第2章 第6話
◇ ◇ ◇
エルフの村。その最大の特徴は大抵のモノを植物で作っている事だろう。
石垣は無く無防備そうな柵で村を覆い、村の外は森に囲まれている。
村は止め針型の家々が並ぶ大通りが中心を通っており、地面からベンチの形をした木が生えている。
反して石工や鉄工は少なく、地面は整地されただけの地面や芝生が多い。
敷地面積と千人は超える人口を考えれば、村と言うには広いだろう。
むしろ街と言うべきかもしれない。
まぁ良くある、長命種の集落である。
「旅行先で出歩くのは楽しい。そう思わないか? 大家君」
「一人で来たら寂しいだろうけど、友達と一緒ならワクワクするよね」
そんな村の早朝に、異邦人二人で村をブラついていた。
家の間をすり抜けて、目指すのは未知の魔術式である。
アカネさんの案内で辿り着いた場所は、村の端にある小さい池だった。
「ここだよ! ここ!」
「何処だい? アカネさん」
「この池の中さっ!」
もしや寝ぼけてらっしゃる? そんな風に疑いつつ池を覗き込んで見ると……。
筒状になっている池の底と側面に、幾何学模様が描かれていた。
「……転移魔術の立体魔術式?」
「だろう? 図書館で調べてはいるけど、立体魔術式は実用段階じゃないよねぇ?」
「あぁ。ウチの会社の上司が研究してるけど……上手くいって無い」
大企業の研究所にあるならともかく、こんな池にあるか?
……驚いた。ちょっとしたオーバーテクノロジーだぞ。
「う、うぅん? これ地面に刻み込んでる訳じゃないのか? つーか転移魔術の魔術式なのは間違い無いけど……こんなんで機能するのか」
「どうしたんだ、大丈夫かい」
「い、いや。大丈夫だ……何だこの魔術式。どういう発想と技術なんだ?」
魔法の組み合わせ方が緻密過ぎて、俺の技術じゃ全体像が全く読めない。
魔術を起動する魔術式もシンプルなのにだ。
だが緻密な魔術式同士がどう作用し合ってるのか分からない。
それが立体という三次元空間の要素を取り込んでるから……ちんぷんかんぷんだ。
俺が池を覗きこみながら固まってると、アカネさんが首を傾げた。
「ん。そう難しい魔術式かい、コレ?」
「……?」
「既存の魔術式には見えないし、画期的な発想だが模倣するのは難しく無いぞ」
「そうなの?」
「まぁ私の才覚あっての話だから、凡俗のマギサックラーでは理解出来ないかもな」
すみませんね、マギサークル会社の窓際社員で。
アカネさんがペラペラと池の魔術式を説明してくれるが、イメージは掴めるが緻密過ぎて、全く記憶に残らないから困る。
「もうっ、しっかりしたまえ! マギサックラーとして大成したいんだろうっ!?」
「いやぁそういう訳では無いんだよねぇ」
俺は魔術式で作った魔道具で誰かが喜ぶ姿が好きなんであって、名声とか金銭欲とかは無い。
……がそれはアカネさんには、喜ばしく無さそうだ。
彼女は地団駄を踏んだと思うと、俺の肩を揺さぶってくる。
「もっと欲張りたまえ! 嫌いな上司の鼻を明かしたくは無いのか?」
「あはは、それはしてみたいな」
アカネさんが鼻息荒く、何度も頷いてくるので背中をさすって落ち着かせる。
その時、俺の後ろ髪がチリっと静電気の様な刺激を受けた。
「誰だ」
バッと振り向くが……誰も居ない。
朝日が昇りかけて、薄暗かった村が明るく照らされてるだけだ。
幾つかの家からは声が聞こえてくるが、村人達はまだ出て来て無い。
「大家君?」
「そこの木の後ろに居る奴。出て来い」
気配はしないが、俺の本能という感覚器が相手を捕らえていた。
完全な気配の隠蔽……相当な手練れか、強力な魔術式なり魔道具を持ってる筈だ。
先程感じた刺激は、誰かがアカネさんに向けた薄ら暗い感情である。
その中に殺意は無さそうだが、アカネさんは赤子の様な戦闘力しか持たない。
必要があるなら此処で決着を付けるべきだろう。
幻獣が出るか、悪魔でも出て来るか……。
俺はいつでも飛び出せる様に、腰を低く構える。
「大家君……どうかしたのかい?」
「……はぁ。五秒以内に出て来てくれ」
アカネさんが構えた俺の前に踊り出て、暢気な顔で見上げてきた。
俺の全身の毒気が抜けていく。
仕方なく、溜息交じりに隠れている誰かに最後通告を放った。
最悪は森ごと、ラリアットで潰そうかなと思った所で木の後ろから人影が現れる。
「いと貴き異邦より参られた人間の始祖たる子よ。すまなかった。矛を収めてくれ」
「……エルフの方か。怖がらせてごめんなさい。どうかしたんですか?」
現われたのは、昨日のレストランの受付のエルフの少女である。
男勝りの喋り方は、世界共通言語の不具合だろう。
外国の異種族が敬意を支払った言葉で喋ると、偶にこうなる。
現に続く言葉は、外見相応の口調だった。
「昨日、レストランに来てくれた人が歩いてたから見てただけなの」
「……」
「あの時の子かい? 美味しい食事をどうも。ボクがハマる程の美味だったよ」
本能が僅かな不快感を発していた。嘘だ。エルフは嘘を付いていた。
俺は無言で緩めた眉を顰める。
エルフはアカネさんのお礼に、一度二度返した後すと後退した。
彼女も俺が嘘に気づいた事に、気づいた様だ。
エルフは強力な種族だがこの近距離なら……ヒュージンである俺なら、二呼吸以内に五体をバラバラに出来る。
そんな可愛そうで怖い事は、したくないけど……。
何を察知したのか、エルフの目が泳ぎ始める。
怯える位なら、嘘なんて付かないでくれよ。俺は気づいただけなんだから。
つーかアカネさんは変な戦争観持ってる癖に、なんでそんなに無防備なの?
