第五話「キミは信用されてないってよ」


 俺が起き出した時、木須屋さんの枕が目に入った。まだ彼女は玄関のそばにいるはずだから、急いで渡そうと手にとって玄関を開けたところ、


 すごい形相でこちらを見てフリーズしている木須屋さんが見えた。


 その向こうに、これまたすごい顔で固まっている金髪の少女が見えた。


 外はまだ涼しくて、気持ちのいい朝陽だった。




 その金髪の少女が昨晩の話に出ていた恵来エリであることを一目で分かった。


 金髪だからだ。


 そして彼女が二人目の魔法少女で俺にとって危険人物であることも分かっていた。


 だが、木須屋さんのこの表情は何だ?


 小鳥のさえずりが聞こえる。湿度は高くなく、今日の好天を予感させた。


 固まった木須屋さんの顔とエリちゃんの顔は、共に俺を見ている。


 その瞬間、俺はようやく理解した。このシュチュエーションが語る真の物語を。


 「中年男性の部屋から早朝、女子校生が出てくる。しかも後から出てきた男は彼女の枕を持っていた」


 俺が世界を破壊しかねない魔物で、彼女が魔法少女である、という事情を知らない者が見れば、このシチュエーションは一つの答えしか持っていない。


 情事。


 それもJKと中年による、危険な情事だ。




 それに気づいた瞬間!


 俺も変な顔で固まるしかなかった。




 最初に動いたのは木須屋さんだった。


 エリちゃんの肩をガシっと掴み、耳そばで話した。


 「あなたにはまだ早いと思って秘密にしていましたが、あの男性は我々魔法少女にとって重要な人物なのです。でもバレてしまっては仕方ありません。今日の夕方、こちらのお宅を尋ねてください。魔法少女の秘奥、真実をお伝えしましょう」


 すごい迫力で言ったものだから。


 「あ、はい・・・」


 とエリちゃんも誤魔化されたようだ。


 木須屋さんはこちらをものすごい顔で睨みつけた後、エリちゃんを帰して、自分も自宅に戻った。


 一人、玄関先で木須屋さんの枕を持って立っていた俺は、仕方なく部屋に戻った。


 夕方までにまた部屋の綺麗にしなければ…それくらいしか考えられなかった。




 その日の夕方、木須屋さんとエリちゃんは一緒に俺の部屋に来た。木須屋さんは押し黙って、エリちゃんは不審げに玄関を上がる。


 彼女たちを迎えながら、俺はこんな美少女二人が自宅に訪問してくれた、それも制服姿で、と感動に胸が熱くなったが、この二人は両方ともに俺を殺せる戦力と使命があると思うと、胸の熱も少し冷めた。


 問題はあの朝以降、一度も木須屋さんと連絡が取れていないため、まったく口裏合わせができなかったことだ。今も玄関を通る時に彼女と目があったが、何を考えているかわからない。


 本棚を興味深く物色していたエリちゃんをリビングに案内し、折りたたみテーブルの前に座らせた。彼女が座った反対側に俺と木須屋さんが並んで座った。思った以上に横にピッタリと並んでしまった。


 三人とも正座であることがこの会合の緊迫度を示していた。


 まず最初に木須屋さんが切り出すかと思ったら、エリちゃんが先手を取った。


 「お二人は、付き合っているのですか?」


 息を呑む木須屋さん。


 「いいえ」


 即答する俺。


 なぜかこちらを睨んでくる木須屋さん。付き合ってないんだから、俺が言ってもいいはずなのに。


 質問は続く。


 「お二人は、愛し合っているのですか?」


 「いいえ」


 続けて即答する俺。なぜか睨んでくる木須屋さん。なぜ正解を言って睨まれるのか。


 答えを聞いたエリちゃんは頭を抱える。


 「つまり…やっぱり、お二人の関係は…お金だけの肉体関係ィィ…!」


 「違います!勘違いしないでください!」


 木須屋さんがすかさず訂正した。


 「添い寝しただけです!」


 このお嬢さん、わざとやってるのか?俺は思わず彼女の顔を見たが、真剣そのものだった。


 のたうち回るエリちゃん。うろたえる木須屋さん。女子校生に場を任せた俺が間違っていた。


 「エリちゃん!木須屋さん!」


 二人の名を呼び静止させた。


 「それと二人のトーテムも出てきて」


 木須屋さんのトーテム、ソダリーは出てきたがエリ側はまだ警戒しているためか、出てこない。


 「木須屋さん、話すんだ、俺のことを」


 木須屋さんにはまだ不安があるようだ。怖がっていると言っていい。俺はエリちゃんから見えないテーブルの下で彼女の小指に自分の小指を触れさせた。彼女は一瞬驚いた顔をしたが、それだけで通じてくれたようだ。


