其の肆

朽ちかけた橋を落ちる前に渡ろうと高速で車を走らせ、目的地の山中で車が止まった。


「ようし、五錠君のアパートの近くはこの辺。さて、行こう」


天海さんが車を降りると、黒い鎖を左腕に巻いた。祐天も同じように右腕に巻いた。


「五錠。俺と手を繋げ。俺は離さないが、お前も離すなよ」

「あ、うん。わ、わかった。手を繋ぐ、」

僕は祐天の左手に自分の右手を重ねた。その瞬間、祐天が音がするくらいしっかりと僕の手を握った。


展開てんかいせよ地獄門じごくもん

うつつばっすべきよすがあり」

権化ごんげ独善どくぜんむかえ」


天海さんと祐天が言葉を紡ぎ始めると、周囲が濃い霧に包まれ始めた。

明るかった周囲が霧に覆われ暗くなり、全く見えなくなった。

僕は繋いだ手を握り締めた。間を置かずに、祐天の手が僕の手を握り返してくれた。

大丈夫、祐天とちゃんと手を繋いでいるから、大丈夫。


暗闇の中、ザリザリと鎖が絡まる音と、ギシギシと重い何かが動く音が聞こえた。


「五錠!潜るぞ。下に落ちる感覚になるから、絶対に手を離すなよ!」

「わかっ……!!」


言い終わる前に地面が抜け、高速で下降している感覚に襲われた。僕は目を閉じ、祐天の手を握ることに集中した。少しづつ落ちる速度が緩くなって、一瞬の閃光の後に、僕は生前住んでいたアパートの向かいにある建物の屋上に居た。しかし地面に足は届いておらず、浮いている状態だった。


「わ。わ、ふわふわする、ちょ、祐天」

「足は地面には付かないぞ。俺達は死人だからな。生きてる人間には見えないし声も聞こえない」

「え、そうなの?」

「そうだよ。妖怪と違って、正真正銘の死人だからね、生きてる人には見えないよ」


でも空中を浮いてるってのは出来ないんだよねと言いながら

天海さんがヒョイと屋上から飛び降りた。続いて僕と手を繋いだままの祐天も飛び降りる。

引っ張られるように僕も飛び降りた。しかし衝撃は何も無い。


今更、こちらが夜なのだと気がついた。

あたりは真っ暗だ。田舎町だから街灯もそんなに無い分、余計に暗い。


「位置はばっちり。あのアパートの下の階の真ん中の部屋だけ灯りが点いてる」

「そこが僕の住んでた部屋です」

「そんじゃ、対象者が居るか確かめよう。呼び鈴鳴らすか、……いや、あれ、本人だったりする?」


天海さんが見つめた先には、何かを抱えて暗闇を走る人の姿があった。

どんなに遠くからでも分かる、僕が自分の心から、記憶から追い出したい人間。

間違いなく母親だった。


「あ、……、はは、おや、です。まちがいない」


僕は大丈夫だと思っていたのに、急に体が強張り出して、うまく声が出ない。


祐天が僕の手を握り締めて笑った。

「大丈夫。手を繋いでるし、お守りも持ってる」


繋いだ手を引かれ、暗闇に紛れた母親を探した。


◇続

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