第2章完結 第9話


 ◇ ◇ ◇


 俺はエルフの村に旅行に行った次の日、動物病院に訪れた。

 旅行先でアカネさんが意識不明で倒れたっきりで、入院しているからだ。

 俺はベットで眠るアカネさんが起きるのを、病室の椅子に座って本を読んで待っている。

 動物病院に初めて来たが……穏やかな場所だな。昔に行った植物園っぽい。

 白を基調とした建物に、子守歌の様な安らかな音楽が流れて居る。

 どこにでも花瓶が置かれており、花の甘い匂いがした。

「……はぁ、起きたらどうすっかなぁ」

 本を閉じて、アカネさんの寝顔を見る。

 彼女がイノセンスにもエルフの村にも詳しく無い事を知っていながら、俺は一人にしてしまい、結果的にアカネさんはアビスに近い下層世界まで落ちていた。

 見つけた時には、知性の無い幻獣と遭遇しており……。

 今回は俺が間に合って、守れたから良かったが……本当なら間に合わなかったろう。

 運と出会いと神が味方してくれたお陰である。

「……偉大なる《    》。ありがとう御座います」

 深く祈る。

 アカネさんの危機が分かったのは……文字通り神頼みであった。

 俺達ヒュージンを見守っている神々の一柱にして、俺の所属するエデンの神。

 《    》が、アカネさんの危機を伝えてくれなければ。

 エルフの少女アドリィが、アカネさんの作った転移魔術式を解析してくれなければ。

 俺は彼女の遺体さえ見つけられなかっただろう。

「……」

 情けなくて涙が出そうだ。

 俺が彼女に着いていれば。

 俺が彼女の事を気に掛けていれば。

 俺がマギサックラーとして実力が有れば。

 れば、ればればれば……情けない。

「怖かったね……もう大丈夫だよ」

 眠るアカネさんの髪を撫でようとし、数巡して頬を撫でる。

 まるで赤ん坊の様に無防備に眠る彼女は、くすぐったそうに口元を緩めた。

 異世界人は全員、こんなに隙だらけなんだろうか?

「ワークさーん。先生がお呼びです」

「え? あぁ。はいっ!」

 俺がアカネさんの寝顔を見つめていると、病室のドアがノックされる。

 どうやらナースさんが俺を呼んでいる様だ。

 アカネさんの体を検査して貰った結果が、分かったのだろうか?

 とは言え……彼女が一日経っても起きない理由に心当たりはあった。


 ◇ ◇ ◇


「まぁ……減圧病ですね」

「ですよね」

 俺は獣医さんの診察室に着いて、言われた病状に頷く。

 減圧病とは気圧や水圧の変化によって、体が適応しきれず不調を来たす病状である。

 恐らくは転移魔術の連続使用によって、転移先で気圧差が生じたのだろう。

 アカネさんも良くぼやいて居るが……彼女の世界で言う引力は存在せずとも、気圧や水圧は存在している。

 魔法の影響によって、呼吸をする人間はその影響を受けづらいだけだ。

 実際に転移魔術を一回や二回使っても問題は起きないし、転移場同士は同じ気圧になる様に作られている。

 その為、転移場同士であれば何回転移しても問題は少ない。

 減圧病は小説等でも利用されるので、俺みたいな素人でも知っているんだが……アカネさんはこの世界に来たばかりで、知らなかったのだろう。

 最近の流行の映画でも、ボスを連続転移させて気圧差で倒してたしな。

「元々体内のマナが少ない女性の様ですね。どこの異界から来たんですか?」

「俺も詳しくは……珍しい異界から来たって事は知ってるんですけど」

「そうですか。アカネさんに直接聞いても?」

「あんまり聞かないで貰えると助かります」

 担当医の先生が困った顔をするが、分かりましたとカルテに何事か書く。

 俺はその間、診察室に置かれたベットや隣の部屋で注射を受けているペットの馬の嘶きを手持ち無沙汰に聞いている。

 先生がカルテを書き終わるのに、時間はかからなかった。

「とりあえず彼女には厳重注意して下さいね。下手したら死んでましたよ」

「面目ない……」

「異界の方なんですから。転移魔術なんて危険な魔術式を書かせる時には、保護者がついてあげないと行けません」

「はい……」

 いや本当に申し訳無い。頭を下げる。

 まさか転移魔術式を自分で書ける様になってるなんて……。

 お医者さんは俺の様子を見て溜息を着くと、呼びだした本題に入った。

「今回の減圧病は命に別状はありません。ただ……」

「ただ?」

「このままだと、彼女は死んでしまいます」

 その言葉に俺の背筋は冷たい汗が流れ、純白の診察室に差し込む日射しが冷えた様に感じた。

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