 ようやく、俺の正体と、木須屋さんの願いが、エリちゃんに語られた。




 静かに話を聞き終わったエリちゃんは


 「リソダー、出てきて」


 そう言うと彼女の髪の中からプラスチックのフナムシのような、魔法生物トーテムが出てきた。


 木須屋さんのソダリーとまったく同じ形で、テーブルに並ぶと区別がつかない。


 「今の話、どう思う?」


 主の質問にリソダーは


 「嘘はないと思う。彼女たちのトーテムも一緒だからね。トーテムは情報の隠蔽は出来るが嘘は付けない仕組みになっている」


 隠蔽はできるのかよ。おそらく魔法少女と接する時も、トーテム側が不利になる情報を意図的に隠してコントロールすることもあるのだろう。


 「リソダー、君にも俺のような存在に関する情報はないのか?加えて隠蔽した場合はそう述べよ」


 俺は一応テストしてみた。


 「ワタシのライブラリーにもキミのように、こちらと積極的にコンタクトを取り、あまつさえ協力を申し出るような門の所有者の存在は確認できない。安心してくれ、この件で嘘や隠蔽はしない。危険すぎる」


 エリちゃんが続けて質問した。


 「リソダー。十二の魔物を倒した後に門が出現し、それを破壊した場合、門の所有者だった者の命は助かる。これに関する真偽を確認」


 「一人の生存を確認したよ、エリ。ただし門の所有者だった者がその後、どういう処分をされたかという情報はない。我々の管轄外に送られた」


 いつの間にか結ばれていた二人の小指の締め付けがつよくなる。木須屋さんの方を見ると、彼女が嬉しそうな顔をしていた。二つの情報源から俺の生存可能ルートが確認されたのだ。


 俺たち二人の視線が自然とエリちゃんに集まる。彼女の判断がこの場を決するからだ。


 う~~んと悩んでいる彼女。そして決心したらしく、こう言った。


 「信用できません」


 小指の締め付けが痛くなった。


 「トーテムの話は信用します。しかし、門の所有者!あなたはまったく信用できません」


 そりゃそうだろう。俺だって自分を信用していない。こんな、夜な夜な魔物になる中年男なんて。


 「ですからテストをします!」


 テスト?


