第3話見合い


とんでもない人が出て来た。

伊達家家臣の中でも殿様の傍仕えを許された方。


そんな方が縁談を持って来たのであれば断れない。

というか、私も最近まで自分の立ち位置をしらなかったのだけど、伊達家に仕える下級武家で矢内というじ人物を聞いて嫌な予感はしていた。


けれど、戦国時代に限らず、明治より前の時代は女性が歴史に名を遺すのは大名家のひめぐらいであって、武家の娘が記されている事はない。



だから失念していたのだ。


「若君の守役の方ですか…」


「名を片倉小十郎影綱という男じゃ」


ああ、私の二度目の人生の終わりが見えた。

史実では片倉小十郎の妻は矢内重定の娘が前妻だったと書かれているが、さだかではない。

歴史に名を残すような活躍をしたわけではないが、夫の命令で子供を殺す様に命じたり、離縁を命じられたぐらいだ。


私の前世では戦国一のモラハラだとママ友と良く行ったものだわ。

子はかすがいと呼ばれた時代でありながら、恐ろしい事を口にし、主君の母親の実家でさえ潰してしまおうとする恐ろしい男。

鬼夫だ。


こんな男と結婚したら私は殺される。

史実通りじゃなくとも気に入らない行動をすれば切り殺されるんじゃないかと思った。






とは言え、下級武家に過ぎない父がこの縁談を断れるわけがない。



しかしながらと疑問は残る。

例え身分が武家ではなくとも伊達家は身分問わず優秀であれば下剋上が可能だった。



前世の史実云々ではなく、お殿様が実力重視の方故にだ。

態々私みたいな傷物を嫁に取る理由が解らない。



ん?もしかして傷物故に?

この時代結婚は主に政略結婚で、武家の嫁の役割は家を守る事。


子供を得る為に側室を取るのも常識であるからして、私は形ばかりの妻。

もしくはある程度の身分と、検断職である父の肩書は有利だったからかもしれない。


多くの情報を収集できるし、そこまで手柄はない父であるが城下町では信頼され、上司からも期待されている。



成程、要するに後ろ盾には都合がいいのか。



自分で納得をしながら日々が過ぎ。




「蔦殿」


「はい!」



現在顔合わせの日だった。


「この場で無礼を承知でお聞かせください。何故小十郎との此度の会合を受けてくださったのですか」



「小十郎!」


今日の顔合わせに同行していた姉君の喜多様が声を荒げて咎められた。


「この小十郎、身一つしかございません。嫁いだところで、蔦殿は貧しい暮らしをせねばなりません。若君を最優先に考え、お一人で邸に置き去りなど日常茶飯事でございます」


「はっ…はぁ」


「お世辞にも良き夫ではございません。万一無理強いされているのでしたら私から…」


「いい加減にせぬか!お前は儂の苦労を潰す気か!」



黙っていた左月様がついに扇を投げようとされるも。



「止めんか左月!こんな場で暴れるでない」


「基信!離せ!」



顔合わせが散々たるものになってしまい、喜多様は静かに睨んでいる。


まさに鬼だった。



「発言をお許しいただけますでしょうか」


「どうぞ」


混乱する中私は静かに発言許可を貰い話した。



「私は武家の娘として、いずれ定まった方に嫁ぐ覚悟はできております。嫁ぎ先が裕福であろうがなかろうとそれは重要ではございません。我が家では父が家を空ける事は多いので気にはしておりません」



片倉様の配慮は通常なら必要ないのに正直に話すとは律儀だわ。

史実では血も涙もない男だとばかり思っていたけど、主君からの信頼が誰よりも強い理由が解った。



この方の根っこは真面目過ぎるのだわ。



「矢内家は武家とはいえ下級です。むしろ若殿の側近である貴方様の妻にはもっとしっかりした方を娶る方が良いかと存じます」


「蔦殿…」


「私も無礼承知で申し上げますが…一度縁談を破談にされた身。なんの面白みもない女でございます」


恐らく私が訳あり物件であることは聞かされているだろう。


「戦国一の妻と謡われる前田まつ様のような文武両道を持ち合わせておりません。戦国一の美女と謡われるお市の方様の如く美貌もない。何も持たない女でございます」



片倉様に嫁ぐのが嫌だからじゃない。

これは正直な気持ちであり、彼が誠意を持ってくれたからこそ私も誠意を持って告げた。



「私は親不孝をいたしました」



「蔦!」


「父上が庇ってくださっても、私が世間で謗られている事実は変わりますまい。武家の娘でありながら嫁ぎ先に破談にされるなど恥さらしも良い所です」



本当は形だけの妻として受け入れようと思ったけど、ここまで馬鹿正直に言われては仕方ないじゃないか。



この方はあまりにも不器用で優しい人だわ。



だからこそ、ここではっきり断って貰う方が良いかもしれない。



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