第八話「キミの真実をキミは知らない」



 「狩城(カリシロ)リンカです」


 第三の魔法少女の名が吐息によって暴露された。あっさりと。


 魔法少女による俺の殺害事件から二日後。ようやく落ち着いた感じになったので、夕方になって学校から直接、俺の部屋にやって来た二人と作戦会議となった。議題は「第三の魔法少女の秘密を探れ」だ。




 「私の名前も知っていましたし、容姿やスタイルからも彼女だとすぐに分かりました」


 吐息のクラスメイト、誠心高校三年生…。


 「その子が、俺の首を跳ねたと…。容姿はともかくスタイルって?」


 俺の問いに同席していたエリが答えた。


 「誠心高校の二大グラビアクイーンの一人です」


 なるほど、魔法少女時のあの、はちきれんばかりの姿を思い出す。高校生であれは目立つだろう。


 「二大ってことは、もうひとりは」


 エリは黙って吐息を指差し、吐息は恥ずかしそうに縮こまったが、その超高校級の体を隠せるものではない。


 「で、これがその狩城リンカの写真です」


 「これ、中学の卒業アルバムでしょ。今の写真じゃないんだ?」


 吐息がいそいそと見せてきたのは、自分の中学の卒業アルバムだった。たしかにそこには、勝ち気な美少女の写真と「狩城リンカ」の名前があったが、中学生の姿であって現在の物ではない。


 「あの、私は狩城さんとは小中高同じで何度か同じクラスにはなっているんですが…写真持ってなくて」


 「吐息姉さまはねー、写真撮らないんですよ。全て撮られる側」


 エリが溜め息とともにそう言った。


 「吐息姉さまの写真、学校中の生徒どころか先生の携帯にも入ってますよ。イベントごとにみんな吐息姉さまと写真撮りまくり」


 吐息はさらに恐縮する。たしかに、こんな美少女がクラスに、学校にいれば、誰もがチャンスを逃さないだろう。


 「だから姉さまは自分で撮ったことないんですよ」


 「…携帯探したんですけど、ほとんど風景の写真だけで、友達の写真もぜんぜんなくて、…自分でがっかりしました」


 吐息が悲しげに告白した。


 俺なんかには絶対わからない類の苦労話だった。俺は吐息の持ってきてくれた卒アルを眺めなおした。


 「で、これが中学時代の私です」


 肩をぶつけるように飛んできた吐息がページを捲り自分の写真を指さした。今の吐息のような膨らみと色艶を持った美少女ではないが、開花する直前の初な蕾を思わせる美しい少女が写っていた。


 「このころもカワイイね」


 素直に感想が出てしまった。


 「これ、体育祭です。こっちが修学旅行…」


 調子に乗った吐息が次々とページをめくって指さす。どの写真でも目立つ。隅に写っていても主役に見える。完成された美少女の強さがどのページにも溢れている。


 どの写真を見ている時も、吐息が横から俺の反応を伺っていて辛い。


 「体育祭とか、お父さんがいっぱい映像撮ってたんだろうな」


 という繋ぎのつもりの発言にも


 「そうですね!持ってきます」


 と、吐息が腰を浮かしかけたのを制止した。


 「今はリンカさんの話ですよー」


 エリも呆れ顔だった。




 狩城リンカと木須屋吐息は同じ中学、同じ高校と濃密な関係であった。当人である吐息に聞いたところ。


 「そうですね。彼女とは色々ありました…それはそれは長い友愛の歴史が…」


 しばらく待っても何も出てこなかった。


 「ないんだね…」


 「いえ、色々あったんですが、いつも…あの子に睨まれてたなーって記憶ばっかり思い出して。笑顔で話した事なかったなって…」


 「私は高校時代からの二人しか知らないですけど、吐息姉さまとリンカはよく競い合ってるって言われてましたね」


 「ライバル関係なの?」


 「ライバルっていうか、かなりリンカが一方的に挑んでいって…姉さま、勝敗ってどうでした?」


 「半々くらいだったと思います。試験とかスポーツとか、料理でもやりましたね」


 「あ~料理の時は酷かったですね。男子が列作って…」


 「勝率半々なら、ライバルって言っていいんじゃない?」


 「そうですよね…」


 「それが吐息姉さまは、勝負に負けても飄々として笑顔なんですよ。リンカなんて勝っても負けても悔しい顔してましたよ。姉さまが負けても負けた顔しないから」


 「あー、吐息はそういう所ありそうだね、暖簾に腕押しタイプっていうか…」


 俺とエリの言葉にさらに縮こまる吐息。彼女にしては珍しく、辛い声で話し始めた。


 「私、幼稚園とかの頃、友達ですっごく絵が上手い子がいたんです。その子みたいに描きたくて練習して描いてみたんです。


 それを大人の人達にすっごく褒められて、その子にも見せたんです。そしたら、ビリビリに破かれて言われたんです「カワイイんだから絵なんか描かなくていいでしょ!」って泣きながら。


