第1章 第7話
◇ ◇ ◇
俺達が住む街は都市部では無いので、図書館の規模もそれなりである。
稀少本は無いし、人も休日なのに少ない。
そんな図書館に来た俺達は貸出本を取った後、この場で本を読む事にした。
窓辺にある席には優しい日射しが差し、紙の湿った匂いが充満している。
元々集中力の無い俺は、段々眠くなってきた。
「……」
言い訳をすれば……俺だって最初の一時間は、楽しく読書をしていた。
だが飽きてしまったので、休憩がてらアカネさんの読書する姿を見守る。
彼女が本を読む姿は、まるで子供の様だ。
落ち着きなく両足を揺らし、手は長すぎる袖で見えない。
それでも眼光だけは、天才を自称するだけはある。
知性を帯びた瞳は、他人をはっとさせる光を帯びていた。
「にしてもなんで、歴史書なのかなぁ」
俺は科学者のアカネさんなら、現代技術の勉強でもするのかと思ったが……実際には歴史や宗教の本を読んでいる。
しかも児童教材ばかりだった。
「良いかい、大家君。人間とは技術を積み重ねて歴史を作る。逆に言えば歴史を紐解けば、どの様な技術が求められたか分かるのだよ」
「へぇ……まぁ俺達マギサックラーも、顧客の求める魔術式を作るしなぁ」
アカネさんは読書開始から難しい顔をしていたが、遂に目頭を抑えて溜息をつく。
「しかし……この児童書の内容は本当なのかい?」
「うん? 学習書シリーズだろ? 小学校の頃に読んだ事あるけど大体あってるよ」
子供が興味を持つ様にデフォルトして書いてあるが、嘘は書かれて無い。
「……そうか」
「アカネさん、大丈夫?」
「いや、良い。カルチャーショックを感じてるだけだ」
「……?」
彼女が読んでいるのは、上層世界で最も大きい天界の神話であった。
蛇が俺達の祖先の夫婦の一組。悪魔がアダムとイブに、リンゴの形をした罪を食べさせようとして……反対に蛇が夕飯代わりに食べられる話だ。
良くある神話の教訓話である。
悪魔とはいえ、悪い事はしちゃいけませんって事だな。
「これがどうしたの?」
「……あぁ。この段階でボクらの世界と違うんだね」
「何か神話が違うのか」
踊り食いでもしたのか?
「……そもそも人類の歴史に大きな戦争が無い。だから誰でも使える医療技術や戦争技術が発展する選択肢が無い」
「いやある所ではあるよ?」
東では神様同士の大きな衝突とか、星間規模の戦争がちょくちょくある。
その規模になると、人間は何も手を出せない。
アカネさんは頭を抑えて、机につっぷす。
「つまり神という絶対的存在が上に居るから、そこで話が付いてしまうんだ。人間同士で争ったりする事はほぼ無い」
「まぁ一部以外は……」
大昔なら所属するエデン同士が戦争状態の為、冷戦も起きた。
だがどうせ、人間同士が戦っても意味が無い。
人間の戦争での役目は、侵略した土地に移住してそこを耕す事である。
何より……。
「そんな事してたら虚弱個体の人間は、他の幻獣共に殺されちまうよ」
「人類より強力な個体が居たのも大きいのか」
強大な幻獣との戦いに、大人数を導入しても意味が無いからなぁ。
「それにしても……兵器の技術が無いなんて、この国は大丈夫なのかい?」
「何が……?」
「戦う術が無ければ、他の国に襲われても何もできないんだぞっ!」
「襲う位、相手の国が困ってるんなら、助けてあげれば良いだけじゃないの?」
「……人間は困ってるから戦争を仕掛けるだけじゃない」
俺は戸惑った。他に何があるんだよ。
「権力欲や物欲だってある!……むしろ人が争うのに理由なんているものかっ!」
「その結果、残るものが荒野じゃ意味無いでしょ」
そんなの子供でも知ってる。
権力なんて沢山あっても、友達が出来なくなったり忙しくなるだけだ。
沢山の物があったって、体が一つじゃ全部を楽しむ事はできない。
権力者は、皆の為に頑張ってるから偉い。
沢山物を持てる位、努力した人は凄い。
だがその為に誰かを巻き込んでまで争う事か?
「異世界すぎる……」
アカネさんは、椅子に体を預けて仰向けになる。
司書さんがどうかしたのかと見に来たので、俺が謝っておく。
アカネさんの世界は話を聞く限り、随分と過激な世界だ。
まさか戦争なんてモノが、起きてるなんて……。
俺はSF小説では恒例の、戦争という概念を馬鹿にしていた。
科学技術が発展すれば神の手を借りずとも、機械に全部を任せて遊んで暮らせると思ってたが……そうはいかないらしい。
「さて、勉強はできたかい?」
「知りたかった事は分かったし、とりあえずは良いかな」
「そっか。今日は他に寄りたい所もあるから出ようか」
俺達は幾つかの技術書や絵本といった戦利品を手に、図書館を後にした。
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