第十三話「キミすら旅に出る」



 「合宿~?」


 「はい、うちの学校でやっている勉強合宿です。それに落谷さんも参加してもらいます」


 吐息が真面目な顔をしておかしなことを言っている…。


 「俺、学生でも先生でもないんだけど…」




 「合宿があるって前から言ってたよ」


 エリが言っているように、その話は聞いていたが、なぜ俺がそれに参加しなければいけないのか? 理由は簡単である。


 「落谷さんの魔物化の時期が合宿のスケジュールと完全に重なってしまいました。私達もさすがにこれはサボれないし、ここからかなり離れる事になります、だから…」


 「だから、魔物化する俺がそっちに移動するってこと?」


 「そういうこと。ねぇ、向こうで泳げるんだっけ?」


 リンカが合宿所になっているホテルのHPを見ながら聞いた。


 「ユリ先生が駄目って言ってたじゃん。露天風呂もあるけど、生徒は入れないって」


 エリの答えにリンカが膨れる。


 「それって先生は入るってことじゃん」


 「ビーチが近いの?」


 「そう、ビーチも温泉もあるけど~。生徒は利用できない。ず~~っと勉強」


 リンカが体を寄せてタブレットの画面を見せてくれた。結構なホテルだ。施設も立派で会議室を利用して合宿するようだ。俺はタブレットをいじって宿泊予約を確認する。


 「部屋は取れるみたい、値段は…まあ、コレくらいか」


 高くはないが三泊するとなるとそれなりだ。


 「じゃあ、決まりだね!一緒に旅行!」


 三人が顔を寄せて俺を追い詰める。


 こうして俺は、十年ぶりくらいの旅行に出かけることとなった。


 


 列車の中は学生がいっぱいだ。優秀な生徒が揃っているらしく、馬鹿みたいな大騒ぎにはなっていないが、他の一般車両に比べれば賑やかすぎる。


 俺は違う車両に乗っていたが、一度だけ学生たちが占領している車両を通過してみた。


 制服を着た生徒たちが旅行気分を楽しんでいた。勉強合宿であっても友だちと行く旅行はたまらなく楽しいだろう。


 うちの子達は…三人一緒ではなくそれぞれの友達グループと一緒に座っていた。夏休み中は三人とも家にほとんどいるので、普段会えなかった友達と楽しんでいるようだ。


 俺は通過する際に手をふることも、黙礼することもできないので、ただ少しだけ目線を合わせた。リンカは興味なさそうにしながらも、なんどもこちらに目線を送った。エリは思いっきり笑顔をこちらに向けて危なかった。吐息はなぜか照れた顔してうつむきながらこちらを見た。


 他の学生と比べて、三人とも華やかすぎた。制服を着て集団の中にいるとそれぞれの輝きが周囲を照らしているのが分かった。彼女たちの学生としての姿を覗けて俺は嬉しかった、これが父親気分というやつなのだろうか。ゆっくりと歩いていたのが怪しかったのか、教師に目をつけられそうになったので、急いで別の車両に移って、適当に席についた。


 席につくと携帯に写真が次々と送られてきた。友達と写ったエリの写真。どうどうとした自撮りのリンカのまわりには乗り出してきた友達の顔も写っている。窓に映る自分の横顔を撮った吐息。


 俺は変装用のサングラスをかけた自撮りを送ってみた。まさかその場で彼女たちが俺の写真を確認するわけはないだろうが、一枚くらい送るのが礼儀に思えたのだ。自撮り写真を女性に送ったのは生まれてはじめてだった。


 馬鹿にしたメッセージが次々と返ってきたので、どうやらすぐに見たようだ。




 駅に降りた生徒たちは送迎バスに乗ってホテルに向かう。駅構内を騒がしさの塊が移動しているのを遠目で見ていた俺は、バスには乗らずタクシーを使うことにした。生徒たちの乗るバスをタクシーで追う、なんとなく尾行追跡気分だった。普段ならタクシーを使うようなことはないのだが、旅行の魔力というやつか、財布の紐がかなり緩くなっているのを自覚している。ホテルは駅からかなりの距離があり、二〇分ほどかかった。




