第2話 デビューと区切り

 あれは、俺がまだ大学生だった三年前、確か七月の終わり頃だった。

 

 午前十時、開店と同時に俺はあるパチンコ店の中に入った。そのお店は繁華街の裏路地にあり、当時の俺がよく通っていたお店だった。


 店の中で流れる大音量のノリのいいBGM。それに乗せられるかのように、俺は鼻息を荒げながら4円パチンコの島へ向かった。


「会いたかったぜ……強敵ともよ」


 俺はお気に入りの機種が並んでいる島に入ると、この日も何時ものようにパチンコ台相手にそう呟いた。


 今思えば意味が分からない。完全に若気の至りだ。だが、当時はそんなルーティンを持っていたのだ。



 俺のパチンコデビューは大学一年の時だった。理由は同じ大学の友人に連れられて……なので、当時の俺は正直乗り気ではなく、取り敢えず少しだけ打ってみるか、と渋々だった。


 一万円札を台の横の入金口にゅうきんぐちに吸い込ませると、それと交換に大量の銀玉がジャラジャラと台の上皿に流れ出た。そんな銀玉達を右手でハンドルを回し、台の盤面ばんめんに射出していった。ものの数分後には千円分の玉がなくなってしまったので、友達の付き合いとはいえ、エライ所に来てしまったな、と初めの内は激しく後悔したのをよく覚えている。だけど、その後の展開が凄かったのもよく覚えている。


 一万円を使い果たす直前、俺は大当たりを引いた。しかもST《Special timeの略》に突入する奇数図柄だった。このST中、俺のビギナーズラックが冴えを見せ、怒涛の勢いで連チャンを重ねていった。結果としては一時間ちょっとの間で十三連チャン、約五万円分もの出玉を獲得することに成功した。


 その夜、祝勝会と称し、俺は友人と一緒に高級焼肉店に生まれて初めて行った。この時食べたザブトンやシャトーブリアンの未体験ゾーンな旨さといったら……。だから、そんな勝利の味のとりこになってしまったのだろう。


 当時の俺は暇さえあれば、向かうはパチンコ屋。勝てばたとえ一人でも祝勝会。――本当、ロクでもなかったな……。



 そんな俺だったが、この日は何時も以上に気合が入っていた。その理由は単純明快で、有終の美を飾るためだった。


 大学生の頃の俺は、パチンコ店に通っては負けを繰り返し続け、終には人にお金を借りて打っていたのだ。大学、バイト先のコンビニ関係と、知り合いなら誰にでも金の工面をお願いしたものだ。――本当に本当、ロクでもなかったな……。


 そうして膨れ上がった借金、返済催促の雨あられ。


 俺は漸く省みた。


 このままでは近い将来、消費者金融のお世話になってしまう。それではいけない。大学生の内にツケをどうにか綺麗に精算し、まっさらな状態で社会人デビューを迎えたい。ならば、今こそパチンコと区切りをつけるべきだ、と。


 泣いても笑っても今日が最後、と誓ったのであればこそ、何としてでも勝って、パチンコに笑ってサヨナラを告げたかったのだ。

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