第4話 倉持は眠りたい

倉持は就寝直前に財布と小銭入れの中身をチェックする。


財布には常に10000円札が3枚、5000円札が3枚〈内一枚はピン札〉、1000円札が20枚入っている。


小銭入れには500円が20枚、100円が50枚入っている。


かなりの重量である。


さらに携帯用財布に1000円札5枚、500円5枚、100円20枚入れるようにしている。


運動中や通勤途中は、この携帯用財布から支払っている。




この日も、財布の中身をチェックしていた。


だが、倉持は密かに察していた。


今日はなかなか眠れない…と。






帰り際、シェアハウスの同居人で出不精の由紀が大量の袋を抱えているところに遭遇していた。


倉持はひょいと袋を抱える。


中身は全てお酒だった。


シェアハウス内で、お酒が得意な人間は倉持と由紀だけである。


そのため、倉持は度々由紀の晩酌に付き合わされていた。




さらに帰ってから、共同スペースで必死に勉強をしている宇美の姿を目撃している。


倉持は宇美から、度々課題の助言を求められていた。


出身の大学も専攻も同じなので、よく頼りにされていた。




倉持(これは…1300円は必要だな)






回想終わり、現在。


時計は9時を指している。


トントンと扉が鳴る。


扉を開けると、宇美がテキストとノートを抱えて、申し訳なさそうな表情で立っている。




宇美「…あのー… 明日もお仕事のところ、申し訳ないんですが…」


倉持「大丈夫だよ… リビング行こうか」




宇美の表情がパアッと晴れる。


倉持は3色ペンとノートを持って、リビングへ行く。




宇美「ごめんなさい。 どうしても、金融関係の流れがまとまらなくて」


倉持「分かる。私も金融は苦手だった。 金融はいろいろな立場に応じた視点で考えないといけないから、ややこしいんだよね。 だから、簡単に図を書いて、それぞれの立場と相互の関わりを押さえておくんだ」




倉持はペンを使い分けながら、図示していく。




倉持「ってな感じで、分けて考えてみよう」


宇美「はい。 すごくわかりやすいです!」




倉持が机から顔を上げると、宇美のシャツの隙間から小さいピンクの突起が顔をのぞかせている。


貧乳であるがゆえに、空間に余裕があるのだ。


加えて宇美は夜は下着を身に着けない。


そのため、ダイレクトに見えてしまうのだ。




倉持(いかん… 考えがまとまらない… えーと…)


倉持「ま、まあ、経済学は理論と実態が入り混じるから、ややこしいんだよね。 だから、より分類整理が大切なんだ」


宇美「ありがとうございます。 かなり考えがまとまってきました。 後は自分でやってみます」




宇美はテキストとノート、倉持のメモを丁寧にまとめると、丁重にお礼を言って立ちあがろうとした。


倉持はメモの上にそっと300円を乗せた。


宇美は気付いていない様子だった…


心当たりを思い出す。


宇美は赤面しながら、胸元を押さえた。




宇美「ごめんなさい…見えてました」


倉持「ごめん… 一瞬…チラッと」




ウソである。 がっつり見えていた。




宇美「し…失礼しました」




宇美はダッシュで部屋に向かった。




倉持はふーっと息を吐く。 


頼られるのも人の力になるのも嫌いではない。


むしろ、こんな自分が力になれることをうれしく思っていた。




倉持(さて…と そろそろかな )