 「あなたは怪物化しても意思を保ち続けられる。魔物をコントロールできると言う。それをテストして証明しなければなりません!」


 たしかに、それはそうだ。


 「あなたが怪物化して…そう、五分耐えてもらいます。その間我々がいろいろな手であなたをおちょくります!」


 なんか、バラエティー番組みたいな事言いだしたぞ。


 「それに耐えたら、あなたは証明し、私は承認する!私のおばあちゃんも言っていました。愛は叩かれて鍛えられる!叩いて!叩いて!叩きまくれと!」


 お婆さんは間違っていると思うが、これは悪くない条件だ。頑張ればなんとかなるだろうという可能性が見えた。


 俺の右手を木須屋さんの手が包んできた。


 彼女の方を向くと、緊張と僅かな笑みの浮かんだ顔でこちらを見ている。彼女の顔に見える輝きは、信頼と言っていいのだろうか。


 頑張るしかないようだ。俺のためではなく、彼女のために。







 「えぇ?ここで添い寝するんですか?」


 エリちゃんが驚くのは無理もない。


 彼女の前には、部屋いっぱいにひかれた布団と、すでに寝姿の俺と木須屋さんがいるのだから。


 木須屋さんはなぜか照れている。第三者に指摘されてしまったことで、自分たちやっていることの恥ずかしさを再認識してしまったようだ。


 「我が家ではそのような仕来りになっております」


 俺は面倒くさいので、そういうものだと言いはった。




 夕方の会合がお開きになり、次なる俺の魔物化を警戒しての泊まり込みが再開された。


 今回は木須屋さんだけではなく、俺の真意をジャッジメントするエリちゃんも加わった。


 彼女たちは一旦帰宅し、深夜になって我が家に再集合することとなった。


 そして十一時ごろやって来たエリちゃんが見たのが、枕が並んだ寝床だった。


 枕が近すぎた、と思ったのか木須屋さんが距離を離す。そのうえで


 「大丈夫。ほら、槍があるから」


 自分の槍を境界線として置いた。まったく事情を知らないエリちゃんからしたら、なにが大丈夫なのかさっぱりだろう。


 「もう寝るよ」


 自分でそう言った時、まるで父親みたいな言い方だなと思った。そんな子供時代も俺にもあったのだ。


 「あ、ちょっとまって」


 そういってエリちゃんは隣の部屋で隠れて寝間着に着替えはじめる。


 木須屋さんと一緒に布団の上で座って待っている。なにかいい感じだった。これからのことに少し不安そうだった木須屋さんの手にそっと触れて


 「大丈夫」


 と言った。自分で言っておきながら、なにが大丈夫なのかわからないが。


 木須屋さんが手を握り返そうとした時、襖が開きパジャマ姿のエリちゃんが入ってきたため、その手を慌てて引っ込めた。




 消灯し、みな床についた。


 右から俺、木須屋さん、エリちゃんという並びだ。


 この中で本気で寝る気なのが俺だけというのはおかしな話だ。


 エリちゃんに気を使っているせいか、木須屋さんがいつもより遠い。俺の方も今日は試験前日の様な気分なので彼女たちの方をあまり気にしている余裕がない。下手をすると今日明日にも死んでる可能性があるのだ。


 とにかく、落ち着いて寝るしかない。


 「ちょっとエリちゃん…」


 暗い部屋の向こうからゴソゴソという音が聞こえてくる。


 「センパイ姉さまは、毎回こんな危険な任務を自分に課していたんですね…。こんあおじさんと同じ屋根の下で…危険に震えながら添い寝をする」


 「そんな危ない人じゃない…きゃっ」


 「ああ、なんて健気なんでしょう。魔法少女としての格と覚悟が私なんかと違いすぎる」


 なにかもつれ合っているような音が聞こえてくる。


 「こら、抱きつかない!エリちゃん!駄目!」


 なんなの、何が起こってるの?


 ガバっと音がして、俺のすぐ隣に木須屋さんが俺の布団の中に飛び込んできた。少し寝間着が乱れ、頬の上気が熱として伝わってくる。


 「何してんの、君ら?」


 「私は何もしてません!」


 俺たちは同じ布団の中に隠れてゴショゴショと話している。


 俺は布団から顔を出して、エリちゃんの方を見ると彼女は大股広げてもう寝ていた。


 「すごい度胸だな、あの子」


 布団の中に顔を突っ込んで木須屋さんに報告する。


 「もう大丈夫だよ。セクハラストーカー美少女はもう寝たから。ほんとに君にご執心だね、あの子」


 「エリちゃんにはもう少し節度というものが必要ですね」


 一つの布団の中で会話している。男女が同じ布団に入っているが、俺と彼女は普通の男女とは違う信頼で結ばれている。俺が彼女に押し付けているリスクを考えれば、これ以上彼女の負担になるような真似はしたくなかった。布団の中で彼女の息が落ち着くのを待った。彼女の頬に手の甲を触れた、特に考えずに自然にしてしまった行為だった。


 「今日か明日、俺は頑張るから、結果は受け入れる。だから君は気にしなくていい」


 彼女はその手に頬を顔をゆっくりと押し当てた後、


 「あなたを信用します。そして戦います」


 気持ちを教えてくれた。


 俺の布団から出た彼女は、距離を取って横になった。互いに腕を伸ばし、手の指を少しだけ絡めて、俺は眠りにつき、彼女は待った。


 十分ほどで、俺の姿は消えた。





 落谷さんが眠りに落ちたのは、絡んだ指の力が弱まったことで分かった。


 そのしばらく後で、指の感触自体が突然消えた。それがトリガーのように私の心を弾き起こした。


 「エリちゃん、起きて」


 隣ですでに寝ていたエリちゃんを、少し乱暴に起こす。


 「うえぇ、なんですか…。あ、いない!」


 エリちゃんは落谷さんの寝ていた布団をバンバン叩いて不在を確認した。


 「いくよ!」


 「はい!」


 二人で同時に変身した。


 変身中にお互いがお互いの裸を見ることとなったのだが、恥ずかしさはなかった。むしろ変身による高揚感が自分の体に対しての自信を強めてくれる。私のカラダ、何一つ恥じるものではないと。この高揚感と自信はは今までの人生で感じたことはなかった。すべてを肯定できる力強さが私のうちに生まれる。この気持を変身していないときにも持てていれば…


