第1章 第9話


 ◇ ◇ ◇


 更に二週間が経つ。

 俺は変わらずルシア社長に諭され、カスパル十人長に怒られ、モニカさんに慰められつつ、大好きなマギサックラーの仕事に勤めている。

 最近では日課の一つに、アカネさんの魔道具開発の苦労や自慢話を聞く事も増えた。

 そんな訳で今日は、彼女の発明。その完成品を見せて貰えるらしい。

「やぁやぁ、良く来たね大家君! 君は実に幸せ者だ。何たってボクの作品を、第一に見る権利があるんだからねぇっ!」

 叔父さんの家に辿り着いた俺を、アカネさんが無い胸を張って出迎える。

 彼女の今日の服装は白衣では無く、オイル塗れの作業服だった。

 ……幼い容姿も相まって、えも知れぬ微笑ましさがある。言わないでおこう。

「もう作品は、見せてくれるのかい?」

「まぁ待ってくれよ。その前に開発の経緯を聞いてくれたまえ」

 俺達は門をくぐり、庭に入る。

 ……庭が焦げ付いていたり、芝生が荒れていた。

 アカネさんの試作品の運転で、庭は犠牲になったらしい。

「まず困った事に、この世界はボクの知っている物理法則とは違う」

「そうなの?」

「そうだ。航空力学について調べた所、まるでデタラメだった」

 何でも物理学や科学とは、世界の法則を見つけ……その法則を利用する技術らしい。

「物理法則や大気の法則性が違う、この世界がおかしいのか、ボクの世界がおかしいのか。そこは割愛しよう……ただ人間という生命体が、住める環境では無い訳だ」

「神様方が上手い事やってくれてるんじゃないの?」

「はははっ! そりゃぁ良い。神様か……天界に居る彼らが上手くやってるのかもねぇ」

 アカネさんがはっはっは! と笑い出すが突然、家の煉瓦の壁に頭をぶつける。

 彼女が押し黙り、ぷるぷる震え出す。

「……と」

「だ、大丈夫? アカネさん。重い音がしたけど……」

「そんなんだからっ、ボクがどれだけ苦労したとぉおおおおおっ!!!」

「ちょっ、待っ」

 アカネさんがまた壁に頭をぶつけようとするので、俺は彼女を羽交い締めにした。

 じたばた暴れる彼女だが、その力は子猫よりも弱々しい。

「ふざけるなぁっ! なんでマナなんてエネルギーだけで、空を飛べるんだっ!」

「そりゃ、そういうもんなんだからっ! 当然でしょ!」

「うわぁあああああ」

 「なんで引力が無い」とか「なんで僕らは地面に足をついてるんだ」と騒ぎだす。

 暫くして落ち着いたアカネさんは、乱れたツナギを直しながら続けた。

「はぁ、はぁ……とにかくボクは、科学技術をこちらの技術で使う事を諦めた」

「……まぁ妥当だよね」

 彼女が言う技術は、高等教育を受けた者なら一笑に吹くモノばかりである。

 だが細かい物理法則や機能の説明を聞く限り……彼女の世界には、本当にある技術なんだろう。

「代わりに魔術式とこの世界の法則を利用して、科学技術の見た目に寄せた発明品を作ったんだ」

 アカネさんは自慢げに鼻を鳴らし、ガレージのシャッターをノックする。

 するとシャッターが一人でに開き……見覚えのあるゴーレムが現われた。

 キーパー君の面影があるが、要所要所が違う。

 腕に変なチューブが巻き付いていたり、下股と上股を繋ぐ鉄管が刺さっている。

「油圧で強くしたんだ。魔術式で動かすのは便利だが、出力が足らないからね」

「……ゆあつ? 油の技術かい?」

「ええいっ! なんで携帯はあるのに、油圧技術も蒸気機関も無いんだっ!」

「多分、圧力関係なんだろうけど……潰すっていう過程を飛ばして、潰したっていう結果を求める魔術式の方が簡単だからかなぁ?」

 それにゴーレムに力仕事を頼む事って……無いんだよな。

 ヒュージン以外の種族は、やるのかもしれないけど。

 アカネさんがまたブツブツ言いだしたのを尻目に、俺はキーパー君を観察していた。

 本来のキーパー君は摩耗した部分を交換する事で、長期間使える事が売りのゴーレムである。

 その点、強化されたキーパー君は随分と整備性が悪そうだった。

「おいおい。キーパー君は良いから、こっちを見たまえよ」

 俺はキーパー君に興味津々だったが、アカネさんの見せたい発明では無いらしい。

 彼女が俺に見せたかった発明は……変な塊だった。

 魚に似た鉄の塊をベースにしており、背中には棒が刺さっている。

 棒の先端には、うねりの付いた刃が垂直に着いていた。

 棒とは逆。腹の部分には長いチューブが伸びている。

 チューブは、魔術式の起動と停止に用いるスイッチ式の魔道具に繋がっていた。

「……何それ?」

 指先で突っつく。刃は鈍い……というか棒が固定されておらず、くるくる回る。

「ヘリコプターだ」

「何それ……?」

 アカネさんから受け取ったヘリコプターなるものを裏返したり、触ってみる。

 刃の部分に溝が掘られている……コレは魔術式だろうか?