 「けっこういいな」


 思わず口にしてしまうくらい、いい環境だった。人里離れた場所に立っているホテルは、小ぶりだがなかなか立派な建物だった。玄関も広く、団体客もらくらく受け入れられる。横を見ると、海が見えた。ホテルから直接小さな海岸に降りられるようだ。


 俺は、初めて一人旅の楽しさを感じていた。金を使い、時間と場所を買う。大人の楽しみを初めて行っていた。


 ロビーは列を作った生徒でいっぱいだった。それを避けながら受付に予約した者だと告げる。


 「今日は学生さんたちがいっぱいで、少し騒がしくてスミマセン」と謝られた。俺は気にしてない、と言い、鍵を受け取る。


 学生が全員まとまっているので三人を探すのは無理かと思ったが、すぐに見つけられた。美少女というやつは群れの中でも探しやすい。さすがに挨拶もできないので、そのまま部屋に向かった。


 部屋は和室の二人部屋。一人部屋は取れなかったが広々としていて結果オーライだ。綺麗な畳の部屋、大きな窓から外からの光が差し込み明るい。いつもの薄暗い自宅とは大違いだ。俺は襖を開いて狭い広縁という場所、旅館で風呂上がりに座る場所だ、の向こうに広がる海を見た。


 「ふーーー、いいね」


 これが旅行気分というものか、初めて実感した。さっそく浴衣に着替えて広縁に座って、テーブルに置いてあったお菓子をぱくついた。夜までは完全な自由時間だ。


 携帯が鳴った。部屋番号を知らせろというお達しだ。俺は番号だけ送って、再び静かに海を眺めていた。贅沢な時間だった。


 ドアがノックされ、開くと三人が入ってきた。入ってくるなり「すごー」「こっちのほうが綺麗」「海が見える」と騒がしくなった。


 「もう浴衣着てる!」


 リンカが文句を言う。彼女たちはまだ制服のままだった。ホテルまでの行き来は制服がルールのようで、後は自由な服装になるらしい。今はまだ到着したての自由時間、この後で最初のオリエンテーション、そしてそのまま授業が始まって、一日みっちりと勉強というスケジュールらしい。


 「フフっ大変だね」


 俺は大人の余裕を見せつけた。こちらは金を使った大人時間、彼女たちは囚われた学生だ。しかし自慢しすぎた結果、エリとリンカにさんざん蹴られた。


 その後、今後の予定を話し合った。


 深夜になってから一人が抜け出して、俺の部屋で添い寝をして魔物化の気配を探る。早朝に部屋に戻る。これを最長で三日間、合宿が終わるまで続けるという予定だ。


 「友達と大部屋で泊まってるんだろ、抜け出せるの?」


 それに関してはデコイ魔法を使うそうだ。「いないのにいる気配がし続ける」という魔法だ。本来は戦闘で使う魔法だが、素人に使えば完全に騙すくらいの精度があるそうだ。鍵に関してもトーテムたちが簡単に開けられる。


 「それだけで完全犯罪できそうだな」


 彼女たちが真面目で良かった。悪い道具をいっぱい持ちすぎている。


 「で、今日は誰なの?」


 俺が確認すると、三人はじゃんけんを始め


 「勝ったー!」


 リンカに決まった。なぜそんなに嬉しそうなのか。他の二人は残念そうだ。


 「友達との深夜の会話とか、大切な青春イベントじゃないの、君たち?」


 「ホテルで添い寝とか、もしかしたら今日だけかもしれないじゃない」


 リンカの喜んでいる理由が、なかなか社会的に問題のある感じだった。




 彼女たちが去り、生徒たちの勉強合宿が始まったようだ。もっとも彼女らの使っている会議室と俺の泊まっている部屋は建物も違うし遠い。俺がホテル内を探索していても学生の集団を見かけるようなこともない。俺はホテルの施設を見て回り、土産物屋を物色し、海岸を眺めたあと、露天風呂に入った。


