悪いけど、金剛おばさん。 ここは私に譲ってもらうわよ)


金剛(白銀… わざとだな… 見せつけおって)


倉持(さて、ターゲットは… おそらくコースター横のベンチ…)


倉持(いた… 子どもは… ジェットコースターに乗ったばかりか… 好都合)




倉持は白銀の腕をそっと外して、駆け出す。


ターゲットの背後に回り、耳元で囁く。




倉持 小声「静かに… あなたの身元は把握しています。 あなたが指示していることも全て調べはついています)




ターゲットを囲むように金剛と白銀が立ちはだかる。




金剛「家族サービス中にすまんが、こちらも急いでいてな」


白銀「ほんと、ここ最近人為的なシステム障害が多くて困ってるのよね」




倉持「こちらの要求は二つ、二人を開放すること、今後このような妨害工作はしないこと、飲まないならば、本件をしかるべきところにリークさせてもらう」




ターゲットは静かに頷いた。




金剛「じゃあ、一応念書書いてもらいましょうかね」








三人はターゲットに要求を飲ませると、すぐにその場を後にし、休憩スペースに腰を下ろした。




金剛「思った以上にあっさりいったな… 拍子抜けだな」


倉持「まあ、あの人は自分が裏で糸を引いているとバレないと踏んで、指示していたにすぎませんから。安全圏から引きずり降ろされれば、もう何もできません」


白銀「とんだチキンね。 まあ、立場もあるからそうせざるを得ないんでしょうけど」


金剛「だな、まあ事後処理はこっちに任せてくれ。 二人ともよくやってくれた」


倉持「とんでもない」


白銀「そうよ。 当然のことよ。 で…このあ…」


倉持「さて、お二人ともありがとうございました」




倉持が立ち上がる。




倉持「フリーパスを買っているので、どうぞ残り一日楽しんでください」




倉持は一人で、アトラクションへ向かう。




白銀「は?」


金剛「え? 一人で回るの?」






その日は、朝ジョディに100円、桜に100円、白銀に2000円、金剛に500円という結果であった。


倉持が一人で観覧車に乗ろうとしている時に白銀が入り込んで、頂点付近でいろいろあったのだが、この間と似ている流れなので、割愛する。

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