第2章 第7話


 ◇ ◇ ◇


「とは言ったモノの……むーん、どうしたものかな」

「ナニかお困りですか?」

「いや、困ってる訳じゃないんだ。ただ質問をしても良いかい?」

 ボクは天才科学者。庄崎朱音。

 現在はエルフの要職だと自称する、レストランのウェイター。

 アドリィとエルフ村の池の畔で、書類や図面に囲まれて悩んでいる。

 目の前には池の中に沈没して発光する魔術式。ソレは現在解析中である。

 だが解析で悩んでる訳では無い。むしろ逆だ。

 魔術式を地球のプログラムに当てはめてしまえば、大した事も無い。

 悩んでるのは技術的な問題では無く、人間関係についてである。

「なんでわざわざボクの友人である、大家君を遠ざけたんだい?」

「え? それは……」

 そうボクはアドリィから直々に、彼を連れてこないでくれと頼まれていた。

 ボクとしては彼にも仕事がある以上、別行動して貰うのに否やは無い。

 だがアドリィが、彼の事情に詳しいとは思えなかった。

 人間心理には鈍いボクだが……大家君と彼女の間には何かあるのでは?

「えーと、そのぉ……気分を害すると思うんだけど」

「ボクの家族についてだから、悪く言われれば気分を害するよ。でも聞かずに不当な確執を持つよりは良いんじゃないかな?」

「うーん……」

 アドリィは暫く悩んだ末に、言い方に気を付ける素振りをみせて呟いた。

「だって怖いじゃないですか。ヒュージン」

「ヒュージンが?」

 まさかの個人ではなく、人種差別問題だった?

 ボクは日本人だから、そういうの詳しく無いぞ。

「動物的な怖さじゃなくて。いえ……彼らヒュージンはエァールヴよりも体が強いから、怖いですけど……その、彼らは一つも原罪を抱えていないから」

「原罪……?」

「悪い人達じゃないのは知ってるんですよ? ただ普通の人間である私達エルフには、ちょっと理解しがたい思考というか……」

「あぁ~」

 確かに大家君は、酷く……そう、酷くお人よしだ。

 上司に貶されても笑ってるし、自分のモノは周りにあげてしまう。

 ボクが地球で受けた様な、嫉妬や発情した目も見せない。

 彼はいつも変わらず、働き者だ。

 ……そういえばボクは彼の困ってる顔と、笑ってる顔以外見た事が無い。

「ちょっと分かるなぁ……ボクはそこが好きだけど」

「分かってます。私も苦手なだけです」

「……なら良いか。さて転移魔術式の話をしたい」

 ずばり何処まで、解析すれば良いかについてだ。

「君は魔術式を解析して欲しいと言ったろう? 大昔に作られたは良いが、遠い場所を見る事が出来るだけで他の術式に応用出来ないと」

「えぇ。立体術式は術式の筆記が曲がる関係で、平面の術式に比べて空間の概念を術式に加えるから難易度が高すぎて……同じモノを作る事は出来るけど、理屈が失伝してしまったんです」

 シュミレーター機械と同じだな。

 二次元から三次元へ仮想空間を作り替えるのは、情報量が多くなり過ぎる。

 二次元で作る発想と技術は、三次元に応用するのは難しい。

「ふぅぅむ」

 アドリィ並びにエルフ達から渡された図面や書類束には、彼らが解析した魔術式の解析結果が載っている。

 ボクが調べる必要が無い程、良くできていた。

 検算の為に今も解析をしているが、この調子なら問題無い。

 理屈が分からないのは……魔術式という名のプログラムコード。その用語と動き方が現代の魔術式とはまるで違うからだろう。

「これなら三時間で応用出来る様に出来るが……応用出来るだけで良いのかい?」

「と、言うと?」

「応用出来る様にしてあげるけど、君達が本来使いたい用途を教えてくれれば協力してあげるよ?」

 ボクの言葉に、アドリィの表情が驚きに変わった。

「良いんですか?」

「解析の検算と術式の単位毎の説明だけだと、報酬が多すぎるからね」

 このままでは思ったよりも早く終わって、大家君を待つ羽目になりそうだ。

 それに家でやる暇潰しでもなる。

 良い加減、家でゴロゴロしながら引き籠もるのも止めにしたかった。

 研究はボクのライフワークである。更に言えばお金が貰えるなら尚良い。

「そうですね。再現が出来たら、立体術式を使った転移魔術式の魔道具を作りたいんです」

「つまり……?」

「ポケットに入る球体状の転移魔術の魔道具が理想ですね」

 成程。精密機械が作れないイノセンスでは、魔道具の縮小化が出来ない。

 だから立体術式を用いた三次元の魔術式を作って、魔道具の縮小を……か。

 それが出来るなら、間違い無く技術革命になるだろう。

「後々は転移魔術式を小型化して、どこでも行ける様にしたいなと」

「成程。任せ給え! このボクならその願いを叶えられるだろうっ!」

「あはは、期待させて貰います……お店が開くので失礼しますね。何かあったら来て下さい」

 アドリィは苦笑いして、村の中央へと去って行く。

 去り際の彼女は、ボクの言葉を真に受けてない顔をしていた。

 自分で出来ないんだから、お前だって出来る筈が無いって顔だ。何とも愚かしい。

 ボクという天才ならば、簡単だというのに……。

「ボクの一番好きな事はっ、そういう奴の自信も努力も、無に帰す格の違いを見せてやる事なんだよっ」

 ボクの熱意を甘く見るなよ……異世界人め。

 やる気を出して取り組んだは良いが、ここで予想外の事が起きる。

 再現に三時間かかると思いきや、改良を含めて一時間で完成してしまったのだ。

 本格的に暇になってしまった……。

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