 風呂から上がり、再び部屋に戻って夕焼けの海を眺めていた。俺が感じていたのはまさに、大人の余裕だった。


 「もっと早く…来ればよかったんだな」


 そう思った。今まで一人で旅行に行こうなどと思ったこともなかっった。


 レストランで食事を取る。学生たちは別の場所で夕食を食べているらしく、レストランは一般客だけで静かだった。学生たちは食後も勉強らしい、なんと大変なのでしょう。


 部屋に戻り、テレビも明かりも付けず、広縁で夜の海を眺めてビールを飲んでいた。


 普段、アルコールを取らない俺でも、飲みたい気分になった。


 ドアがノックされた。開けるとリンカが立っていた。俺は廊下に顔を出し目撃者がいないか確認した後、彼女を部屋に引き入れた。


 「…お酒飲んでる」


 「ああ、すまない、よく考えたら、俺が飲んだら不味かったな」


 俺は今日、魔物化するかもしれない。そんな人間が意志力が鈍ることをして言いわけがなかった。


 「いいよ、ただ…お酒飲んでるとキスが出来ないかなって」


 まだ二人はドアの前に立っていた。明かりもなく、暗い。リンカが寄り添ってくる。俺は浴衣姿だ。


 「まだ時間じゃないし、キスもしないよ」


 まだ深夜ではない。布団も引かれていない。


 彼女と寝る時間ではない。


 彼女は浴衣から覗いている俺の胸板を見ているようだ。


 「まだ抜け出す時間じゃないから…またくるね」


 そう言って部屋から出ていった。単に暇つぶしに顔を見せに来ただけのようだった。彼女がまた部屋に来るまでに数時間ある。


 俺は冷たいシャワーを浴びることにした。


 意志力を回復させなければいけない。


 俺はバカンスをしに来たのではない。自分の仕事をするために来たのだ。






 俺の部屋に布団が引かれた。俺は頼んで二組引いてもらった。もともとダブルの部屋を一人でとっているので問題はなかった。


 部屋の明かりを暗くして、俺は定位置となった椅子に座り、海を見ている。


 魔物になってもこのホテルを傷つけるわけにはいかなかった。ここには彼女たちの友人が泊まっているのだ。俺は眼下の海岸を眺め、現れるならあそこだなと自分の中に命じた。俺自身も魔物の決定権の半分を有しているはずだ。俺の思いは少なからず反映されると思っている。


 部屋がノックされた。時計を見ると十一時過ぎ、彼女たちの合宿予定では、とっくに就寝時間のはずだ。


 「ども…」


 開けるとリンカが立っていた。今回は浴衣姿だった。俺は無言で彼女を部屋に入れた。部屋に入った彼女は、部屋の中心に引かれた布団を見て、すこし固くなったようだ。


 「飲み物を…」


 そういってそばの冷蔵庫を開ける。アルコール飲料が多く並んでいるのを眺めている。俺はそこから飲料水を取り出して、彼女に渡した。彼女の残念そうな表情は見ないでおいた。