 私がなにかすると、大人はすぐ褒めてくれます。それが私の容姿によって起こされる反応だってのは小学校に入った辺りから分かったんです」


 エリちゃんは同意のうなずきをするが、俺にはさっぱり解らない世界の話だ。


 「だからその頃から私、なにかが出来たとしても人に言わないようにしたんです。勉強は頑張りました。スポーツも人並みに。でも趣味とか個性とか、他の人が頑張っているものには一切、手を付けませんでした。誰かに泣かれるのも怒られて嫌われるのも嫌でしたから」


 「でもリンカは挑んできたんだね?」


 「ハイ、だから…だから、彼女のこと嫌いでした。なんで秀でていることを皆の前で証明しなくちゃいけないのか。皆が勝敗を噂にしているのは気づいてました。それなのにあの子は皆の前で挑んできて。勝っても負けても悔しそうな顔をするんです。私が、決して顔を崩さないようにしていたから…」


 エリは相変わらず共感の頷きをしている。彼女自身もその恵まれた容姿で苦労したり傷ついた事があるのだろう。だがそれは天上界の話で、地べたに住む俺には知り得ない世界の話だった。だが俺も、美人にも苦労があったという告白を拒むほど狭量ではない。


 思いもよらぬ所で自分語りをしてしまった吐息は、その空気を消すために明るく続けた。


 「だから私、魔法少女にならないかって誘われた時は嬉しかったんです。これだったら誰にも知られず、自分の好きなようにできるって!自分の一番を目指せるって!」


 「吐息のおかげで助かった命もあるしな」


 「私は吐息姉さまと共闘できてラッキーです」


 「わたし、これだけ…自分の気持ちを素直に表せられる事ってなかった。一番、今が楽しいです!」


 俺の顔を見て晴れやかな笑顔で言った。


 彼女のために多少なりとも頑張ったかいがあったかな。




 時間が来たため、帰り支度をする二人。卒アルを手に吐息が


 「リンカと話をしてみます。エリちゃんみたいに仲間になってくれるよう」


 「でも彼女は、俺を殺す事を諦めてないかもしれない。俺たちの作戦に乗ってくれないかもしれない」


 「それでも、一度は話し合わないと」


 「でも吐息姉さま、時間はないですよ、明後日、終業式ですから」


 「え?君ら夏休みはいるの?」


 「ハイ!明後日以降夏休みです、ですからそれ以降ならいつでもこちらに…」


 「そうかー夏休みかーしかも大学受験ないから、最高だね。友達と遊びに行ったりしまくるんだ。気をつけてね」


 「え……っと、そうですね…」


 俺の夏休みのイメージに、なにか反論があるような吐息だった。中年と現在の若者の間に夏休み齟齬が発生したのだろうか。


 「あの、夏休みですから、時間があるので昼間からでもこちらに…」


 吐息がまくし立て始めた所、彼女の髪の中から彼女のトーテム、ソダリーが現れた。主の呼び出しもなく現れるのは珍しかった。


 「キミたちに話がある」


 「伺いましょう」


 数百年に渡り人類を守る戦いをしてきたこのプラスチックのフナムシに、俺は少なからぬ敬意を感じていた。


 「魔法少女同士の戦い、聖園(みその)の誓いについて話したい」


 俺たち全員、初めて聞く話だった。








 寝起きのまどろみの中、時計を確認すると朝の十時だった。今頃、吐息やエリたちは一学期最後の授業を受けている頃だろう。なのに俺はまだ布団でゴロゴロしている。学生たちには申し訳ないが、これがフリーランスという人生を選択した大人の余裕なのだ。


