第1章 第6話


 ◇ ◇ ◇


「なぁなぁ大家君。この世界地図は本物なのかいっ!?」

「そりゃ、学校の教科書だもの」

 あれから一週間が経つ。

 本当はアカネさんを一泊させたら、警兵か役所に連れて行こうとしたのだが……。

 未だに俺達は、共同生活をしている。

 彼女が異世界人だと証明されたからだ。

 彼女の衣服を服屋に持って行くと、存在しない繊維だと分かった。

 俺とて魔術式も無しに転移してきた異国顔がそんなモノを持って、異世界人を名乗るなら信じるとも。

 勿論。国が隠してた、開発中の繊維である可能性も有る。

 ……まぁその時は、両手をあげて降参するしかない。

 ともあれ現在の彼女は家主である俺の許しを得て、本を通して世界を学んでいた。

 ちなみに外出は、控えて貰っている。

 現代社会とはいえ、彼女の戦闘力の低さでは物理的に危険だった。

「外を見た時はもしかしてと思ったが……まさかなぁ」

「勝手に書き込まないでね。ノートあげるから」

 分かってる! と言って、マナペンで俺の思い出の教科書に書き込むアカネさん。

 俺はその姿を見ながら頬杖をつく。

「……はぁ」

 俺とて一週間も破天荒娘の相手をしてれば、慣れはするが疲れる。

 職場でも俺の腑抜けっぷりを見た十人長は顔を真っ赤にして怒り、ルシア社長は何か気づいた様で人生相談にのってくれた。

 そんな俺が何で、アカネさんを追い出さないかと言うと……。

 やっぱり可愛そうだからで、第二にこの生活が悪く無かったからだ。

 むしろ退屈な毎日に、刺激が出来たとさえ思っている。

「大家君。大家君! 聞いてるのかい!」

「あぁ、聞いてるよ。アカネさん」

 ぼんやりして疲れを癒やしていると、お転婆娘が俺の肩を揺すった。

 強く揺すられるが……寝てる時に起こされるのに比べれば、大した事でも無い。

「この世界は平面であり、引力は存在しないという事で良いんだねっ!?」

「引力……ぁー、物体は引き寄せ合うって映画のアレね」

「映画はあるんだ……」

「むしろ科学の世界にも映画って有るんだ……」

 マナが無い世界で、どうやって光を放つんだ?

 理想の画を職人が作る映画は、良質なマナと熟練した職人技が必要な筈だろうに。

「……本当、この世界はいい加減な所があるなぁ」

「魂の原理も分からずに、精神鑑定してる世界に言われてもなぁ」

 そもそも星が丸いってなんだよ。

 世界は平面で、海水は下層世界である魔界に落ち、星々には神々の居城がある。

 修学旅行ではどちらかに行くのが鉄板だ。

 だがアカネさんの世界では、悪魔も神も空想の存在だと言う。

 その癖に神話はある……意味分からん。

「空も飛べないファンタジーの癖に……」

「科学の世界の人間の癖に、飛行機も操縦できない奴は何処の誰だよ」

「飛行機の操縦は特別な訓練と資格がいるんだよっ!」

 飛行機があるんなら、幼い頃から飛行機パイロットを目指すだろ。

 なのにアカネさんは飛行機を運転した事も無いという……何でだ。

「はぁ……マギストーブの細かい原理も、魔界や天界の存在も上手く説明出来ない君ではボクも学び様が無いよ」

「すみませんねぇ……高校の授業内容なんて半分忘れてるもんで」

 ああでも無いこうでも無いと叫んでいるアカネさんを見て、俺はある提案をした。

「俺に聞くより図書館で調べたら?」

「……いいのかいっ!?」

「うん、休日だし。行く?」

「行くともっ! ナニをしてるんだ! 早くいくよ!」

 アカネさんは俺の手を引っ張る。相変わらずリスよりも力が無い。

 彼女を見ながら、思わず笑ってしまう。

 俺はいつの間にか、いつでもフルパワーであるこの子を好きになっていた。

 勿論、性愛ではない。純粋な親愛としてである。

「こんなに可愛いボクと、でかけられて嬉しいだろう? 大家君」

「そりゃぁ嬉しいよ。アカネさんは世界一の美少女だからね」

 俺達はそんな軽口を叩きながら、図書館へと向かうのだった。

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