 二人の同時変身の光は凄まじく、部屋中を光の粒子が乱れ飛ぶ。衣服が消え全裸のエリの姿が見える。なんて綺麗なんだろう。彼女も私のカラダを見ている。その目には同じように憧れの光が見えた。私は思わず彼女に手を伸ばし、エリもそれに答える。二人の手が合わさり回転する。同時変身する二人。たまらない気持ちが体のそとにまで溢れ出しそれも光に変わる。


 変身完了した二人が共に窓から外に飛び出す。一気に上昇し、背中合わせに周囲を探す。


 「いた!」


 発見したのは私だった。自宅直ぐ側の大きな公園。私も子供の頃から遊んでいる、馴染みの場所だ。


 すぐさま上空に駆けつけた私達は二人で遮蔽魔法をかける。二重にかけることで遮蔽率を更に強化する。まだ夜中の十二時を回ったばかりで公園の周りには住居が立ち並んでいる。完全な遮蔽が必要だった。


 公園中央の広場に魔物が立っていた。


 高さは二十メートルほどの痩せた人間タイプ。全身白塗りでツヤツヤとした質感。顔のある場所には、異常に戯画化された目鼻が適当に配置されていて、人間の顔をなしていない。


 ただの人型の魔物だが、ポーズが変だった。


 「キモイ」


 エリちゃんが思わず漏らしてしまうように、気持ち悪かった。片足立ちで空に伸び上がるようなポーズ。両手は自らの体を抱きしめている。そして、ビグビグと震えている。


 「あれは…落谷さんが戦っている姿だと思う」


 「ええ~~」


 私の観察にエリちゃんは納得行かないようだ。


 巨人はビグっと大きく動こうとすると、急に止まり、ビグビグっとした震える動きになって元のポーズに戻る。それを定期的に繰り返している。


 魔物の本能の破壊衝動を内部のもう一つの意思、落谷さんが頑張って制止している、と見ることもできる。この動きを繰り返すことで、まだ周囲にコレと言った被害を出さずにすんでいる。


 「言われてみれば…そうなのかな。でもキモイけど」


 エリちゃんも納得してくれたようだ。そして、たしかにキモい。生理的に受け入れるのが難しい。人間サイズならともかく、あの質感と動きを巨人サイズでやられるとかなり厳しい。私はなんとか頑張っている落谷さんの姿を想像しようと努力した。


 「じゃ、始めよっか」


 エリちゃんはそう言うとその魔物の前に着地した。


 「え?なにするの?エリちゃん」


 私も隣に立って尋ねた。


 「ただ我慢して悶えているのを眺めても、なんの証明にもなりません。多少はいたずらしないと」


 「いたずらって…」


 そう言っているエリちゃんが持っているのはミサイルを無限発射できる棍棒なのだが。どうみてもいたずらに使う道具ではない。


 「リソダー、タイムカウント五分」


 「え、そんな事出来るの?」


 エリちゃんは自分のトーテムに制限時間をカウントさせるつもりのようだ。そんな携帯みたいな使い方出来るんだ…。 


 彼女は恐れも知らず、魔物の前にずずいと進む。それはそれですごい度胸だ。


 私ですら、完全に信用しきれていないのに。


 「この独身ダメ中年~!」


 いきなり吠えた。


 「部屋に色気なさすぎー!」


 どうやら言葉で攻める、言葉攻めという戦法らしい。次々と落谷さんの悪口を量産する。会ってたいした日数も経ってないのに、これほど豊富に出せるとは。そんなに心に思っていた事があったのね。


