第5話 倉持は星が見たい

倉持の部屋は現在吹き抜け状態である。


以前崩れ落ちた桜の部屋はまだ直っていない。


桜は現在、仮の部屋に住んでいる。




倉持は時折上を見上げる。


金曜日の朝、食事を終えた倉持はふと、頭上を見上げて思った。




倉持(星が見たい!)




倉持は自然に身を置くことが好きである。


多忙でないときはキャンプや釣り、河川敷の散歩に出かけていた。


一人で自然の中にいるときは、ラッキースケベ発動率がかなり低くなるのも、その要因である。


実家にいるときは、時折近くの小高い丘に登り、星を眺めていた。




倉持はあえて、星の知識は身に着けないようにしていた。


キャンプや釣りについても、必要最低限の知識は身に着けているが、過剰な知識をつけようとはしない。


それは、彼の自然に対する哲学のあらわれであった。


一定の知識は理解のために必要不可欠であるが、過度な知識を得ると、理解を通り越して支配的な感覚につながりうると、倉持は考える。


自然とよき友であり続ける姿勢…それゆえあえての無知であろうとしているのである。




倉持(そうと決まれば、今日は仕事をきっちり切り上げて、プラネタリウムに行こう。 本当の星は再来週実家に帰ってじっくり見ることにしよう)




倉持は財布の中にプラネタリウムの会員証があることを確認し、さらに入場料を財布の別の場所に移した。




倉持(確か、この時期は夏の大三角形のイベントプラネタリウムがやってるはず。 イベントは18時30分開始… 仕事を17時にきっちり終えてから、一度帰宅…その後シャワーを浴びて、電車でプラネタリウムに行けば十分間に合う)




倉持は心なしかウキウキしながら、電車に乗り込んだ。


倉持はゆったりとシートに腰をかける。


この時間はたいてい空いている。




三奈「倉さん。 どしたん。 嬉しそうだけど」




倉持に影がかかる。




倉持「おはよう。 三奈さん」


三奈「三奈でいいってば。 珍しくにやけてるけど、いいことあったん?」


倉持「ああ、今日はプラネタリウムに行くんだ」


三奈「プラネタリウム」


三奈(プラネタリウムって… デート? だって、普通アラサーの男性一人で行かんよね… えー…マジかぁ… いい人いるんだ… まあ、そりゃ…これだけカッコいいなら… そうだよね…)


三奈「はぁー」




三奈は深くため息をついた。




倉持「大丈夫?」


三奈「うん… じゃあ、仕事のあと、待ち合わせとかしてんの?」


倉持「待ち合わせ? 誰と?」


三奈「え? 誰かと一緒に行くんじゃないの?」


倉持「プラネタリウムのことか? 一人に決まってるだろ?」


三奈(え…そうなの? 一人プラネタリウムが普通なの? いやいや…倉さんは普通じゃないとこもあるから、普通じゃないかもしれんし… でも…これって、もしやチャンス?)


三奈「へー… でも普通は男性一人じゃ行かないんじゃない?」


倉持「そうか?」


三奈「ってか、私もプラネタリウム興味あるし… 一緒に行ってもいい? なんて」


倉持「分かった。 じゃあ、仕事終わったら連絡するから、プラネタリウム入り口で待ち合わせようか。 えーと、あ、もちろん制服はダメだからな。 それと念のため身分証も持ってきて」


三奈「いいんか」


倉持「見たいんだろ? 私の年間パスがあれば、一緒に行く人3人まで割引になるし、お得だよ」


三奈「…う…うん。 分かった」


三奈(よっしゃあああ。 腑に落ちんとこもあるけど、とにかくよっしゃあああ)


倉持「あ、遅くなるかもしれないから、親御さんには私からも連絡しておくよ」




電車が到着する。


三奈は倉持と一緒に降りると倉持の前を歩く。


三奈が階段を先に登り切ると、振り返って、満面の笑顔で行った。




三奈「じゃあ、またあとで」


倉持「ああ」




その瞬間、風が吹き、三奈の膝上5㎝たけのスカートがめくれる。


青色のストライプ柄である。


倉持は100円を渡して、職場へ向かった。








職場に到着すると、デスク上のメモとメールをすばやく確認する。


あらかじめ考えていたToDoリストに、修正を加えて、本日のスケジュールを完成させる。




倉持(ロスタイムを考慮しても、十分間に合うな… システム障害なんかのトラブルがなければ…)