 明日の終業式後に第三の魔法少女「狩城リンカ」を招いて話し合いをする予定となっている。


 「今日の泊まりはエリちゃんか…」


 今日から魔物化の予定なので自宅に少女がやって来る。口にするだけでやましい感じがするが、仕方がない。


 部屋の薄暗さを保っているカーテンの、その向こうの真っ昼間の青空を想像する。起きなければと思うが、まだ惰眠から抜け出すことができない。ゴロゴロとして過ごす。


 突然、玄関が開く音がして、突風のように何かが部屋に入り込んできた。


 襖が叩くように開かれ、俺が反応するまもなく乱入してきた人物は、寝ている俺の首筋に刃物を突きつけた。


 大きな鎌が目の前にある。


 第三の魔法少女、狩城リンカが襲撃してきたのだ。


 彼女とともに突風が吹き込み、部屋の物が飛ばされ回転する。カーテンははためき、陽の光がスポットライトのように室内を照らす。


 彼女の姿がキラキラと闇の中で輝く。


 なるほど、吐息と互角、いやそれよりも出っ張るところは出っ張ている、すごい体だ。下から見上げていてもそのS字に曲りくねる流線型のラインに惚れ惚れとする。このボディの持ち主ではいくらマスクで顔を隠していても無意味だ。エロティックさが増すだけだ。


 しかし、俺の目の前にあるのはあの大鎌だ。


 俺はこの大鎌に一度、殺されているのだ。呑気に彼女の体を仰ぎ見ている状態ではない。


 さすがに嫌な気分でいっぱいになる。死そのものの感覚などないし、切られた時の痛みも覚えていない。だがそれでも死の周辺の時間に感じたおぞましさと辛さは覚えている。とてもではないが、もう一度味わいたいとは思わない。


 鎌を突きつけられてしばらく時間が経った。


 俺はプっと吹き出した。ギロリと俺を見下した彼女は尋ねる。


 「何がおかしいの」


 「いや、こうやって魔法少女が俺の寝ているところに踏み込んできたのは、君で二人目なんだ。こうなると、俺も自分の役割というものを認めないといけないな」


 「当然よ、あなたはアビスの門の所有者。どんなテロリストよりも危険で、どんな死刑囚よりも世間から死を望まれている人間よ」


 「そうだな、そう、認めるよ」


 「だから」


 「だから?」


 俺の言葉に彼女の動きがピタリと止まる。脅しの言葉が先に進めない。


 「俺は君に一度殺されている。だが生き返った。君はもう一度俺を殺すと?」


 「私が、それ以外の目的でここに来るわけ無いでしょ」


 「そうだな」


 俺は目の前に突きつけられた大鎌の刃を握った。


 彼女はピクリとも動けなかった。動けば、俺の手が切れる。


 俺は構わず手を刃にそって大きくこすった。


 彼女の目は苦痛にゆがむ。手を切った俺よりも彼女のほうが痛みを感じていた。


 手のひらを彼女に見せた。大きな切り口から血が流れ布団を汚す。


 しばらく傷口を見せた後、俺は自分の力で自分の傷口を直した。彼女はそれを驚きの目で見たあと、明らかにホッとした目になった。


 「ご覧の通り俺は自分を治せる。さらに殺されても生き返った。この事自体は俺も驚いている。君も、非フォク驚かせてしまったと思う、すまない」


 俺は寝たままで彼女に詫びた。


 「俺たち…吐息と俺ともう一人は、俺を生かすことで魔物を全て効率よく倒した後に、門の破壊するという計画で動いている。君にもそれに参加してもらいたい」


 「そんなもの、門そのものであるあなたの言葉を誰が信じるか。あなたは限りなくアビスに近い存在であり、その本質は世界を憎む破壊者!あなたの言葉全てが信用出来ないのよ!」