 「おいで」


 俺は広縁の席に彼女を座らせた。クールダウンが必要だ。向かいに座り、お互いに暗い海を見た。


 中年が暗い海に見るものと、少女が見るものはおそらく違うのだろう。だが、同じ海を見ている時間が必要だった。


 「ねぇ、旅行、楽しい」


 「ああ、意外だよ、楽しいものだ」


 「一人でも?」


 「…ああ、…だけど、友達と来たら、また違うかもしれないな」


 「今度、一緒に行こうね、こんな、お勉強合宿じゃ、私が楽しくない」


 「そうだね。一緒に行こう」


 俺は、遠い遠い未来の予定として言った。再会した元魔法少女と元魔物の男として。大人として再会する日の予定として。


 「やたっ」


 リンカは小さく喜んで、水を一口飲んだ。


 立ち上がった彼女は、俺の手を引っ張り恥ずかしそうに寝床へ誘った。


 「行きましょ」


 俺はそれに従って布団へ向かった。彼女はその短い距離でも、俺と腕を組みたかったようだ。


 布団に入る。二組の布団にそれぞれ一人づつ。


 「不思議だね…こんなところで一緒に寝るって」


 リンカのドキドキがこちらに伝わってくる。


 「普段は、俺の狭い部屋だったからね」


 「あ、私、別にどっちでもいいんだよ」


 「ここはいい部屋だし、いいホテルだ。露天風呂もあるしね」


 「はいったんだ、ずるい。私達入っちゃいけないのに」


 「自分の金で入ったんだけど…」


 「ねぇ、やっぱり旅行は早くしよう。この夏の間に行こう!」


 彼女の予定は俺の予定よりだいぶ早かった。彼女は体をこちらに転がして、近づいた。


 浴衣がはだけ、彼女の大きな胸が目に入る。下着を付けていない。


 「気が早いよ、それに俺たちには使命があるだろ、世界を救うって」


 彼女をガッカリさせたくないから、使命という言葉を使った。それを聞いて、彼女のにじり寄りは止まり、浴衣のはだけも止まった。


 「…そうだけど…、ねぇもし今日、その使命が終わったらどうするの?」


 「帰る。タダじゃないしね」


 「そんな!じゃあ今日は駄目。おとなしくしてて」


 「そんなに自由に出来ないのは、リンカも知ってるだろ」


 三~五日間隔で魔物になる。いつになるかはまったく解らない。


 「こうやって押さえつける。そうすれば魔物にならないかも」


 そう言って、飛び出した彼女は俺の上に被さり押さえつける。浴衣がはだけ、その両方があらわになっている。。


 ぎゅうぎゅうと押さえつけてくる彼女。適度に柔からかな重さが心地良い。


 潤んだ瞳で俺を見つめるリンカ。俺はその頭に手を這わせ浴衣を整えたあとで…おでこにキスをした。


 「おやすみ、リンカ」


 「…おやすみなさい」


 彼女は俺の上からはどいたが、俺の布団に潜り込んで、背中を向けて寝始めた。少なくとも寝ているフリはしてくれた。


 俺も使命のために、彼女と寝床をともにして、寝ることにした。




 早朝、目が覚めると空と海の青い光が室内を照らしていた。布団の中には俺とリンカがいる。どうやらすべて無事に終わったようだ。


 こちらを向いて俺の肩に顔をおいた彼女が眠っていた。彼女の片手は俺の浴衣の中に忍び込み胸を触っていたが、俺の肩も彼女の浴衣の中の胸に挟まれていた。おあいこといったところか。


 俺は彼女の可愛いアゴを指でつついた。目を覚ました彼女は、起き上がるでも驚くでもなく、より強く体を絡ませてきた。主人の言うことを完全に無視するネコのようだ。


 「起きて、皆が目を覚ます前に戻らないと」


 俺がそう言うと彼女はしぶしぶ起き上がった。浴衣は垂れ下がり、下着をつけていない彼女の裸体が立ち上がる。見られている事に恥じらいを感じたのか、急いで浴衣を着直す。


 玄関先、髪を整えている彼女の隣で待つ。


 「もう大丈夫?じゃあ、勉強頑張ってね」


 わざわざイヤミを言った。彼女はふくれた後、両目をつぶりこちらに顔を向ける。


 俺は彼女の頭をなでた後、今日一日頑張れるよう、おでこにキスをして外に送り出した。何度もこちらを振り返る彼女を見送って扉を締めた。




 旅行二日目。彼女たち今日も朝から夜まで勉強漬けだ。さすがに俺も気がひけるので、ホテル周辺の観光旅行は諦めた。というよりも、休み時間になるたびに誰かしらが、俺の部屋を訪れるので出かける暇がなかった。