黒田「倉持ー ヘルプ―」


倉持「…なんでしょう? 黒田さん」


黒田「システム障害よ! 朝の寄り付き注文が正常にできない可能性の顧客がいるの」


倉持「…えーーと。 金剛部長は?」


黒田「システム部との確認中よ。 他の事は倉持に任せたって」


倉持(部長ううう)


倉持「…」


倉持「分かりました。 復旧までどれくらいかかる見込みですか?」


黒田「70分」


倉持「際どいな。 ひとまず大至急障害発生についてのメールを全顧客へ。 青野さん頼む。 文面確認は黒田さん頼みます。 青野さんメール作成中、黒田さんはテレサポや新人、派遣社員に、応対マニュアルを伝えてくれ。 他のみんなにもそれぞれ、VIPや電話連絡希望者への連絡を割り振る」


倉持「あとは復旧状況を見ながら、判断していこう。 それと、どうしても納得できないという顧客は私や黒田さん、部長で対応するから折返し対応にするよう誘導してくれ」




倉持の指示を受けて、各自持ち場へ戻る。


システムは60分で復旧。 クレームはあったものの、実質的な被害は防ぐことができた。




倉持(…何とかなったな… みんなよく対応してくれた… しかし、これで2時間のロスか…)




倉持はタンブラーのコーヒーを飲み、一息つくと、業務に戻った。


そこに赤井が書類を持ってくる。




赤井「朝からお疲れー。 これ、悪いけど、書類ざっと目を通してくれる?」


倉持「ああ、分かった」




倉持が書類を見るとメモが張ってある。




赤井メモ「おつー 旦那、週末ですぜ 久しぶりに飲みいかない?」




倉持はメモの空きスペースにささっと返事を書く。




倉持メモ「不可。 今日はプラネタリウムへ行く」




赤井「えー… 私よりも星を選ぶんか」


倉持「今日は無性に星が見たいんだ」


赤井「…一人で?」


倉持「いや、知り合いと約束している」


赤井「は? マジ? あんた男友達いたの?」


倉持「? 女性だが?」


赤井「えええ… 彼女いんの?」


倉持「? いや、元教え子だ」


赤井「…それはデート?」


倉持「いや、星に興味があるみたいだから、誘ったんだ。 私の年間パスを使えば、3人まで割引されるんだ」


赤井「……へーーー。 わ…私も…星、見たいかも」


倉持「そうなのか? 言っちゃ悪いが意外だな? じゃあ、一緒に行きますか?」


赤井「え…あー…まあ、暇だしぃ… 行く…かな」


倉持「じゃあ、プラネタリウムの入り口で落ち合おう。 また連絡する」


赤井「わ…分かった。 じゃあ」




赤井が立ち去ろうとしたとき、机にぶつかり転んでしまう。


黒いレースのついた下着があらわになる。


倉持は100円を渡す。




赤井を見送ってから、倉持はささっと書類に目を通す。


特にチェックが必要そうな内容ではなかったので、ものの10分で確認が終わった。




倉持(よし、いい気分転換になった。 大きな仕事の前に、こういう肩慣らし的な仕事を挟むのは切り替えに丁度良い)




倉持は昼食もとらず、一心不乱に業務に取り組んだ。


ふと時計を見ると3時前だった。




倉持(もう3時か… この調子なら、業務は終わるな… このままなら)




そこに金剛と黒田がやってくる。




金剛「ふー… やっと、会議が終わった。 倉持、現場の指示助かったよ」


黒田「ホント、倉持は頼りになるよー はい、お菓子」


倉持「いやいや、皆さんお疲れ様です。 新人たちも、落ち着いていい動きしますよ。 クレームも2件ほどで済みました。けど、焦るので、こういう取引そのものにかかわるトラブルは起こってほしくないですけどね」