 「分かった。ならば今夜会おう」


 俺はそう言うと、彼女の前で布団をかぶって寝た。


 「ハァァァ?」


 「おそらく今夜、俺は魔物化する。その現場で決着をつけようと言っているのだ」


 「でも、それじゃあ私にこのまま帰れっていうの?」


 「君がやりたいのなら、ここで殺してくれて構わないが、君はもう人を殺せない。だが魔物になった俺ならやれるだろう。その時に来い!」


 布団の中でかっこつけて叫んだ。


 「ここは見逃せっていうの?」


 「殺れるならやれ!殺れないのなら帰れ!」


 俺は布団に隠れながらそう言い放った。


 実に堂々とした姿だが、内心は少し怯えていた。彼女の内面はある程度分かったが、突発事故というのはある。


 布団の中でしばらく待った。部屋の中に風が吹き、彼女が去ったのを感じた。俺は布団から顔を出し、誰もいないことを確かめてから大きくため息をついた。


 「いい子だな」


 と思いを強くした。


 そう、俺はあのいい子を救わなければいけなかった。


 「玄関は…?開けっ放しか…」


 俺は布団から出なければならないようだ。






 「ずいぶん無茶したな、キミは」


 喋っているのはエリのトーテムの「リソダー」だがソダリーとの違いは全くない。テーブルの上のお菓子の間を動き回っている。


 「多少はね。だがそうやすやすと人は人は殺せないよ。オタクラが魔法少女の力を与えたとしても」


 夜中、我が家には当番のエリと、話を聞いて駆けつけた吐息。そして彼女たちのトーテム二匹がいた。


 「無茶は、しないでください…」


 朝の話を聞いた吐息は悲しげに言った。彼女がリンカに対して感情的な反応をしなかったのは助かった。内心でどう思っているのかはわからないが。


 「リンカは頑なだが、それは彼女のトーテムが関係しているのか?」


 俺は二人のトーテムに尋ねた、どちらが答えたのか、区別は出来なかった。


 「恐らくそうだろう。そしてこう言っては何だが、ワタシも同条件なら同じ対応をする」


 「同意」


 「つまり俺たち側はアビスの門の所有者に騙されていると考えるってことか?」


 「騙されているという可能性は低いが、アビスの門の所有者と共闘したという事実は歴史上ない。疑わしいという時点で拒絶するのが正解だ」


 「向こうのトーテムを説得できれば…」


 「トーテムを説得する必要はない。主体は主の方にある。彼女が心変わりすれば済む話だ」


 「なんで、君たちはそんなにバラバラなの?連絡とか取り合わないの?」


 エリがトーテムたちに質問した。


 「ワレワレは組織としてアビスと戦ってはいない。それぞれが自主性を持ったセルとして活動している」


 「セル?」


 「細胞のことだ。ワレワレは独自意思で活動する抗体細胞なのだ。組織には急所があり、時間の風雪に耐えない。組織であること自体が弱点となりえる。なのでワレワレはトーテムとしての基本教義のみを胸に地球各地に散り、その時代その場所でアビスの門が発生した時に活動を開始するようにした」


 「だから、この地域で三人もの魔法少女が生まれたのは不思議でもなんでもないわけだ」


 俺は感心した。人間以外に地球のことを考えて動いていた存在があるということに。


 「でも、彼女の意思が変えられないとしたら…」


 吐息が不安を漏らした。


 「だから、聖園(みその)の誓いなのだよ。ワタシの主よ」


 こう言ったのだから、この個体はソダリーなのだろう。








 深夜、夜空を彗星のように飛ぶ少女がいた。魔法少女である狩城リンカだ。


 魔物の出現を感知した彼女は急ぎ現場に急ぐが、向かっている方向のあまりにも見覚えがありすぎた。


 「私立 誠心高校」


 まさか魔法少女の姿で、自分の通っている母校を訪れることになるとは。


 彼女は昼間のあのアビスの門の所有者との会話を思い出していた。「魔物となった俺なら殺せるだろう」という挑発を。


 「決めなければならない、今夜こそ」


 彼女はその覚悟を持って、飛んでいた。




 学校の校庭に、魔物の姿があった。前回に比べれば小さい。消しゴムで作ったゴム人間のような姿だ。それなのに顔面だけかなりの生々しいブサイク顔だ。


 その人型魔物が、腕を組んで待っていた。


 いや、魔物だけではない。二人の魔法少女もその前で腕を組んで飛びながら待機している。


 それは不思議な光景だった。会えば即戦闘が始まる関係であるはずの両者が、同じ様に待機しているのだ。


 「私を、待っている?」


 上空でしばらく様子を見ていたが、どちらも動く気配がなかったため、彼女もそこに降り立った。




 魔法少女二人が魔物の前で腕組みしている。


 極めて危険な行為だ。それがあの男への信頼の証だとしたら無謀か盲信だ。


 しかし、それよりも奇異なのがその魔物だ。遠くから見た時、それは腕を組んでいるように見えたが、実際には自分の腕で自分の体を縛っている。動けないようにしているのだ。だから定期的にそれを振りほどこうとする体との争いが起きている。それでも、校舎に傷が無いということは、ここまでの時間は抑え込みに成功しているということだ。