 彼女たちは最初、玄関で少し戸惑ったような顔を見せるが、部屋に入ればすぐにいつも通り、いや、いつもより気持ちを緩めた感じになった。彼女たちも俺の部屋で旅行気分をつまみ食いしていくのだ。




 「良いですね、ここの眺め」


 広縁に座った吐息は実に絵になった。グラビア写真で見るアイドルのようだ。


 「今度、一緒に来ませんか。きっと楽しいですよ」


 吐息の言葉に笑ってしまった。膨れる彼女。


 「ゴメン、ゴメン、リンカにも言われたんだ。一緒に旅行に行こうって」


 仲間の抜け駆けに驚く吐息。


 「じゃあ、行こうか三人一緒でもいいし、一人ひとり別々でもいい」


 「え、ええッ一人ひとり…あの、一人づつ出かけて…なにするんですか…?」


 恥ずかしげに吐息が聞いてきた。その様子があまりに可愛かったので。


 「君にするのと同じこと」


 彼女は爆発し止まってしまったようだ。冗談にしても過激すぎたようだ。


 「嘘だよ。嘘。でも一緒に行こう。きっと楽しい」


 俺は自分がしていることに笑ってしまった。これが旅行の開放感ってやつか。ここは自宅と違いすぎる。光景も生活も光の輝き方も。




 「ふい~~疲れた。学校でもこんなに勉強しないよ」


 「それが合宿ってもんだよ」


 俺はくたびれて現れたエリの肩をもんであげている。彼女の細い肩は繊細で、優雅なピアノのように思えた。綺麗な肌の下に何本もの細い筋肉が走り、体を動かしている。俺はその体を調律するようにやわらかく揉む。ジャージ姿で現れた彼女は、上を脱いだTシャツ姿だった。


 「足も疲れた~」


 そういってジャージの下も脱ぎだした、止めようとしたが間に合わない。だがジャージの下から現れたのはブルマだった。


 「この間、初めて履いてから気に入っちゃった」


 ブルマ姿でぴょんぴょん飛び跳ねる彼女。俺の前に座ってその足を俺に投げ出した。普段から命がけで世話になっている身としては、マッサージなどお安い御用だった。


 真っ白な足。英国人の遺伝子がそうさせるのか、他の二人とはまったく違う肌の色だ。さわり心地もサラサラ感が強い。


 彼女の足首の一部だけを包んだ可愛い靴下、その上から足の指を撫で回す。彼女の漏らす吐息だけが聞こえる。靴下の中に指を差し込み土踏まずを入念に押し込む。彼女の足がプルプルと震えている。えんじ色のブルマから伸びている太もももプルプルと震え、何かをこらえている。


 海が見える和室の畳の上、金髪でブルマを履いた美少女を入念にマッサージする。自分のしている行為の珍妙さを感じながらも、彼女にしてあげられることを一生懸命続けた。


 エリの潤んだ目が続けてと命じる限り、その緩んだ口が終了を告げるまで。




 そんな感じで彼女たち次々とが訪れるため、俺は合宿の休憩時間がいつなのか、詳しくなってしまった。彼女たちはまるで危険な逢引を楽しむかのように、俺の部屋に一人づつ訪れる。この旅行中は不可侵条約を結んだようで、必ず一人でやってくる。そして見つかるかもというスリルが彼女たちを高揚させているのは明らかだった。他の生徒達が勉強漬けのなか、自分たちが逸脱を犯しているという興奮。それを楽しんでいるのが見て取れた。


 会うたびに距離は近づき、無言の時間は増えた。入ってきた玄関で体を擦り寄らせ、別れ際も離れ難かった。


 俺は危険を感じながらも、俺自身も浮かれているのが分かっていた。会うたびに、別かれるたびに、気を引き締め直さなければいけなかった。






 二日目、一人の食事を終えた俺は、部屋ですることもなく待っていた。彼女たちも勉強合宿のピークで、なかなか抜け出せないようだ。俺もようやく一人旅らしい静かな時間を過ごした。