金剛「だな… 倉持…この後…来れるか?」


倉持「…大丈夫ですよ」






倉持は金剛に連れられて、部長室に入る。




金剛「すまんな… 今回のことで、相談があってな…」


倉持「…あー 人為的…だったんですね?」




金剛は静かに頷く


今回のシステム障害は人為的なもの…それも作為的なものであった。


金剛の言葉で、倉持は二人の人物を思い浮かべた。




金剛「聡いお前の事だ… 見当はついてるだろ?」


倉持「ええ…私が呼ばれたということで、察していました」


金剛「システム部の方は白銀女史が、確認を行う。 ウチは、私が動くよりも、お前の方が適任だろう… 任せられるか?」


倉持「…ご存じでしょう… 私は断れない性質ですよ」


金剛「…すまん いやな役どころをさせる。 フォローはする… 頼んだ」


倉持「ええ… すぐ動くのは怪しまれます。 今日のところは白銀さんと情報交換をして、本格的に動くのは、週末にします」




倉持は部長室を後にする。


時計に目を落とす。




倉持(星を見る暇はないか… いや、何とかしよう。 待ち合わせもしている。 ん、連絡?)




忙しい中でも、倉持は三奈の家と桜に連絡をしていた。


三奈の母親からは、「OK よろ」とだけ連絡が来ていた。




桜からは、「ご飯いらないって、どうしたの? 仕事忙しいの?」と来ていた。




倉持 メール「それもあるけど、今日はプラネタリウムを見に行くんだ」


桜 メール「あー、好きだもんね… 一人で行くの? 何なら一緒に行こうか?」


倉持 メール「いや、三人で行くよ」


桜 メール「私も行く」




倉持(もう一人分割引いけるしな。 桜も結構プラネタリウム好きだし、ちょうどいいか)


倉持 メール「分かった。 私は直接行くから、入り口前で待ち合わせよう」




倉持は連絡を終え、デスクに戻る。


ボイスレコーダーを取り出し、タンブラーを持つと、システム部へ向かった。




白銀は倉持より、1年後に入社した。


接点は少ないが、倉持は白銀に一目置いていた。


優秀な人材であった。


実際朝の障害が20分ほどで解消したのは彼女の力あってこそであった。


物事の理解力が高く、冷静沈着、そして機転が利く。


システム部の中心的な人物であった。




見た目も麗しい、さらっとしたロングヘアー、長いまつげに、きりりとした目、背が高く均整もとた身体である。




白銀「おー クラさん。 …うっぷ ちょっとまって、戻しそう」


倉持「…おつかれ  何食べたんですか?」


白銀「家系の大盛りをちょっと」


倉持「懲りないですね… こないだ、中盛りにするって言ってたじゃないですか」


白銀「いや…今日は働いたし、コンディション的に行けると思ったんだよ」


倉持「いや、こないだ私に半分ぐらい押し付けたでしょ」


白銀「そうだけどーー う…やばい ごめん、みんなちょっと席外すね」




二人は廊下に出る。


あたりに気を配りながら、小声で話す




倉持「…ムリありません?」


白銀「いや… 半分はホントだし…」


倉持「地下会議室 3号室」


白銀「分かった。 一応見当はついている」


倉持「私もです… 来週以降の動きについて確認しましょう」




倉持たちはエレベーターに乗り込む。


エレベーターは下に降りていく。




白銀「…すまん 匂うか?」


倉持「…ニンニク臭は苦手じゃないので」


白銀「違う すかしっぺだ」


倉持「おい…やめろよ!」


白銀「まあまあ、美女のおならだ。 ありがたくかいでおけ」


倉持「お前なぁ… 数秒だからいいものを…」




白銀は気を許した相手には、下ネタを容赦なくぶち込む。


基本丁寧な物言いの倉持もしばしば口調が乱れるほどだ。




と、その時、ガコンという音とともに、エレベーターが停止した。


同時に一瞬真っ暗になる。




白銀「やられたなぁ」


倉持「まさか、ここまで動きが速いとは…」


白銀「…しかし、このタイミングでするのは…挑発か?」


倉持「あるいは…メッセージか…」




明かりが付く。


倉持は営業部の黒田へ、白銀はシステム部へ連絡を入れる。




倉持 電話「停電ですか? 承知しました。 はい…ええ…私は出先です。 復旧までの見込みは? 原因不明ですね… もしかしたら管理の方かもしれませんね。 ええ…部長にもお伝えください。 もう場は引けてると思いますので、業務の支障はそこまでなさそうですね」


白銀 電話「データの状況確認。 バックアップの状況を把握しておくこと。 作業途中だったものも、チェックしておくこと。 とりあえず、平はそこまで、後は課長に判断を仰ぐように」