 リンカの姿を見たエリが


 「九分経過、上空でしばらく見ていましたので八分で現地到着。やっぱ添い寝してないと到着が遅いね」


とリンカの現場到着のタイムを告げた。


 本当にリンカを待っていたようだ、この三人は。


 不自然な状態に戸惑いながらも、リンカは獲物である大鎌を構える。


 前に出た吐息が宣言する。


 「聖園(みその)の誓いにより、決闘による戦略の決定を求める!」


 「み、その?」


 リンカはその言葉を知らなかったが、遥か昔から魔法少女を導いてきた彼女のトーテム「リダリー」は知っていた。


 「リンカ、キミは決闘を受け入れなければならない」


 「ちょっと、なんなの、リダリー?」


 「複数の魔法少女がいる場合、意見が一致しない場合もある。それを合議でまとめ上げる事ができればいいが、そうでない場合も多いのだよ。意見の不一致が起こった場合、魔法少女の持つ大きすぎる力が問題になる。諍いは戦力の削減、あるいは全滅という可能性もある。それを避けるためにワレワレは非殺傷武器での決闘ルールを作った。それが聖園、悲劇の起きた場所での誓いだ」


 リンカは歯噛みした。魔法少女には自分のまったく知らない、はるか昔からの縛り、誓約があったのだ。


 これがあの男が、今夜来いといった理由だったのか。


 しかし過去のことはどうあれ、今、リンカの前に立っている少女は、


 木須屋吐息だ。


 「ハッ」


 髪をかきあげ、巨大な鎌をくるりと持ち直す。


 「勝てばいいんでしょ!」


 鎌を吐息に向けて言い切る。


 木須屋吐息と本当の勝負ができる。


 心を賭けた本当の戦いが。


 「魔法少女として、あんたに勝つ!」




 決闘に開始の合図はなかったが、お互いが同時に飛び出し、吐息の槍とリンカの鎌が空中で交わしあい火花を飛ばした。これが開始の合図となった。金属と金属が弾き合う高音が響いた。


 殺傷力が落とされているとはいえ、槍と大鎌である。まともに当たれば大怪我は必死であるにも関わらず、両者ともにまったく手加減のない攻撃を続けた。空中に幾度も火花が生まれる。


 吐息は冷静に、リンカは過激に。


 両者は空を飛び回り、幾度も刃を交える。


 動けない魔物の周囲をぐるぐると回りながら切り結び続ける。


 吐息は冷静であったが、心の奥底に燃えるものがあった。


 「よくもあの人を殺したな」


 どうしても、その思いだけが消せなかった。


 リンカも過激であったが迷いがあった。


 「勝ってどうなるというのだ。吐息を超えた私は、あの男をまた殺すのか?」


 吐息の一撃にリンカが押される。


 「門を殺して、世界を救って、それで吐息に勝ったことになるのか?」


 吐息のさらなる攻撃が、リンカの鎌の刃を欠けさせる。気迫で押されているだ。


 「負けられるかぁ!」


 リンカの猛反撃。二人は螺旋の火花を描きながら上空に昇っていく。


 地上で待つエリと彼女のトーテム。


 「これでもしリンカが勝ったら、私達は落土を殺さなくちゃいけないの?」


 「そういうことになる」


 「エぇ~~~負けるなー!吐息姉さま!」


 