 他にも球体を傾ける魔術式や、刃や魚の尾にあたる所には細工がある。

 起動スイッチは……マナを自力で流せなくても使える様にだろうか?

 俺が何より驚いたのは……たった三週間で、彼女が魔術式を編んだ事である。

 子供騙しの簡単な魔術式とはいえ、独学で自作を編むなんて……。

 俺が感心していると、彼女が自慢げに言う。

「これが何か分かるかい?」

「……球体を傾ける魔術式があるのは分かるけど、細工の意味はさっぱりだ。魔術式が刻まれている様にも見えない」

「そうだろうね。まぁ、見て貰えば分かる」

 アカネさんが、庭の芝生にヘリコプターを置いた。

 球体が目立つヘリコプターだが、ヒレの様な鉄棒が胴体を支えて直立している。

 アカネさんが起動スイッチを押すと、埋め込まれた魔法鉱石からマナがチューブ内の水銀を通ってヘリコプターに流れた。

 全身の金属に、青緑色の幾何学模様が走る。魔術式が起動したのだ。

 刃付きの棒が突然回転し、竜巻を思わせる円運動を始める。

 そう思った瞬間! 

 金属の球体がビュンッと、アカネさんの鼻ほどに飛び上がった!

 風を切り裂く音に、刃が丸ノコギリを思わせる円盤に変わった事。

 俺は余りの情報量に、瞬きをしながら驚いた。

「どうだいっ! 航空力学が息をしていないが、揚力があればヘリは飛べるっ!」

「あ、あぁ……驚いた」

「しかも水平に動くっ!」

 アカネさんがスイッチを弄ると、尾が動きヘリコプターがその場で旋回を始める。

 俺が気になってた尾の細工は、尾を動かす為の細工だった。

 更に……球体が傾くと、ヘリコプターが上下降する。

「……」

「いやぁ、その顔! その驚いた顔が見たかった! フフフっ、科学を舐めてはいけないよっ!」

 本当に驚いた。飛行魔術式を組んでる様には見えない。

 まぁ飛行魔術式は……サイズや重量毎に、専用のモノを数十人で作る魔術式である。

 当然だが二週間足らずで、アカネさんが編めるモノじゃない。

「ふふふ。揚力という概念はある様だが、全く研究されてなかったからね。ボクの世界と揚力や航空力学に差があるのは驚いたが……まぁざっとこんなもんだ!」

「凄い早口だな……」

 高笑いしてるアカネさんを見ながら、俺は指で金属を突っつく。

 見れば見る程、不思議な物体である。

 世の中には風で飛ぶ花弁や、種等はあるが……金属が飛ぶなんて。

「いやぁ、異世界でもボクは天才なんだなぁっ! フハハハハっ!」

「確かにこれは学会とかで発表したら、面白い事になりそうだなぁ」

 俺の言葉に気を良くしたアカネさんは、苦労話を始める。

 実際には……瞬間移動の魔道具やら、飛行という概念を付与出来る魔術式があるので騎乗用の道具としては全く意味は無い。

 安価に使えるからといって、事故性が高すぎる。

 だが玩具としては、コレほど素晴らしいモノも無いだろう。

 飛行できる魔道具は高いのだ。

「さーて、これで遊びたまえよ。家賃代わりだ」

「あぁ。どうやって動かすのか、教えて貰える?」

「一度しか言わないからしっかり聞けよ?」

 俺は内心に秘めた考えを隠し、自慢げな彼女の説明を聞く。

 その時、視線を感じた。どこか執念にも似た粘り気のある視線だ。

 アカネさんは無防備な子だから、全く気づいて無い。

 ……俺は視線の方向へ目を向けた。

「おい、大家君。聞いてるのか? 全く……初めから説明をするか?」

「一度って言ったのにもう一回してくれる、アカネさんのそういう所が好きだけど。ちょっと待ってて貰える?」

 俺はアカネさんに一声かけて、生垣の向こう側の気配へと近づく。

 そこに居たのは……確か近所に住んでいた中年男性だった。

 小太りで頭頂部が後退している彼は、生垣からアカネさんの方を見ている。

「どうしたんですか?」

「いや……その」

「?……何か用事です?」

「……実は」

 その中年男性が口にした言葉は、まぁある意味予想通りではあった。

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