第1章 第3話
◇ ◇ ◇
「今は足場を固める時だ。新しいモノを試す時では無い」
昼休み。俺は飯も食わずに、所長室で椅子に座っていた。
勿論、俺もヒュージンの端くれなので腹は減る。
だが目の前に座る……というか寝そべる相手と喋る前には食べない。
会話が終わった後で吐くからな。
「私はサークル会社として会社を成長させる為に、五十年前までは新技術の開発に力を入れていた。何故か分かるかね?」
「主力商品を開発して、他社よりも名前を売る為です」
「そうだ。三十七日前に話した内容を覚えてくれていて嬉しいよ。最近食べ過ぎでね、ランチが増えずに済む」
グツグツと溶岩が煮えたぎる様な笑い声とは裏腹に、笑えないドラゴンジョークを飛ばす彼はこのサークル会社の社長。
そして神話の時代より生きるドラゴンだ。
ルシア・イダルゴ。真の名は知らない。知りたくも無い。
彼はこの国で有数の権力者だが、俺達は定期的な報告会を所長室で開いている。
別に俺が目をかけられてるとか、ルシア社長が事務所にわざわざ来た訳では無い。
というかルシア社には、所長なんて役職は存在しない。
ルシア社長が全ての重鎮役職を一人でこなし、今も通信魔法で俺に指示していたプロジェクトの報告をせよと言っている。
本来、通信魔法とは人間の頭脳だけで使える魔術式ではない為、魔道具を使って行われる。
そんな魔術式を軽々と使うルシア社長は、この会話と平行して世界各地のルシア社の社員と会話している筈だ。いや……もしかしたら数千か。
「ですがカスパル十人長の意見は逆です。私にも行動を変更するようにと」
「困った男だ……だが仕方無い。どんな種族とて自分の寿命の時間感覚とは離れられない。彼も時代に置いてかれた一人なのだ」
神話の時代から生きているアンタが、なんで時代の最先端に居るのか問いただしたいけどな。時代の流行を追う天才かよ……。
俺は恐縮そうな顔をしながらそんな事を思いつつ、社長の様子を伺う。
ルシア社長は人間が顎に手を置く様に、爪先で顎を掻くと頷いた。
「良し。彼の言う通りにしてみたまえ。七割程の確率で無駄に終わるが、それも部下が育つ土壌となるだろう」
「はい……」
「いつもの様に、君は観察してるだけで良い」
これが俺が此処に居る理由だ。
俺は一年前からルシア社長より一つの仕事を与えられている。事務所の監視だ。
内部監査と言えば聞こえは良いが……個人情報保護の観点から国に許されてない千里眼の個人的使用を避ける為に、彼の目になっているだけである。
何の役得も無ければ、怒鳴る事で金が降ってくると思っている老ドワーフと、体力知力財力の全てで勝てっこ無いドラゴンとの板挟みに居る。
そんなちっぽけなヒュージン。それが俺だ。泣けてくるね。
でもいじめられっ子な俺は、目の前の偉大な生命体の言葉に頷くしか無かった。
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