 互いの美しい肌を傷つけ合いながら空を疾走する二人。


 「あんたに勝って、対等だって認めさせる!」


 リンカの気迫のこもった一撃をかろうじて受ける吐息。二人は空中でぶつかり合い制止する。


 「対等?何言ってるの!私は誰にだって対等に接してきた!」


 リンカの攻撃を弾き返したが、すぐさま次の攻撃が飛んでくる。


 「あんたが言ってる『対等』ってのは、誰も愛さないって平等だ!」


 「え?」


 「誰も愛さない!誰も憎まない!誰とも競わない!」


 「それの!どこが!気に入らないの!」


 吐息がリンカを弾き飛ばす。


 「あんたは私と勝負してる時もそうだった。いつだって、私を傷つけずにあしらい続けただけだ。誰も特別視しない!誰も自分の心に触れさせない!」


 「だからなんで、それがダメなのよッ!」


 「吐息、あなたはずっと『誰も愛さないから私を許して』って生きてきたのよ」


 吐息が空中で止まる。言葉を理解する前に心が受け止めてしまい、体を止めてしまった。


 「違う…違う…違います…」


 ブツブツと否定の言葉を口にするが、相手に届く言葉にはならない。


 「そんなお人形さんみたいな青春を、私のライバルであるあんたに送ってもらいたくない!」


 リンカの大振りな一撃は、棒立ち状態の吐息の槍を弾き飛ばした。




 空から落ちてきた槍が校庭に突き刺さる。それを見たエリは、勝負の行方を察して青くなった。




 無防備な姿で夜空に浮かぶ吐息。


 それに相対するリンカはいつでも勝負を決める一撃を入れられる体勢だ。


 「私が勝ったんだから、悔しい顔しろよ、吐息…」


 勝者の余裕のあるその言葉も、吐息には届いていないのか、俯いて小さくつぶやき続けている。


 「違う…違う…違う…違うッ!」


 突然、吐息がリンカに掴みかかった。武器をなくして勝負ありと思っていたリンカは完全に油断していた。


 絡み合った二人は落下していく。 


 「私にだって好きな人ができた!好きな人はいる!」


 その子どもの様な物言いにリンカも切れる。


 「誰だよ!お前みたいな奴に釣り合う男なんていないよ!学校にも市内も!都内にも!」


 「あの人が初めてだった!何をしても許される人!私が隙になっても許される人!」


 二人は怒鳴り合いながら落ちていく、落ちていく先の校舎はすぐそこだ。


 「誰だよ!どんなイケメンだよお前がスキになってるヤツな…」


 吐息はふくれた顔で指差した。


 その方向を見た時、リンカの顔は唖然となり、つづいて驚愕の顔になった。


 指差す先に化け物の巨大な顔があったからだ。


 魔物となっている、男の顔が。


 吐息は涙目でその顔を指差し続けた。


 リンカは吐息のあまりの真剣なマジメな顔に、笑うしかなかった。


 二人の落下スピードは、魔力のクッションで緩和された。


 


 着地した二人は、ものすごく気恥ずかしげに、まるでいちゃついているのを見られたカップルのような気まずさで立ち上がった。


 「で、どうなったんですか?」


 駆け寄ってきたエリが勝敗の結果を聞いた。


 それを聞き、悲しい顔になる吐息。彼女は負けたのだ。隣に立つリンカが宣言した。


 「吐息の勝ちだ。私はそちら側の作戦に従う」


 真逆の結果に驚く吐息にリンカが耳打ちした。


 「お前の想い人を殺すのは止めた」


 それを聞いて赤くなる吐息。その表情の変化を楽しんでいるリンカ。


 意味がわからんとハテナな顔になるエリ。


 「結果は確定した! トイキ、エリ、リンカは共同して同一の作戦を行うことが、ココに決した」


 三体のトーテムが同時に宣言した。そう、作戦は決したのだ。


 三人の魔法少女は、門の所有者である落谷落土と共闘し、全ての魔物を一体づつ倒し、最後に現れる門を破壊することによって世界を守り、同時に落谷の命も救うと決まったのだ。


 「そりゃめでたいねー」


 なにもしてないエリは結果に満足なようだ。吐息とリンカはお互いにまだ距離があるが、その幅は大幅に縮まっていた。




 「オオオオオオァ!」


 魔物が吠えた!


 「ああ!落土の頑張りがついに限界になった!一六分もよく耐えたぁ!」


 エリがはしゃぐ。


 「エリちゃん!……リンカ!」


 吐息が槍を手元に戻して叫ぶ。


 「おうさぁ!」


 「ああ!」


 エリとリンカも答える。


 ついに破壊活動を開始しようと動き出した巨人に対して、


 三人の魔法少女の必殺技が同時に炸裂し、


 落谷落土は校舎に傷一つつける間もなく倒された。


 吹き飛ばされた頭部から回収された彼は、事態の進展をようやく知った。つまりこの三人の少女が、自分の命を救うために頑張ってくれるということだ。


 揃い踏みした三人の魔法少女たちの姿に、少なからぬ感動を覚えた。


 しかし落谷は、彼が魔物になる前と後で、吐息とリンカの二人が彼を見る表情の変化というものに全く気づけずにいた。


 彼はそれほど、女心に詳しくはないのだ。



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