第3章 最終話
◇ ◇ ◇
あれから酷く長く感じた三日後。俺はイノセンスの日常に帰ってきた。
「お疲れ。大変だった様だな」
部屋の主であるルシア社長が、事の顛末を説明し終えた俺に告げる。
「……」
「どうした? 何か言いたげだが」
「いえ、もっと色々言われると思ってました」
「ふぅむ……そうだな二つ聞こう。一つ目に、君は自分がどうなったか分かっているか?」
「……エデンにおける創造行為と、ヒュージンの永遠の命を失いました」
「そうだな」
俺は完璧な生命体として作られたヒュージンの肉体を失った。
別の生命体の形になった訳では無く、見た目も身体能力も俺のままではある。
失われたモノは《 》の被造物としての物体創造の権能。
そして無限の命。つまり俺はもう、エデンで蘇る事が出来ないらしい。
らしいというのは……ラーエルから《 》の言葉を股聞きしたからだ。
「勘違いしない様に。それは罰では無い、君の変化だ」
「はぁ……そうなんですね」
ルシア社長曰く、《 》が何かした訳では無いらしい。
完璧な生命体であるヒュージンが正しさを捨てた結果、魂と肉体に不具合が発生したのだろうと。
「まぁ、どうでも良い事だ」
「そうですね」
そう。どうでも良い事である。別に奪われた訳じゃない。
いや奪われても気にはしない……今回のは完全に自業自得だしな。
俺はエデンを追放された訳では無いんだ。
エデンにおける楽園の機能が、俺からは失われただけ。
これからは動物達の世界で、生きていくだけだ。
《 》に会わせる顔も無いから、丁度良い。
ルシア社長は次に、これからの俺の生き方について語り出した。
「もう君は死んでもエデンで復活しない。エデンで天上の料理を食せない。つまり君はイノセンスで生きるしか無くなった」
「えぇ、はい。そうなります」
「分かってるなら良い。二つ目だ……君の彼女さんについて、理解しているか?」
「えっと? 異世界人とだけ……」
「はぁ。これだからヒュージンは」
「なんだかすみません」
俺の答えに、社長は動物園で餌を取りに行くのも面倒臭がる愛玩動物を見る様な目をしている。何なんだろうか?
「良いかい、彼女さんは発明家なんだろう? そして君の話から推測するに、異世界の文化を普及する事を望んでいる」
「はぁ。らしいですね……」
「まぁ、君に言っても分からないだろうがね……そう言った行為を」
何処かイライラした口調の社長を前に、俺は首をすくめて怖がる。
ルシア社長には珍しくぽつりと言葉を呟いた。
「異世界からの文化侵略。と言う」
「そんな大げさな。彼女が作ったモノで誰かに迷惑がかかった事なんて……」
「はぁぁぁぁ……」
ルシア社長が俺の顔を見て、深々と溜息を吐いた。
同時に鼻からもわぁっ! と火炎が噴き出し床を舐める様に這う。
本社の社長室、大丈夫か……!?
「何はともあれ、君の逃げ場所は無くなった。これからは我が社でマギサックラーとして努力する様に」
「……社長」
「何かね? 私のランチに変更の予定は無いよ」
茶々を入れる天才かよ。
「いや、ありがとうございます」
「ふふ……愛い子だ。そんな子にはご褒美をあげよう。今日は半休でも取り給え」
「良いんですか?」
「痛みと空腹を感じる体に慣れる為だよ。さぁ、帰りなさい」
ルシア社長は妙に、ご機嫌に言った。
カスパル十人長が何て言うか恐ろしいが……まぁ良い。
俺はアカネさんが待っている自宅へと、帰るだけだ。
◇ ◇ ◇
「ただいまー」
珍しく半休を貰った俺を見て、アカネさんの反応は劇的だった。
洗濯物を畳んでいた彼女が、洗濯物を放り捨てて俺に抱きついてくる。
「うわぁあああっ!? やっぱり、クビにされたのかいっ!?」
「俺の事を心配しすぎじゃない?」
ぴえぇぇ。と泣き始める彼女を抱っこしながら、そうじゃないと告げる。
「社長が俺の体を心配して、半休をくれたんだよ」
「あぁ……そうだったのかい? なら良かったけど」
アカネさんを降ろして、俺は着替え始める。
彼女は洗濯物を再開しながらも、俺の着替えを見つめて顔を赤くした。
「体調が悪い訳じゃ無いんだよね?」
「うん。大丈夫……むしろ心配なのは」
「ふふっ、君は心配性だねぇ。ボクも大丈夫さ」
アカネさんが朗らかに笑った。
「それなら良いけど……」
俺はエデンでアカネさんが《 》に会いに行くと同時に、気絶してしまった。
その後の顛末は、アカネさんから聞いた事しか知らない。
彼女は《 》と会って、体の不具合を何とかして貰ったらしい。
「ゴーレムにして貰った」と言われた時には、周りの皆が死ぬ程驚いた。
例外は彼女の言葉が、「すわんぷまん」という異世界の単語だと気づいた俺だけだ。
更にアカネさんは《 》に願いを叶えて貰った後も、話をしたらしい
今回の体調不良の様な不具合から始まり、彼女の故郷に《 》の力で帰れないか等だ。
そして全ての問題事と、疑問は晴れたという。
俺は詳しく聞かなかった。
アカネさんが満足そうな顔をしていた以上、聞くベキでは無いと思ったからだ。
「なぁ、大家君?」
俺がアカネさんを見つめていると、見つめられたのが恥ずかしかったのだろう。彼女が照れながら話題を変える。
「なんだい、アカネさん」
「今日は何をして、遊ぶ?」
俺を見るアカネさんの瞳が、いつもの好奇心に輝いている。
俺はクスっと笑うと、言外に求められた質問を返した。
「何を作ったんだい?」
「おっ、分かってきたねぇ……故郷のゲームを作ったんだ! 待っていたまえっ!」
畳み半端な洗濯物を放り出したアカネさんの背中を見て、俺は笑う。
もう俺はエデンで天使には成れないし、死んだらどうなるか分かったもんじゃない。
もしかしたらアビスに落ちて、永遠の苦痛を受けるかもしれない。
でも……今の気持ちは悪くは無かった。
「《 》。俺は精一杯、イノセンスで生きていくよ……この両足で」
天井を見上げ、きっと届くと信じて俺は祈った。
異世界文化侵略 ―生きる為、発明した端からゴミになる― シロクジラ @sirokuzira1234
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