第3話 欲に溺れた闘牛

 朝一ということもありガラガラな島の中、台ごとに備え付けられているデータカウンターを操作して、前日のデータをチェックしていった俺。そして、ピピピときた台の座席に着席した。


 着席すると、俺は先ず身に着けていたショルダーバッグのチャックを開け、コンビニで買ってきた総菜パンを中から取り出した。


 腹が減っては、戦はできぬ。


 俺がパチンコを打つ前に大切にしていた心得だ。


 俺はパンをあっという間に平らげると、スーハーと一度大きく深呼吸をして、気持ちを戦闘モードにすぐさま切り替えた。


「さあ、打つぞ」


 俺は少し手を震わせながら、一万円札を台の横の入金口に入れた。それと交換に、台の上皿は直ぐにヒンヤリとした感情のない銀玉で満たされた。


 この日の軍資金は三万円、引きが悪ければ二時間足らずで消えてなくなる額だった。何とか早い段階で大当たりを引かなければ、と俺は重圧をヒシヒシと感じていた。


「頼むぞ、俺のヒキ」


 俺は台のハンドルを汗ばむ右手で力強く握り、右に回した。大量の銀玉が台の盤面上を踊り、盤面の一番下にある排出口はいしゅつぐちへと落ちこぼれていった。少量のエリート銀玉だけが盤面中心にあるヘソへと入り、液晶画面を始動させていった。


 この日の初当たりは正午過ぎ、丁度二万円を使い切る前だった。その初当たりから到来した好調という名のビッグウェーブ。午後四時、俺は差引三万円分プラスの出玉を確保していた。


「さてどうする?」


 この時、俺は自身に問いかけた。


 続行。


 その決断に一片の迷いはなかった。何故こんなに調子がいいのに、臆して引かねばならないのか。青々とした若さが、俺を猪突猛進ちょとつもうしんな闘牛にした。


 だが、欲におぼれると、事は得てして上手くいかないものだ。赤保留、タイトルロゴ落ちといった激アツの演出が出てもことごとく外れ、気付けば回転数は五百過ぎ。漸く俺はヤバいと焦りだした。


「どうしようか……」


 俺は再度自身に問いかけた。この段階で遊技を終えれば、チョイプラスかトントン。続行すれば出玉が尽きるかもしれないが、大勝ちが狙える。ノーリスクローリターンかハイリスクハイリターンの選択。悩んだ末に、俺は決断を下した。


 ――続行。


 今、振り返ってみると、実に愚かすぎる前進だ。ひたすら理想の未来が訪れると信じ、左右や後ろの色褪せた景色をまやかしだと、昔の俺は目を背けたのだ。


 そんな向こう見ずだった俺を説法するかのように、ヒキの神様は微笑んではくれなかった。六、七、八百と回転数を重ねていき、遂にはこの日の大当たり分の出玉が消滅してしまった。


 時刻は午後八時半、閉店まで残り二時間。手持ちには一万円のみ。勝つどころか、取り返すのも困難な窮状だった。


 それでも、俺は一縷いちるの望みを捨てなかった。最後の一万円を投資し、銀玉を射出していった。


 無情にも残りの時間とお金が減っていった。最悪のイメージが身体中の汗腺に嫌な汗を促した。


「考えるな、感じろ!」


 と俺は必死に雑念を消し、大当たりの波を感じ取ろうとした。


 だが、俺はエスパーではないので、そんなセンシティブな能力は持ち合わせてない。もし持ち合わせているなら、競馬や宝くじみたいなもっと楽に大儲けできそうな賭場で活用すべきだ。


  午後九時半、案の定だが、俺はお金が尽きた。絶望、失望、諦め、恐怖……今まで経験したことのない感情の坩堝るつぼが、荒波となって俺を飲み込み、過ぎ去っていった。

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