倉持は冷蔵庫に向かう。


氷の数が十分であること、グラスが冷えていることを確認した。




由紀「倉持ぃ 終わったか?」


倉持「ええ 熱心な子です」


由紀「じゃあ、次は私の番だな」


倉持「はは、ほどほどに付き合いますよ」


由紀「明日が仕事でも、遠慮はしないからな」


倉持「まあ、お手柔らかに」




倉持は由紀に3700円を渡した。


すでに酔っぱらっている由紀はショーツしか身に着けたいなかった。


3700円はこれから起こりうる事態とお酒代を含めた金額であった。




倉持「最初はチューハイでしたね?」


由紀「あいよ」




フタを開けると、プシュッと、炭酸がはじける音がした。


夕刻に冷やしておいたグラスに、チャルチャルチョーっと注ぐ。




倉持「どうぞ」


由紀「さんきゅ  注ぐわ」




そういうと、由紀は度数が3%のチューハイのフタを開けて、倉持のグラスに注ぐ。




倉持「どうも」




倉持が半分ほど一気に飲む間に、由紀は全部飲み干した。


こんなやりとりが2回ほど続くと、由紀はどんどん話始める。


フリーのライターをしている由紀はクライアントへのうっぷんを倉持に吐き出す。


倉持は静かにうなずき、ときおり由紀に同情する。




しかし、プロ意識なのか、由紀は決して業務の詳細は話さないし、単に愚痴でとどまらず、自分で解決策を考えいく。


倉持は、由紀が話しながら思考を深め、整理していく作業の補助をする意識で話を聞く。


行き過ぎた場合は口を挟むが、それ以外は基本的に頷きや肯定の相槌をしている。


ひとしきり由紀が話し終えたタイミングで、倉持は口を開く。




倉持「じゃあ、いつもの作りましょうか?」


由紀「あいよー たのむー」




倉持はキッチンに入り、フライパンをコンロにかける。


冷蔵庫から、卵を三個、ウィンナーを六本、マーガリンを取り出す。


卵を陶器の器に割って入れ、すぐにかき混ぜる。


コンソメ少々、白だしつゆを少々入れる。


フライパンの温まり具合を見計らって、マーガリンを入れる。


マーガリンが溶けて、フライパン全体に広がってから、卵を半分、フライパンにまんべんなく入れていく。卵にやや火が通ったところで、箸を使って卵を丸める。


丸めてできたスペースにマーガリンを入れて伸ばす。


そこに残り半分の卵を入れて、火が通るのを待つ。


先に丸めていた卵を包むように丸め込み、形を整える。


一口大に切ってさらに盛り付ける。


それと同時に、先ほどの作業の合間に切れ目を入れていたウィンナーをフライパンに入れておく。


由紀にだし巻き卵を振舞う。


ウィンナーを火にかけている間に、ウィスキーと炭酸水及び氷が2対8の割合になるように注ぐ。


ウィンナーにケチャップを添えて、ハイボールと一緒に出す。




と、匂いにつられて、桜がリビングにやってくる。




倉持「すみません。 お騒がせして」


桜「いえいえ、なんかいい匂いがするなぁーっと」


倉持「どうぞ、よかったら」


由紀「そうそう、桜も飲みなー」




時計の針は12時を回っている。



倉持は桜に、アルコール度数1%のカクテルを注ぐ。




倉持「ちょっと失礼します」




倉持は席を立ちお手洗いへ向かう。




桜はちびちびと口を付けていく。


由紀もマイペースにハイボールを飲んでいく。


最近どう? とか天気の話など世間話を何度か交わす。


ふと、由紀が桜のピンク色の唇に目を向ける。




由紀「桜ってさ… キスしたことある?」




桜の手が止まる。




桜「…そ…そりゃあ。 今年で27になりますから…ありますよ… キスの一つや二つ」


由紀「へー。 てっきり、そういうの興味ないと思ってたわ」


桜「何ですか? モテないって言いたいんですか?」


由紀「いやーーー そういう意味じゃあないんだけど」




由紀がお手洗いから帰って、先ほどから手持無沙汰にしていた倉持に目線をやる。




倉持「由紀さん。 桜さんはモテますよ? キャンパスでよく桜さんを紹介してほしいって頼まれたことありますし、喫茶店でも桜さん目当てのお客さんたくさんいましたよ。 ですから、当然お付き合いもしているかと…」




桜はうれしいやらなんやら複雑な表情をしている。




由紀「…… へー。 そうなんだ。 けど、私が聞きたいのはさぁ。 モテるモテないじゃなくて。


経験があるかどうかなんだよ」


倉持「同じじゃないんですか?」


由紀「倉持はまだ、童貞だけあって、分かってないなぁ。 女性はな、好きでもない人にモテてもうれしくないんだよ」


桜「ちょっと、由紀さん」


倉持「なるほど、確かに  じゃあ、学生時代に桜さんに色々な人を紹介していたのは、かなり迷惑だったんですね… それは、過ぎたこととはいえ、申し訳ないことをしました」