 夜十一時を超えても誰も来なかった。今日の当番はエリのハズなのだが…。


 ドアがノックされ、ようやくやって来たようだとドアを開けると、浴衣姿の三人が立っていた。


 さすがにコレを他人に見られたら言い訳が出来ない。俺は急いで三人を入れて扉を締めた。狭い玄関に四人が詰められた。浴衣姿の彼女たちをそれぞれ眺めてから、


 「どうしたの、これ?」


 ようやく聞いた。


 「露天風呂行きましょ!」


 エリがそう言った。恐らくついさっきその話がでて、勢いでここに飛んできた、といったところだろうか。俺は時計を見る。もう施設としてはやってない時間のはずだ。


 「大丈夫!そのための魔法少女ですから!」


 吐息が少女らしい無邪気さを見せた。たしかに魔法を使えば、露天風呂に忍び込むなんてことは楽勝だろう。だが、


 「君たちだけで行きなさいよ。あそこ、混浴じゃないし」


 俺が社会的常識を述べると、三人は同時に浴衣を左右に広げた。


 「キャッ」


 思わず悲鳴を上げたのは俺だ。


 しかし彼女たちの浴衣の下はみんな、おそろいの白のビキニ水着姿だ。魔法で衣装を作ったのだろう。最近、魔法の乱用が目立つ。


 浴衣をおっぴろげてビキニを見せびらかす三人。全員、その水着のサイズがわずかに小さめなのはどういう意図があるのだろう。


特に吐息リンカ組は公序良俗にギリギリ叶うサイズ。純白というのも危険だ。そしてエリも、サイズは程々だが、水着が体の線から浮かび上がるような少し締め付けがゆるい感じが危険だった。


 「さあ、落谷さんも」


 興奮した三人が迫る。彼女たちの魔法が俺の下半身に集中し


 「キャ」


と、再び悲鳴を上げてしまった。中を見ると、俺も白い競泳水着を履かされていた。男の白水着はみっともないなぁ…。


 そう思っていた俺を連れ出して、三人が廊下を走る。すでに隠蔽魔法はかけられていた。通り過ぎる従業員もただの風としか感じない。オレたちの姿は誰からも見えない、従業員も、生徒も、先生も、誰にも気づかれない。深夜のホテルの廊下を走る四人。俺ははだけた浴衣をなんとか直そうとするが間に合わず、白い水着を晒して走る。おいていかれると隠蔽魔法の範囲から出てしまうのではないかという恐怖があった。俺の手を持って走る少女たちは浴衣の紐も解け、白いビキニの上に一枚羽織っただけの姿だ。


 三人の美少女が白い下着のような格好で廊下を走り、俺はそれを白いパンツ一丁で追いかけた。この状況で興奮できるとしたら特殊な性癖の持ち主だろう。


 露天風呂の入り口は当然閉められていたが、難なく開けられ中に入った。扉から周囲にかけて隠蔽魔法をかけて誰にも気づかないようにしてからライトを付けた。


 屋外に作られた小ぶりな露天風呂が現れた。小さいながらも丁寧に作られたお風呂で、雰囲気がある。そのお風呂をみて少女たちが喜ぶ。ここに来て初めての旅行的なイベントなのだろう。全員が浴びせ湯をして温泉に入る。吐息は今更のように浴衣を脱ぐのを恥ずかしがったが、もっとも恥ずかしがったのは俺だった。男が白い競泳水着を履かされる恥ずかしさはなかなかの物だった。


 「お邪魔します」


 三人の少女が入ってすでに手狭になっているお風呂に入った。少女たちがキャッキャと喜ぶ。


 リンカは白いビキニの三角とともに胸を湯船に浮かべている。吐息は胸を水面下に抑えようとしているがつるつると何度も跳ね上がった。エリは浮き上がったビキニを水面の下に泳がせて、持ち上げた足で俺の顔に湯を飛ばした。俺は自分の水着が透けてないか、何度も確認した。