倉持は電話を切ると、金剛へメッセージを送った。




倉持「さて、時間が惜しい。 復旧するまでに話をしておきましょうか」




倉持はボイスレコーダーを取り出す。




白銀「準備良いわね」


倉持「まず、営業部は緑谷の可能性が高い」白「ウチは筑紫さんね」倉「同じく派遣だな」白「ログから見ても、こっちはほぼクロ」倉「こちらは証拠は弱いですね」白「筑紫さんから、崩す方がよさそうね」倉「コミュ状況は?」白「イマイチ 業務だけね」倉「なら、並行して緑谷の言質を取る方がよさそうだ」白「だね。 たらしこんじゃえ」倉「その手の動きはやめろ。 そちらは相当警戒しているだろう。 おそらくこの停電も筑紫さんかな」白「だろうね。 能力はずば抜けて高いからね」倉「へたに刺激しない方がよいな。 やはり、緑谷から行こう。 日曜日に動いてみる」


白「了。 こっちは、間接的に詰めておくわ」倉「分かった。 セキュリティの方はどうする?」


白「まあ、今回の停電はかえって好都合。 これを利用して、セキュリティ強化を上に打診できるわ」 


倉持 白銀 「で…黒幕は?」




倉持「…」


白銀「…」


倉持「かなり…やっかいだろうな…」


白銀「そうね… この予想は外れることを祈るわ… う…」




白銀が急にうずくまる。




倉持「大丈夫か!」


白銀「も…催した…」


倉持「…」


白銀「…ふふふ、知ってたか? 美女だって、トイレはするんだぞ」


倉持「よく存じてる」


白銀「しかし、まずいな。 液体ならまだしも、固体をするのはさすがに恥ずかしい」


倉持「かろうじて羞恥心が残っていてよかった」


白銀「ああ、飲ますのはいいが、食べさせるのは無理だ」


倉持「その話、もうやめないか? さすがに引くぞ」


白銀「引いたところで、ここは密室…退路はない。 それにもう引っ込みがつかないとこまで、キテルぞ」


倉持「…」


白銀「冗談だ。 半分な」


倉持「どこで分かれる半分だ?」


白銀「液体と固体だな。 液体がやばいとこまで来てるのは、事実だ」


倉持「進捗過程の方であってほしかった…」


白銀「よいしょっと」




白銀がおもむろにスカートを下す。


黒い下着があらわになる。




倉持「ま…待て、ここでする気か」


白銀「いやいや、さすがにしないよ。 締め付けが苦しくて…な」


倉持「…」




倉持(よくこういう状況で、偶然ペットボトルなど持っているものだが… ん… あー あったな…てか、ずっと左手に持ってたな。 このタンブラー… 会議室で飲もうと思って持ってきてた…


天井突き破って、上でしてもらうのもアリだけど…さすがに、肩車したら、バランス崩して、その衝撃で、飲尿スタイルになるのは目に見えている… このタンブラー)




白銀(倉持…タンブラーを持っている… けど、さすがにアレにさせてというわけにはいかない…だって、あれは…… となると、天井突き破って上でするか? けど、持ち上げられてるときに、バランス崩して、その衝撃で飲尿スタイルになるのは目に見えている…ここは、ストッキングを丸めに丸めて、袋状にして、そこに用を足すしかないか…)




顔を真っ赤にしながら、ぷるぷる震える白銀を見かねて、倉持はおもむろに床に寝転んだ。




倉持「喉が渇いたな。 なんでもいい、液体をくれ」


白銀「ちょ…何を言って… 正気か?」


倉持「ああ」




白銀(なんて、まっすぐな眼なんだ…)


