第4話顔合わせ


「どうかお考え直しを」



土下座をしてお願いした。


「蔦殿!」


「何をされますか!」



喜多様もギョッとしている。

下級と言えど武家の娘が頭を下げられては困るだろう。


父上も唖然としていたが。



「どうかご容赦を」



何故か父上も土下座をした。


「父上…」


「お前だけ頭を下げさせるわけには行くまい。左月様!処分は私の首一つでお願いしたします。蔦には何卒…何卒お願い申し上げまする」


「いいえ、父上!私の首もお願いします!」


「私もですわ!」


襖が乱暴に開けられる音がしてそこに現れたのは弟の隼人と妻の静だった。


「梅!何をしていたのだ!」


「申し訳ございません!」


女中の梅が頭を下げる。

今回の顔合わせには二人には告げていなかった。


元から断るつもりでいたし、万一の時の為に私が縁を切ってもらうつもりだったのだから。


「父上、あんまりです。大事な縁談に弟の私に知らせてくださらないとは」


「父上様と姉上様お二人ですべての責任を囮なるなど、あんまりですわ!」



こうなることが解っていたから言わなかったのに。


「下がりなさい」


「ですが…」


「聞こえませんでしたか?私はお前を礼儀を欠いた愚か者に育てた覚えはありませぬ!矢内家の嫡男として恥ずべき振る舞いですよ」


伊達家の家臣の方がいらっしゃる前で粗相をする等。


「皆様、申し訳ございません」


「蔦殿、そちらにおられるのは弟君ですか」


片倉様は怒る素振りもなく私に尋ねる。


「はい、名を隼人と申します」


「そう言えば矢内殿次男だったな」


「はい、長男は十年前に亡くなりまして次男の隼人を嫡男としました」


未だ年若い二人であるけど幼馴染でもあり、昨年に祝言を挙げたのだった。


「随分と立派な息子だな」


「妻が亡くなって以来、教育は娘がしておりまして」


後妻を迎えなかった事から、私が面倒を見ていた。

幼い頃は体が弱かったけど、我儘をあまり言わない優しい子だった。


だからこそ、今回の席に呼ぶことはできなかったのに。


「申し訳ございません!」







父上は畳に頭をこすり上げながら土下座をする姿を見て胸が痛くなった。




「不肖の娘でありますが、蔦は…私の大事な娘でございます。娘を失えば私は生きて行けません。妻の大事な忘れ形見なのです」


「父上!」



親不孝をした私をここまで思ってくれるなんて、私は幸せ者だわ。


「許せ蔦。お前をあんな男に嫁がせようとしなければ…世間で笑いものにされなかった物を。常に倹約をしているのも儂と総一郎の為であろうに」


「いえ…いいえ!」



確かに常に倹約して、少しでも良い着物を着て欲しい。

跡継ぎになる総一郎に最高の教育をさせたくて、節約に節約を重ねて勉強させていた。


でも、私は我慢していたわけじゃない。


「許せ蔦…お前が貧乏くさい女だの、みすぼらしいだのと言って馬鹿にされ捨てられたのは、不甲斐ない父の所為じゃ。普段から質素な生活をして貧しい民を思いやれなどと言ったばかりに」




「なっ…そんな酷い事を言われたのですか!」


「姉上落ち着いてください」


「男の風上にも置けませぬ!」



黙っていた喜多様が小太刀を抜きかけていた所を片倉様が必死に止めた。



「泣かせるではないか…ますます惜しくなったぞ」



「「「は?」」」



そこに第三者の声が聞こえた。



やたらと良い着物を着てふんぞり返っている人は何方だろうか?



かなりのイケオジ様だった。



「殿!」


「えっ…」



殿って、米沢城の現当主様?



「中々気骨のある娘ではないか。しかも武家の嫁たるものを理解しておる。命令じゃ、小十郎の妻になれ」


「輝宗様…しかし」


「この輝宗の命令に逆らうと言うか?小十郎」


「滅相もありません!」



さっきまで難色を示していたのに、大殿様の命令であっさり受け入れる所を見ると主君至上主義は本当のようだと納得する。



「蔦とやら」


「はっ…はい」


「この輝宗を信じて見ぬか?どうしても合わなければ離縁する事もできる。だが、小十郎はこの輝宗が直々に見初めた男だ。不義はせぬと約束しよう」


「そっ、そのような…」


「小十郎の後ろ盾にそなたを選んだのは、重定の娘ならば間違いはないからだ」



これは、断れない。

普通に断れば角が立つし、遠回しに断ってもダメだわ。


「小十郎、そなたは梵天丸に一生使えると申したな」


「ハッ!」


「嫁もおらん半人前の男ではならん。男は嫁を持って一人前だ。いいな」


「かしこまりました」



こうして私は大殿様事、伊達輝宗様の命令で婚約をすることになってしまったのだが。



普通、大殿様自ら小姓の見合いに顔を出す?



ありえないだろ!



この時私は知らなかった。


史実では、顔合わせもなく矢内家の娘は嫁ぐことになり。

その後、片倉家の妻として静かに暮らしていたのだと言う事に。


そして妻の蔦は伊達輝宗に直に会おう事などなかったのだ。



この時点で史実からも遠ざかっていた。



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