第2章 第5話


 ◇ ◇ ◇


「いやぁ、昼間のアレは凄かったねぇ。まだお腹一杯だ」

「聞いてみたんだけど、アレは門外不出で外に持ち出しはいけないらしいよ? あんなに美味しいモノを独占するなんて……エルフは酷い奴らだ、全く」

 夜中になり、俺達は予約していたペンションに宿泊している。

 周囲の民家と同じく、止め針型の家だ。

 昼間は遺跡を見て回って思いっきり遊んだ俺達はへとへになったが……昼間に食べた食事が頭から離れなかった。

 掌程の大きさのクッキーを二枚だけ食べただけなのに、とんでもない腹持ちである。

 ペンションに備え付けられていた果物は、囓る気にもなれない。

「そうだ。聞きたい事があるんだよ。大家君に」

「うん? 俺が分かる事?」

「あぁっ! 本で調べても分からなかったんだ。ボク達が住んでる国は故郷に似てるのに……エルフの村はまるで環境が違う。この差は何だい?」

 俺達の移住区とエルフ村の差か……。

 俺の住んでる場所は世界的に見ても大きな国で、強大な神が治める一大勢力である。

 道の舗装は当然として、マギサークル技術も盛んだ。

 そこを含めて、生活風景やヒュージンの姿等がアカネさんの故郷の大国に良く似ているらしい。

 逆にエルフの村の風習は、まるで見た事が無いという。

 まぁエルフは神代の環境を維持出来ている事が、原因かもしれない。

 村からでも幻獣が見え、魔法と共に生きる。

 服装や周囲の風景さえ、俺達の故郷とはまるで違うしな。

「本で調べたんだけど、世界共通言語では細かいニュアンスは分からなくて……ボク達が住んでる場所が普通である様にも書かれてるし、この村みたいにファンタジーしてる場所も書かれていた。どっちがこの世界の異常なんだい?」

「うーん、何て言えば良いかなぁ。国が違うから技術の進歩の方向が違うとしか言えないよ」

「それはどういう事だい?」

「先進国と後進国……ってのも違うしなぁ。敢えて言うなら土地柄に差が出てるだけじゃない?」

 マギサークル技術による量産。それは間違い無く俺の故郷の方が上だろう。

 物資が豊富で、マンパワーが比べものにならないからである。

 逆にエルフの村は、忘れられた魔術式や強いマナによる民芸品が作られている。

 つまり俺達の国は経済と人権保証が優れており、エルフの村はそんなモノが無くてもやっていける……経済概念や人権の保障なんて必要としてない。

 つまりそれ程、エルフは自立した人種なのだ。

「アメリカと他国の田舎みたいなモノかい……?」

「そこが何処か分からないから、何とも言えないよ」

 アカネさんは分かった様な分からない様な、複雑な顔をして首を捻った。

「俺も外国旅行なんて行かないから、詳しく無いけどね」

「まぁ凡人たる君らしい意見だったよ。ちなみに君が行った事のある土地はどんな所があるんだい?」

「どんな所って……修学旅行で天舟で行ったエデンとか、社会見学で行く灼熱地獄とかかな?」

「……偶に君の口から聞く場所だけど、本当に行けるのかい?」

 異界には良く行く。むしろ他国に行く方が少ない。

 俺がさっきあげた二箇所は、行った事の無いヒュージンの方が少ないだろう。

 灼熱地獄に関しては、稼動していないのでただの見学だったけど凄い光景だった。

 けれど特に言える事も無い。興味も無かったしな。

 エデンに関しては数日滞在するのが一番楽しめるが、学校の修学旅行だったので神の居る門の周辺の花畑を散策したり……。

 死んだ後にエデンの何処に送られるのかとか、エデンからイノセンス世界に戻る為の、手続きの場所等を教わっただけだ。

 良い所だし老後はエデンで暮らしたいけど……まぁ退屈な場所である。

 だがそれは俺の意見でしか無い。

 アカネさんは女の子だ。時間を忘れられる綺麗で長閑な場所であるエデンを、気に入るかもしれない。

「今度の休暇で行こっか。仕事休んでまでは流石にアレだけど」

「……行けるんだ。やっぱり」

 そういえばアカネさんが、死んだらどうなるんだろう?

 俺達ヒュージンは、死ねばエデンの神の元に行くだけだ。

 そこからイノセンスに戻っても良いし、死ぬ様な辛い目に合わないエデンで暮らしても良い。

 何なら魂を洗い直して、生まれ変わるのもアリだ。

 だけどアカネさんは、この世界の被造物じゃない。

 一体どうなるんだろう?

「……ボクの中で色んなイメージが潰れたよ。君は酷い男だな」

「えっ、何? 何か悪い事言っちゃった?」

 俺が考え込んでいると、アカネさんが唇をとんがらせて拗ねていた。

 酷い男と言った彼女だが、本気で怒ってる訳では無さそうだ。

 女の子の機嫌を損ねたら素直に謝って、話題を逸らすにかぎる。

「ちなみにアカネさんは俺達の家とエルフ村。どっちが居心地が良い?」

「誤魔化された気がするけど……まぁ良いだろう。で、どっちとは?」

「君の故郷には無いモノが見たいんだろ?」

「それはそうだけど、やっぱりボクは家の方が好きだな」

 アカネさんがはむず痒そうに、はにかんで微笑んだ。

 俺は「ファンタジーを見たい」が口癖の彼女は、この土地の方が冒険し甲斐があると好むかと思っていたので意外だった。

「へぇ、その心は?」

「あの家が、今のボクの家だからさ」

 ……それなら仕方無いな。


 ◇ ◇ ◇


「大家君。大家君」

 寝てる俺を誰かが揺する。誰だろうか……?

 まぁ力が弱いので無視する。妖精でも悪戯してるのだろう。

 暫く放置するとその人物は俺の頬をペチペチ叩いたり、上に乗ったりし始める。

 流石に邪魔なので、目を開いて相手を確認した。

「……ぁぁん? 誰ぇ?」

「起きてくれ、大家君!! 驚くものを見つけたんだっ!!」

「アカネさん……どうしたの?」

 俺を揺する人物は、アカネさんだった。

 彼女の服は就寝前のパジャマではなく、ペンションに備え付けられたエルフの伝統衣装だった。

 手と頭を出す穴が空いて、腰帯は無くてもズリ落ちない着やすそうな服である。

 似合っててカワイイが、外が薄暗いのはいただけない。

 まだ朝日が昇り始めた頃だぞ。

「転移魔術式があったんだよ!! 村の中にっ!?」

「むぅーん? 俺達だって使ったじゃん」

「そっちじゃない、小さな転移魔術式があったんだよっ!」

「おーん……ちょっと待ってね」

 酷く興奮しているアカネさんを見て、俺も体を起こす。

 案の定だ。山の向こうから太陽が昇り始めたばかりで、部屋も村も薄暗い。

「転移魔術式は、扱いが難しいから滅多にあるもんじゃないよ」

「でも村の中を散歩してたら、村端に転移魔術式があったんだ!」

「うーん……まぁ魔術式は技術だからありえるのか?」

 特にエルフはヒュージンに比べて、寿命が数倍有る。

 マギサークル技術が国単位では劣っていようと、優れた技術者は間違い無くいるのだろう。それこそ俺達の国よりも。

 俺の中にあるマギサックラーとしての好奇心が、むくむくと起き上がった。

「……行くかっ!」

「大家君……君ならそう言ってくれると信じてたよ!」

 それじゃ、ちゃっちゃと着替えようっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る