ー2年前 冬




しんしんと雪が舞い落ちる。


落ちては地面と同化する。


建物や木々には色とりどりの電飾が巻き付けられている。


行き交う人々は皆笑顔を浮かべている。




そんな中、一人公園の外灯の下たたずむ白銀を、倉持は見かけた。


まるで、誰かを待っているようだ。


しかし、倉持は白銀の目線から、それはフリであると理解した。


その眼は虚ろで、周りを見ていない。


誰かを待っているならば、普通は周囲へ気を配るはずである。




当時、倉持はそこまで白銀と面識がなかった。


システム部の優秀な人物ぐらいで、何回か言葉を交わした…程度の人だった。


そもそも倉持はその体質、故に積極的に女性に声をかけない。


だから、この日も戸惑った。




だが、今にも雪に紛れて消え入りそうな人間を放っておくようなことはできるはずがない。




倉持はそっと近づく。




倉持「白銀さん? だよね。 システム部の」


白銀「… えーと…倉持さんでしたっけ?」


倉持「そうです。 どうかしたんですか?」


白銀「待ち合わせをしてるんですよ? 今日はイブです。 決まってるでしょう」


倉持「そうですか… 野暮なことをしました… けど、ここは寒いでしょう? ここで会ったのも何かの縁です。 良かったら、その人が来るまで、私とお茶でも飲みませんか?」


白銀「……変な人」




こわばっていた白銀の表情が緩む。




倉持「寒いと表情がこわばりますよ? 今のような顔で待つ方がいい」


白銀「ふふ… 分かった。 ちょっと、付き合ってくれる?」


倉持「気が済むまで」




倉持と白銀は近くのコーヒーショップに入る。




倉持「ん? あ! これは」




お店に入るなり、倉持が声を上げる。




白銀「どうしたの?」


倉持「いや、このタンブラー…クリスマス限定柄ですよ… これ、あちこち回って手に入らなかったんですよ。 再入荷してたんだ。 これは買わないと」


白銀「へー、オシャレね。 私も買おうかしら…」


倉持「…それじゃあ、お互いにプレゼントしません?」


白銀「え? 同じものを? なんでそんな非効率的な…」


倉持「まあ、そうですけどね。 でもいいじゃないですか。 自分で自分に買うよりも、誰かに贈ったり、誰かからもらったりした方が、より特別になるじゃないですか? 付加価値ですよ」


白銀「…以外…そんな子どもっぽい一面もあるのね… 分かった。 じゃあ、これは倉持さん分ね」


倉持「では、これは白銀さん用に…」




その後、二人はしばらくコーヒーショップで雑談をする。


時計の短針は9を指す。


白銀はさすがに気が引けたのか、話を切り上げる。




白銀「…そろそろ…出ましょうか」


倉持「はい」




人通りは減り、イルミネーションの道を歩くのは男女の二人組ばかりになっている。


白銀はちょっとした、ダメもともいたずら心から…イルミネーション通りの方へ向かう。


イルミネーション通りを何も言わず歩く二人。


イルミネーションの主着点にはハートのオブジェがある。


オブジェの手前で、白銀は足を止める。




白銀「…ごめんなさい… 嘘ついた… もう誰も待ってない… もう来ないの…」


倉持「私が来ました。 それに、たとえ私が来なくても、誰かは来たと思いますよ。 白銀さんを気にかけてる人は結構いると思います」


白銀「…う…うう」




白銀には長年闘病している幼馴染がいた。


白銀はこれまで、献身的に支えてきた。


その中で恋心も芽生えていた。


しかし、12月に入ってすぐ、冬の訪れとともに幼馴染は帰らぬ人となった。




倉持は赤井からその話を聞いていた。


その時は、自分が関わるとは思っていなかった。




倉持「白銀さん。 私には白銀さんの失ったものの大きさは計り知れません。 慰めの言葉も思いつきません。 けど…ちょっと、気持ちをそらすことならできるかと思いますよ」




ジングルベルの歌が鳴り響く。




白銀「…ねえ… このまま帰りたくない… もう少し一緒にいて…」


倉持「はい ですが、この時間から、どこに行きましょうか… カラオケ…バー… どこも混んでそうですね」




白銀はホテル街を指さす。




倉持(ホテル… うーん… 確かに二人でじっくり話すなら、適所か… うん。 お金もボーナスがあるから、大丈夫だな)


倉持「ええ、行きましょう」




倉持と白銀はラブホテル『アイス』に入った。


倉持は入店すると、すぐに料金体系などを理解し、宿泊を選択した。




白銀(え…え… 宿泊? それって、絶対にするヤツじゃん… マジで…)




部屋に入ると、早速倉持はお風呂の支度をした。




倉持「冷えたでしょ。 先にお風呂どうぞ」




白銀は、この後の展開に緊張しながらもお風呂に入る。


上着、スカート、ストッキング、キャミソール、ブラジャー、ショーツと一つずつに身に着けていたものを置いていく。




白銀(すぐそこには、倉持さんがいるのよね… やばい… 人前で裸になるなんて…初めてだし…私大丈夫かな? 変なとこないかな)




