第1章 第8話


 ◇ ◇ ◇


 俺達が図書館の帰りに訪れたのは、母方の亡き叔父の家だ。

 古い二階建ての煉瓦造りで、窓こそ割れてはいないが怪物が出そうな位ボロっちい。

 だが敷地は広く、やろうと思えば畑だって作れる。

 この家は母さんに相続権が来てから、叔父と仲の良かった俺が管理を任されていた。

「なんだい。ここは? 人が住んでなさそうじゃないか」

「親戚の家だよ。今は誰も住んでないから、秘密基地みたいなもん」

 俺は門に触れて、マナを流すと解除コードを呟く。

 鉄門に刻まれた魔術式によって、門が久しぶりの仕事に愚痴を言う様に軋みながら開いた。

「大家君の家は資産家だったんだね?」

「そんなんじゃない。叔父さんが安い土地を、安い値段で買っただけさ」

 中に入ると、広がっているのは大きな庭だ。

 庭の芝生は一定の高さに刈られ、花こそ咲いていないが見苦しくは無い。

 アカネさんは不思議そうに庭を見渡したり、窓硝子から家の中を覗いている。

「庭だけ立派なのが不思議だろ?」

「むしろなんで家を放置してるんだい? みっともないじゃないか」

「理由があるんだ。今から見せるから」

 家の裏手にあるガレージに案内する。

 ガレージは錆び付いてはいるものの、今でも荷物をどっしりと守っていた。

 俺はガレージのシャッターに触れてこじ開ける。

 埃が舞わないか心配だったが、定期的に俺が来ているのとアカネさんに会わせたい彼の存在もあって大丈夫だった。

「……」

「どう? アカネさんが喜びそうだけど」

「……ここは何なんだい?」

「ゴーレム工房を持ってた叔父さんのガレージさ」

 中にあるのは型落ち品だが、業務用の高価な工具の数々である。

 物体に魔術式を刻む加工機から、金属を熱する鍛冶具。

 中の工具は俺が趣味で使う事もあって、定期的に整備をしている。

 だがアカネさんの視線の先にあるモノは、俺の自慢の工具達では無かった。

「いや言い方を変えよう。これはなんだい……?」

「何って……」

 まぁある意味、一番の自慢ではあるし工具とも言えた。

「この家の庭師。キーパー君さ」

 アカネさんの興味を引いたのは、作業を手伝わせたり庭の管理をさせているゴーレムだった。

 ずんぐりした体躯に顔の無い米形の頭部。最新の完全音声入力ではない旧式だ。

 特徴と言えば、背中に差し込む魔術式を刻んだ鉄板を交換する事で、作業の用途を変えられる事か。

 更に言えば、関節毎に魔術式が刻まれており摩耗部品だけ交換すればずっと使える。

「ロ、ロボットかいっ!?」

「いやゴーレムだよ?」

「ロボットじゃないかっ!」

 アカネさんは大喜びでキーパー君に触れる。

「これって動くのかいっ!?」

「よしよし、今動かすからちょっと待ってね」

「早くしたまえ!」

 木箱に入れておいた、魔術式が刻まれた鉄板をセットする。

 暴走防止用に一定の行動しか取れないが、これからを考えれば好都合だろう。

 鉄板に刻まれた行動である、騎乗行動が適用されキーパー君が四つん這いになる。

「キーパー君は旧式だけど……魔術式を入れ替えれば、色んな事を手伝ってくれるよ」

「今は何をしてくれるんだい?」

「今は騎乗モードだから、キーパー君に乗って行き先を言えば連れてってくれる」

「まさかの馬枠っ!?」

 アカネさんはクルマと言葉を発したが、俺には馬と聞こえた。

 クルマとやらは異世界のモノだろう。

 馬と翻訳された事を考えると、乗物だろうか?

「そうだね。滅多に使われないけど」

「もしかして……高価な品なのかい?」

「もっと高性能で低燃費な魔道具なんて幾らでもあるから……」

「重機みたいなもんか」

 またアカネさんの口から、馴染みの無い単語が漏れる。

 どうやら異世界には、ゴーレムの様に作業を勝手にしてくれる奴は居ないらしい。

「で、キーパー君を見せに来たのかい?」

「違うよ。ガレージは自由に使って良いからさ。アカネさんの気分転換に何か始めてみたらって」

「まぁ家に一週間缶詰では、ボクの知的好奇心は満たせないけど……」

 アカネさんは気乗りしない顔をして、首を傾げた。

「この世界は危ないと言ったのは、大家君じゃないか」

「アカネさんが一人で歩いてたら、野良犬にも殺されるからね」

「こ、この世界ハードモードすぎる……」

 赤子未満の戦闘力であるアカネさんを、一人で歩かせるのは怖い。

 だがキーパー君がいるなら別だ。

 騎乗、重作業、護衛。何でもできるキーパー君が居れば野良犬位は何とかなる。

 勿論、幻獣が相手では消し飛ぶだろうが。ここらへんの幻獣はそんな事はしない。

「本を見て試してみたい事もあったんだ。お借りするよ!」

「どうぞ。あぁ、無いとは思うけど家は壊さないでね」

「勿論だとも!」

 アカネさんは嬉しそうに頷く。

 俺はおっちょこちょいな彼女に一抹の不安を感じながらも、このガレージの使い方から始まり……家の入り方や魔道具の扱い方。

 果てはキーパー君への命令の仕方を教えるのだった。

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