 あれほど騒がしい感じだったのに、四人で湯に浸かると急に静かになった。コレが温泉の効能か。いや、四人とも夜空を見上げていたのだ。


 都会を離れた、きれいな空気の空を。


 「綺麗だね」


 「いいね、ココ」


 「星座がちゃんと見える~」


 それぞれに感想を言いながら、露天風呂を楽しんでいる。俺は何も言わず。夜空を見上げていた。


 すいっと吐息が俺の横に寄り添ってきた。腰を密着し頭を俺の肩に乗せた。同じ様に逆サイドにリンカが入り、浮かんだ胸が俺の顔のそばに流れ着いた。最後にエリが、俺の座った足の上に座り、背中を俺の胸に預けた。


 三人の移動で揺れ動いた湯は、やがて収まり、静かになった。ピッタリと寄り添い誰も動かなかったからだ。四人の八本の足は湯の底で複雑に絡み合い、腰は俺の腰を中心に固まって一つになっている。腕もからみ、髪も絡み、湯の中で一体となっている。四人で空を見上げたり、お互いの顔を見たり、触れ合った肌と肌でお互いを感じ合ったりしていた。


 お湯の中に幸福が溶け出しているかのようだった。


 「みんなで、また来ようか」


 俺がそう言うと、俺に体を預けていた三人は無言で頷いた。皆の耳も首筋も真っ赤であった。


 「じゃあ、上がろう。今日はまだ、仕事が残ってる」


 充分に湯を楽しんだ後、俺はみんなに気を使いながら、ゆっくりと湯船からあがった。




 深夜、俺の泊まっている部屋に、浴衣姿の少女三人がいる。明かりを消した暗い部屋、引かれた二組の布団に膝立ちとなり、俺の回りを囲んでいる。彼女達の浴衣の隙間から足や胸元が覗けた。


 俺は一人、寝床に入ると、その隣に吐息とリンカがスっと添い寝をし体を寄せてくる。俺の体の上にエリが被さり体を擦り寄せる。みんなが俺を見つめている。


 俺は彼女たちに囲まれながら、自らの使命、人生に立ち向かうために、寝た。




 


 目覚めた時、俺は真夜中の海岸の、波打ち際にいた。


 姿を確認するべく手を伸ばすと、四本伸びてきた。それにはいっぱいの吸盤が…


 「ああ、タコか」


 俺はタコ型の魔物になっていた。


 意識が弱くなっている。今日一日色々溜め過ぎた。我慢を重ねすぎた。いや、ここに来てずっと、俺は耐えてきたんだった。魔物化は甘い誘惑をもたらした。俺の心に暴れる許しを与えてきた。ホテルの窓から、三つの光がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。




 「キャァ!」


 巨大なタコの触手が吐息に絡みついた。最初は様子を見ようとした油断を突かれたのだ。


 プリプリとした肉感の職種がつま先から太ももをなぞり、股間を通って胸を横切る。とっさに感じた感触が嫌悪感なのか快感なのか、脳が判別できなかった。まるで抑え込まれていた落谷の肉欲が形になったような、その動き。ぬめり、チュパチュパと吸い付く無数の吸盤。一瞬、彼の手を動きを想像したが、やはり魔物の肉体であることに変わりはなかった。切断しなければと槍を構えるが、触手は大きく振られその遠心力に抵抗できない。彼女の体は弄ばれ続けた。 


 「しっかりしてください、エロおじさん!」


 落谷への悪口も虚しく抵抗できない。


 大鎌を持って接近したリンカも同じ様に二本の触手に両足を捕まれ、逆さまに吊るされ攻撃不能となった。


 「ちょっと、このドスケベ中年!」


 落谷の評価が下がった。


 「ちょっとちょっとー!」


 空中を触手に追われるエリ。どこまでもその尻を触手が追いかけた。触手の先端がついに彼女の尻に追いつくと手当たりしだいに食いつき、彼女の下半身を固めた。そのまま飲み込もうと本体の口元に運び込む。触手は股間からヘソをまで含み始めていた。