白銀は、鏡で自分の身体をくまなく確認する。


鏡は見る。 化粧もする。 ムダ毛の処理はする。


しかし、それでも気になるのが乙女の性である。


シャンプーを手に、これでもか出し、その髪に塗りたくる。


コンディショナーをしながら、洗顔をする。 少し気になる産毛を剃る。


コンディショナーをそのままに、備え付けのスポンジにボディソープをこれでもかと出す。


半分ぐらい使っている。よくよく泡立てると、左肩、腕、指先まで丁寧に泡を広げていく。


右腕、胸、お腹に背中と洗っていく。特に胸の周囲は念入りに泡を付けた。


すらっと長い脚を伸ばし、そこにも泡を乗せていく。


全身に泡が行き渡ったところで、ボディソープを手に取りだし、その繊細な部分を一部一部、丁寧に洗っていく。




白銀(ふー… よくわからんけど…大丈夫だよね…変な匂いしないよね…)




しばらくしてから、勢いよく泡を洗い流すと、ゆっくり湯船に身をひたした。




白銀(しかし…これはどういう展開だ… このまま、ヤッテしまうのか…)




頭に血が上るのを感じた白銀は、湯船から上がると、すぐに身体を拭いた。


白銀はバスタオルだけを身に着けて、部屋に戻る。




倉持「お上がり。 じゃあ、私も入ってきていいかな」


白銀「は…はい」




倉持がドライヤーを持ってくる。




倉持「まだ、濡れているから、これどうぞ。 風邪ひきますよ」




白銀は髪をとかしながら、心の準備を整えていた。




白銀(てか、倉持さん。 やっぱり慣れてるのかな。 入り方もスマートだったし… まあ、カッコイイし、モテるわな… ってことは、これも遊び… まあ、そうだよね)






白銀が考えこんでいると、倉持がお風呂から上がった。


バッチリ服を着こんでいる。




倉持「あれ? どうしたんですか? まだ、服着てないんですか?」


白銀「え…あ…え?」


倉持「風邪ひきますよ。 というか髪も乾いてないですね。 ちょっと、失礼していいですか」


白銀「あ…え…はい…え?」




倉持はドライヤーを取ると、慣れた手つきで、白銀の髪を乾かしていく。




倉持「すみません。 本当はあまり、女性の髪にうかつに触れるべきじゃないんですが」


白銀「あ…いえ… ありがとうございます」


倉持「…沈んでいる時は、無理しない方がいいですよ? ここなら私たちしかいません」


白銀「…」




倉持の手が、少しずつ白銀の髪をほどいていく。


白銀は、ドライヤーの音に紛れて、むせぶ。


倉持は、ゆっくり、じっくりと乾かしていく。 




倉持「終わりましたよ」


白銀「う…う… 倉持さんんんん」




白銀は抑えきれなくなって、倉持に抱きかかる、その瞬間、身に着けていたバスタオルがはだけ、その肢体があらわになる。


倉持の目の前には、白銀の潤んだ顔が、少し下には綺麗なバストが、その下にはうっすらとした茂みが…




倉持は白銀の身体をそっと抱きしめて、背中をポンポンとたたく。


その後、頭をそっと撫でる。




倉持「話してください。 全部聞きます。 私で良ければ」


倉持「でも、その前に、服を着ましょう。 白銀さん。 自分を大事にしましょう」




倉持は、白銀に服を渡す。


白銀はいわれるがまま、服を着る。






倉持「そろそろ、ルームサービスが届きます。 お腹すきましたし、食べながらお話ししましょう」




ピザやパスタ、ワインが運ばれる。


倉持はワインを開けると、白銀のグラスに注ぐ。


白銀は倉持のグラスに注ぐ。


ふちをそっと合わすと、同時にグラスに口をつける。


白銀は、そっと言葉を発する。


幼馴染との思い出を一つ一つ。


時に涙がこぼれそうになると、ベッドの枕元にあるティッシュを倉持が渡してくれる。


倉持はひたすら話を聞く。




いつしか白銀は眠りにつく。




朝、白銀が目を覚ますと、そこに倉持の姿はなかった




白銀(変な人… でも、いい人…)




メモと5000円が置かれていた。


メモには、帰るということと、料金は支払い済みである旨が書かれていた。




白銀(??? 5000円は? 何? やっぱ…変な人?)