俺は同居人が悪い男に騙されないかで、エルフの少女は俺に感情を見抜かれた事で冷や汗をかいていた。
暢気なのはアカネさんだけである。
「ヒュージンには嘘は付けないか……ごめんなさいね。本当はその子が言ってた事が気になって」
「ボクの? あぁっ、転移魔術式の事かい?」
「魔術式が理解出来たって言ってたでしょう」
「……もしかして見ちゃ行けなかったかな?」
「この村では誰でも使って良いモノだから、構わないわ」
おっ、良かった。朝の散歩で物騒な事は起きなさそうだ。
でもだったら、何が気になったというのか。
「その技術は大昔のエァールブが作った技術だけど、現代じゃ解析出来なかったの。だから彼女の言葉が、真実なのか気になって」
「ふーん。まぁボクの故郷のマギサークルと、使われてる技術が一緒だったからね」
こらこらアカネさん。異世界人だとバレるぞ。
俺は内心でヒヤヒヤしながら、やりとりを見守り続ける。
「……それって本当?」
「あぁ、本当だよ。この魔術式は言わば監視装置みたいなモノだろう? 大気中のマナを共鳴させて遠くの光映像をこの池に出力する為の」
「……」
「立体魔術式にしてるのは……」
「待って待って! ちょっとこっち来てっ!」
受付の少女がアカネさんと俺の手を引っ張る。
俺もアカネさんも抵抗はせず、着いていった。
◇ ◇ ◇
「待たせたね。大家君」
「あぁ、アカネさん。結局何だったの?」
「うーん、ロストテクノロジーの解析を頼まれただけだよ」
時刻は朝食の時間を過ぎた頃。
村人達や観光客が、ワイワイと外に出て動き出している。
俺とアカネさんはエルフの少女に連れられて、昨日のレストランを訪れている。
まぁ俺は待ってて欲しいと言われたので、外に居るけど。
彼女が帰って来るのはそう遅くは無かった。
三十分もかからなかったろう。
「さっきの魔術式の事?」
「うん。それでだね大家君……今日は村を見て回る予定だったろう?」
「社内旅行に使えそうな観光名所を聞いたり、お土産買ったりね」
「それでねボク……例の魔術式を今日、調べたいんだ。詳しくは家に帰ってからにするけど、此処じゃないと出来ない事もあるからさ」
「構わないけど……あの子に何て言われたの?」
「技術費は払うから、力を貸してくれって」
うーん。俺としては構わないんだけど、アカネさんは変な所で義理堅いから心配だ。
爆発事件の様に、責任感を感じて無茶な事をしなければ良いけど。
「大丈夫だよ。ボクが一人の科学者として、興味が湧いたってだけさ!」
「本当に? 危ない事はしないかい?」
「しないしない。スケッチとって……後は魔術式を改めてみるだけさ。君は予定通り観光地を回ってくると良い」
俺は一緒に見たいんだけど、やりたい事があるのは良い事である。
特にアカネさんは科学者だから、数日前の様に家に閉じ篭もるよりは気も紛れるだろう。
俺は了解した。
「分かった。いつまでかかる? 夕方には転移魔術場に行かないといけないよ」
「うーん今が九時位だろ? 大体六時間もあれば大丈夫かねぇ」
「なら大丈夫か。お昼ご飯は……」
「エルフの村で経費として出してくれるさ。安心してくれ」
アカネさんがやる気を出している。熱意が凄い
彼女はおっちょこちょいな所があるから、心配なんだけど……。
俺は心配になりながらも頷いて、彼女の言う事に従った。
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