 「そんなにエリがほしいの?この、ド変態触手中年!」


 また評価が下がる。


 ウネウネと開いた口にエリは己の棍棒を突き刺し、なぶるように回転させた後


 「全弾発射!」


 タコの口の中でミサイルを乱射し踊り食いさせた。


 「私のケツを舐めろ!」


 その言葉をきっかけに、タコの肉体は四散し、少女たちと中年を波打ち際に落とした。






 波打ち際でケツを洗われている落谷のもとへ、三人の魔法少女がやって来る。どの娘も衣服は乱れ、舐め吸われた跡が体中に残っている。


 「アハハ」


 やってしまった当の本人を見下ろして、三人の目は怒りに燃えている。


 「この変態」「スケベ」「いやらし中年」


 散々なじられたが、文句は言えなかった。


 とにもかくにも、旅の目的は果たしたのだ。






 早朝、落谷は目が覚めた。一人布団に寝ていた。彼女たちは戦いの後、疲れた体でそれぞれの部屋に戻って休んでいるはずだ。落谷自身も睡眠時間は短いはずだが、疲れはそんなになかった。


 なんだか色々あった旅だった。彼は朝一でチェックアウトして帰るつもりだった。別に学生たち合宿の終わりまで付き合う必要もない。旅行気分、浮かれ気分は十分堪能した。カーテンが開けっ放しの窓から波の音がかすかに聞こえてくる。彼は最後に海岸を散歩したくなった。


 建物わきの階段を降りて小さなビーチについた。早朝、まだ太陽は昇りかけだ。夏の日差しではなく、隠れた太陽からの柔らかい光に海岸は包まれていた。彼の眼前に一人の少女がいた。白いスカート姿の、吐息だった。彼はしばらく声をかけなかった。彼女は押し寄せる波と戯れ、風になびく髪を抑え、足下を走る砂を楽しんでいた。


 「やあ」


 ようやく声をかけた。彼はこの絵画のような少女をいつまでも見ていたかったが、時間には限りがある。特に旅人の時間は短い。


 一人遊びを見つかった少女は恥ずかしがり、次に見つけた人物の姿を見て喜び、彼の元へ駆け寄って笑った。


 「起きてたんですね」


 「君もね。寝たの?」


 「少しだけ、でも…海岸を歩いてみたくて」


 今、彼女は彼と共に海岸を歩いていた。


 「朝しか時間がないから。それに今日は最後の日だし、落谷さんは?」


 「同じ」


 太陽が少し顔を出す。黄金色の輝きが海の上に広がる。彼女の顔にも光が差し込む。言葉もなく同じ方向に歩き出した。なんとなく二人共に同じ気持ちであるのが分かった。


 二人で並んで歩いた。お互い靴を脱ぎ、手に持っている。足は波に洗わせている。


 日差しもまだ強くなく、涼しい海岸はどこよりも気持ちのいい場所だと落谷は感じた。隣を歩く少女も同じことを感じているはずだと思えた。


 「いつか…」


 吐息が言った。


 「いつか…ね」


 落谷も繰り返した。それがいつの何をする事なのかは言わなかったが、同じことを考えていると、二人は思いたかった。


 


 太陽は徐々に昇り、明確に早朝から朝に移り変わった。二人はビーチの端にまでたどり着いていた。


 彼らの前には高い崖が生え、海岸の終わりを告げていた。その崖は海の向こうまで続いていた。


 「高いですねー、崖。わーすごい」


 始めてみる風景に素直に喜ぶ吐息。


 「あそこに立ったら、すっごい怖そうですね」


 笑顔で振り返った彼女が見たのは、青ざめた顔で崖上を見つめている落谷であった。


 その顔は彼女が出会ってから初めて見る、彼の「恐怖に怯えた」顔であった。





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