由紀の顔がこわばる。


由紀は桜にだけ聞こえるように耳打ちした。




由紀「マジで? 倉持から紹介されてたの?」


桜「…はい。 悪気は全くないのも分かってましたし、変な人は紹介されなかったので、許容してましたけど」




由紀が倉持に目を向ける。




由紀「ってか、あんた的に桜はどうなの?」


倉持「可愛いと思ってますよ? 優しいし、しっかり者だし あと」


由紀「あと」




桜が唾を飲む。




倉持「あーーーいえ… なんでもないです」


由紀「もったいぶるなよ。 言えよ。 気になるだろ」


倉持「あと… 優しいし」


由紀「重複してんだろ 言っちまいなよ? あと、何だって?」




由紀は倉持に迫る。


前回描写したとおり、由紀はショーツしか身に着けていない。




桜「うーーーヒック」




倉持と由紀が桜の方に目をやる。


桜は由紀のハイボールを飲み干していた。


緊張から、極度に喉が渇いた桜は、近くにあった透明っぽい飲み物に手を出してしまっていた。




桜「倉持いいいい。 さっき私のこと何て言ったあああ」


倉持「さ…桜さん。 落ち着いて」




桜は倉持に言い寄る。


あまりの迫力に由紀は退いた。




桜「もっかい… 言ってほしいな」




情緒不安定である。




倉持「カワイイ? ですか?」


桜「可愛いと思ってくれてるのね? じゃあ、じゃあ…キスするよ」


倉持「いやいや、何でですか! どういう理屈ですか!」


桜「うるさい… キスさせなさい」




桜は目をつむり、倉持にキスを迫る。


桜の唇に、ぷにゅとした感触がある。


桜は満足したのか、そのまま倉持に倒れ込んだ。




桜「やったー…キス…で…き…ZZZ」




倉持はとっさに机の上のウィンナーを桜の口に当てていた。




倉持「お酒弱いのに…ムリして…」


由紀「…倉持…そりゃないんじゃないか?」




そこに、紅葉が入ってくる。




紅葉「ちょっと、みんな、もうこんな時間よ? そろそろお開きにしない?」


倉持「紅葉さん… そうですね…」




倉持が机の上をまとめる。




紅葉「ああ、倉持君 いいわよ。 ちょっとだけ、私も飲むから… そのままにしといて。 それより桜ちゃんを運んであげて」


倉持「…分かりました… すみません。 ありがとうございます」




倉持は桜を抱きかかえて、部屋を後にする。




倉持「…分かってますよ? でも、桜さんは恩人ですから…」




倉持はそう言い残して、部屋に消えていった。




由紀「…だよなー はぁー 報われねぇな―」


紅葉「そうかしら? 私はいつかみのると思うわよ?」


由紀「そうか? 私はあねさんほど、経験豊富じゃないから、わかんないわ」


紅葉「ふふふ 倉持くんはねぇ… 誠実なのよ」


由紀「そりゃ…分かるけどな…… 何飲む?」


紅葉「水でいいわ」


由紀「たまには付き合ってくれない?」


紅葉「週末ならいいわよ」


由紀「私は週末が山場なんだよ」


紅葉「ふふ… 知らんし まあ、予定が合うときに飲みましょうよ」




由紀は形だけでもと、グラスを持ち上げる。


紅葉はそっと、水の入ったグラスをつける。




紅葉「そういえば、由紀さん…倉持さんって、トイレ行った?」


由紀「 ???どういうこと?」








一方倉持は、桜を壁にすがらせてから、布団を敷いていた。


桜は寝息を立てている。




倉持「…ごめんなぁ… 応えられなくて…」




倉持がつぶやく。




倉持「さ、布団しけたぞ… もう横になれるか?」




倉持が桜の肩に手を触れる。


桜はん、んと応える。


桜はゆっくりと目を開けると、うっとりとした表情で倉持を見つめる。




桜「倉持… キス…してほしいな…」




桜はそっと、倉持の首に手を回す。


先ほど飲んでいたカクテルのせいか、かすかな果実の匂いが漂う。


倉持は自分の鼓動の速さを感じていた。




倉持「桜さん… 起きて…」


桜「ん。。。ん」




桜がキスをせがむ。


倉持は観念した。


桜の髪をかき上げ、桜の額を露出させると、静かに唇をつけた。




倉持「これで、勘弁してくれ」


桜「…ん……うーん…ん…許す」




満足した桜は倉持に全体重を乗せる。


不意をつかれた倉持はバランスを崩してしまう。


その時、お手洗いに行った時、うっかり上げ忘れたジッパーから、ギンギンに硬直した倉持Jrが顔をのぞかせる。


倉持は瞬間、体をよけようと、後ろに自身の身体を引っ張る。


しかし、勢い余って、反対側の壁に激突してしまう。


そう、シェアハウスは結構狭いのだ。


さしもの倉持も酔った状態で、頭をぶつけては、機能停止は必至である。


そのまま、しばし、気を失ってしまう。


一方桜は口に何か硬いものを感じていた。




桜「ん…んんん… ほっひいし…ふぁふぁい…ほのふうぃんふぁー」




もごもごと舌を動かす。








翌朝、いつも通りの時間に二人は起床し、何事もなかったかのように仕事へ向かったのは言うまでもない。


ただ、いつもと違うのは目を覚ました桜の頭元に2000円置かれていたことである。




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