第1章 第11話


 ◇ ◇ ◇


 一ヶ月が経過したが、アカネさんは今もガレージで発明を続けている。

 開発費はおじさんから貰ったお金を、つぎ込んでいるらしい。

 俺はお金の使い道は、てっきり女の子に今流行のトロールファッションでも買うのだと思っていた。

 だが彼女は、服には見向きもせずに異世界から持って来た白衣に似た服ばかり着ている。

 発明こそが彼女のライフワークなのだろう。

 今日も俺が仕事から帰った時には、まだ帰っていなかった。

 俺は疲れながらも風呂焚き等の家事を魔道具に任せて、夕飯の用意を始める。

 当初こそ、料理当番はアカネさんだったのだが……。

 ここ一ヶ月で素人が未知の食材を使って料理を作っても、ゲテモノになる事を学ぶ結果になった。

「おーい、帰ったぞ。大家君! お風呂をやってなくて悪かったね!」

「いいよいいよ。アカネさんも何か頑張ってるみたいだし。お風呂とご飯どっちが良い?」

「夕飯で。ちなみに今日は何かね?」

「セーフ肉の炒め物だよ」

「あの猪肉か……良いじゃないか。辛口にしてくれよ」

 アカネさんの口から漏れた、ぶたにくという単語が猪肉という単語に翻訳される。

 異世界の言葉で翻訳された事から、ブタとは異世界の猪の事だろうか?

 この世界では庶民の主食であるセーフリームニルは、異世界には居ないらしい。

 もしかしたら猪も……異世界の人間は何を食べてるんだろう。

「してあげるから、お風呂入っておいで」

「あぁ、行ってくるよ。大家君!」

 俺はアカネさんが、風呂場へ走って行く姿を見て和んだ。

 彼女はいつも笑顔で帰って来て、美味しそうにご飯を食べる。

 その事が俺に元気を分けてくれた。

 その後はいつもと変わらない日常である。

 二人で食事をして、お風呂に入ったら二人で洗濯物を畳む。

 その間、俺が仕事の愚痴やら今では俺よりも腕利きのマギサックラーであるアカネさんに魔術式の相談をしたり……彼女の発明の苦労話をして過ごす。

 普段なら家事が終われば、部屋に引き上げて趣味の時間を過ごすのが通例だった。

 だが今日は、彼女から報告があるらしい。

「さて大家君。コレをあげよう!」

「……何これ?」

 アカネさんから、重そうな革鞄を渡された。

 渡されると……やはりずっしりとした重みが、手に伝わる。

「開けてみたまえ。毒なんかじゃない」

「毒ですって言われたらビックリするわ」

 アカネさんが得意げな顔で革鞄を顎で指すので、俺は戸惑いつつ開けた。

 中に入っていたのは……まさかの黄金である。

 イノセンスでは、SF世界で用いられる様な紙幣は使われない。

 代わりに使われるのは金貨や黄金。魔法鉱物であるが……黄金だとしてもトンデモ無い量だ。

 俺の年収の半分はあるかもしれない。

「いやぁ、二週間もかかって悪かった! 量産体制に入るのにかかっちゃってねぇ。まぁ魔道具のマザーマシンが出来ればこっちのもんだよ」

「……犯罪行為はしてないよね?」

「あぁ、安心したまえ。犯罪では無いとも。正当な対価としていただいたモノだ」

 アカネさんがペラペラとタネを語り出す。

 曰く、イノセンスには、アカネさんの故郷の道具と似た魔道具が沢山あるらしい。

 具体的に言うと、マギストーブや工具等である。

 そういった道具の外装を、科学製品に似せて売りに出し……ボロ儲けしたそうだ。

「売りにだしたって……どこに?」

「最初はフリーマーケットに出品してね……そしたらヘリの購入者やら、他のSFファン達がこぞって買っていったよ。あっというまだったとも!」

「なるほどなぁ。これからもそうするのかな?」

「いいや、業者にマザーマシンは発注したからね。これからは完全受注制でやるよ」

「そこまでこぎ着けたのか……」

 何にせよアカネさんは、SF界隈のプロデザイナーとしてお金を稼いでいるらしい。

 俺が感心してると、アカネさんは心苦しそうに俯く。

「それでだね、心苦しいのだが……」

「うん? 何か欲しいのかな」

「ああいや、そうではなく。もう少しガレージを派手に使わせて欲しくて……」

「あぁ、そんな事か。好きにして良いよ」

 どうせ置きっぱなしの資産だ。誰かの役に立つのならその方が良い。

 アカネさんは、俺の言葉を受けて向日葵の様に可憐な笑顔で笑った。

「ありがとうっ! 大家君にはしっかりお礼するからね!」

「こうしてお喋りしてるだけでも、良いんだけどね」

 随分と嬉しそうな、アカネさんの様子を見て俺は思った。

 おっちょこちょいな彼女の事だから、失敗しないと良いけど……と。

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