当時白銀はそのお金の意味が分からなかったが、後に赤井から聞かされる。




この一件以来、白銀は倉持に心を開くようになり、度々食事にも行くようになる。






現在に戻る。




倉持は床に寝転んでいる。


そして、目を思い切りつむっている。




倉持「よし、これで大丈夫だ」


白銀「いやいや…マジか」


白銀「…」




白銀はストッキングを脱ぐ。


そして、ショーツを膝まで下げる。




白銀「ほ…本当にいいんだな? 体に良くないらしいぞ」


倉持「大丈夫、後でコーヒーで薄める」


白銀(じゃあ、コーヒー飲めよ。 って野暮な突込みだよな。 こいつはこういうヤツだ…こういうヤツだからこそ…私も)


白銀「ん…」




チョ…ピ




その瞬間、エレベーターがゆっくり起動し始めた。


白銀はとっさに、股に力を入れて、決壊を防いだが、少々の放水は止まらなかった。


さらに、衝撃で姿勢を崩した白銀は、その繊細な場所を倉持の顔に押し付けることになる。




倉持「もごふご…」


白銀「す…すまん クラさん」




白銀はそそくさと、ショーツとストッキング、スカートを身に着けると、エレベーターが止まった瞬間、一目散にトイレへ駆け込んだ。


去り際に、倉持はポケットから2000円、白銀のスカートのポケットに突っ込んだ。




白銀「じゃじゃあ、また詳しく話そう」


倉持「あ、ああ」


倉持(今は17時30分か…)




倉持はすぐに営業部に戻り、状況を確認した。


幸い特に影響は見られなかった。


その後、金剛に報告し、デスクにつく。




そこに赤井がやってくる。




赤井「倉持。 大丈夫だったか?」


倉持「ああ、何とか大丈夫だった」


赤井「なら良かった… 心配したわよ… と…それと…」


倉持「大丈夫。 約束は守る。 悪いけど先に行っててくれ。 ちょっと本気を出す」


赤井「分かった。 じゃあ、待ってるよ」




倉持はふーと一息つく。


普段倉持は本気を出さない。 


出すまでもないというのが理由の一つだが、一番の理由は本気を出すと反動が出てしまうためである。


しかし、今はそうも言ってられない。


倉持は全力で仕事を進め。


18時きっかりには全ての業務を終えた。




倉持(あと…30分…ここから、ダッシュで行けば間に合う)




倉持は本気モードのまま、机を片付けて、プラネタリウムに向かった。






一方プラネタリウム入り口




三奈「ねえ。 何で、桜さんがいるの?」


桜「別にぃ。 倉持に誘われたからいるだけだけど」


三奈 小声「二人きりのはずだったのに… 邪魔すんなし」


桜「聞こえてるわよ。 小娘」


三奈「何よ 桜おばさん」




三奈は一時シェアハウスに住んでいたこともある。


桜とは旧知の仲であり犬猿の仲である。


そこに赤井がやってくる。




赤井「あれ? 二人? いつ増えた」


桜「えーと…赤井さんですか? 倉持がいつもお世話になっています。 同居人の桜です」


赤井「ど…あー、シェアハウスのね… こちらこそ、同期で友人の倉持がお世話になっています」


三奈(速い… マウント合戦。 けど、どっちも決定的な仲じゃないから、マウント取れてない!)


桜「倉持…どうかしたんですか?」


赤井「あら、ご存じない? 連絡貰ってないんですね? 同居人なのに」




そこへ、颯爽と倉持が現れる。


バチバチとした空気もお構いなしに、倉持が割って入る。


倉持の頭には星の事しかなかったのだ。




倉持「お待たせ。 ゴメンみんな。 早速入ろう」




倉持を挟むように桜と三奈、そのとなりに赤井が座る。


倉持は終始目を輝かせながら、星の話に入り込んでいた。


そのあまりに無邪気な表情に桜も赤井も三奈も、すっかり毒気が抜かれてしまった。


その帰り道、倉持の前を歩く3人のスカートがめくれて、星柄の下着があらわになるというオチは蛇足であるが、述べておく。

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