 「ハァハァ…いがいとハートが強いのね」


 エリちゃんはようやく一息ついた。魔物はエリちゃんのわるくちにビクンビクンと震えるが攻撃してくる様子はない。


 「やっぱり私じゃダメかもしれない。センパイ姉さま、お願いします!」


 「え?私もやるんですか?」


 どうやら、やらねばならないようだ…。普段の落谷さんの事を思い返し…


 「歳が離れすぎーーーー!」


 思い切って言ってしまった。


 どうかしら、とエリちゃんの顔を見ると


 「それのどこが悪口なんですか…」


 と、大変な呆れ顔。ならば、と


 「ちゃんとした食事をしてないからぁ、お腹出てるーー!」


 エリちゃんの顔は変わらない。魔物もピクリともしない。仕方ない、これだけは言いたくなかったが。


 「うちのお父さんより、年上ーーーー!」


 魔物は背面にすごい勢いで捻じくれて後頭部を地面に叩きつけた上に頭をグリグリと地面にねじり込んで苦しんだ。


 「すごい!効果てきめんです!でも、ほんとに年上なんですか?」


 「いえ、ちゃんと確認してないんですが、聞こうとしたら拒否されました」


 「ああ…」


 地上に引っ張り上げられたミミズのようにうねりまくっている魔物。しかしそれでもこちらを攻撃してくる様子はない。


 「ここまではいいでしょう。では試験の第二段階。肉体反応テストです」


 エリちゃんが背丈より大きい棍棒を軽々と回転させた。


 「ほんとにやるの?そこまでしなくても…」


 「センパイ姉さま!信頼は言葉では決して得られません。信頼は言葉にあらず!うちのお祖母様も言っていました。信頼なんて言葉は割引チケットくらいの価値しかない!本当に価値があるのは現金だって!」


 どういうシチュエーションでどういう教育効果を狙って、エリちゃんのお婆さんはその言葉を言ったのだろうか…。


 「これが…信頼という名の現金です!」


 ついに、エリちゃんはその棍棒で魔物の足を殴った。


 グワンと上半身を起こし、エリちゃんに襲いかかる魔物…。しかしその体は攻撃開始ギリギリのラインで止まっている。


 内なる意思が勝利している!


 そして、その魔物の影の下に、武器を構えて冷や汗をかいているエリちゃんがいる。


 彼女もまた、信じて殴ったのだ。信頼を確認するには自ら危険に飛び込むしかなかったのだ。


 私は落谷さんの頑張りと、エリちゃんの覚悟に感動した。なんて立派な二人…。


 「よし、もう一丁いってみますか!」


 「エッ?」


 エリちゃんがとんでもないことを言っていると思った時には、すでに二発目が魔物の足に入っていた。


 エリちゃんの二発目が入った瞬間に、静止していた魔物の攻撃モーションが再開され、エリちゃんのいた位置に拳が叩き込まれた。吹き飛ばされるエリちゃんはすでにガードが完了していてダメージは受けていない。


 「センパイ姉さま!やっぱりあの男はだめです!」


 「駄目に決まってるでしょ!エリちゃんの馬鹿ー!」


 一発目の反撃をなんとか収めていた落谷さんも、二発目の攻撃で本能に支配を奪われてしまったようだ。


 白い巨人が飛び込んでくる。体を卍型に曲げて横回転で動くのも気持ち悪い。しかもそのせいで弱点である頭部が大きく動き、狙いがつけられない。


 私は砲撃を諦めて近接攻撃に切り替える。槍の穂先にエネルギーを集約させ巨大化させる。


 「エリちゃん、援護お願い!」


 「お気をつけて!」


 エリちゃんの放つ無数の弾幕、その攻撃で動きを鈍らせたところに狙いを定めて、斬る!


 足の一本、ふくらはぎ辺りの切断に成功。


 動きが乱れた魔物が地面に転がり倒れた。


 「さっすがセンパイ姉さま!」


 公園の土をえぐって止まった魔物はまだ動けないようだ。好機到来。


 このままバラバラにしてとどめを刺す。そう考え飛び込んだ。


 しかし、それは敵の思っていた通りの行動であったらしい。足を切られたら動けないという、人間的な発想で魔物を見ていた。魔物は上半身だけの力でバネのように飛び上がり、顔の変な位置についた大きな口を開けて、こちらに向かってくる。


 互いの相対速度が早すぎて回避ができない。エリちゃんに助けを求めたくても、あの口に、あのキバだらけの穴に食われるまで数瞬もない。


 終わった、と思った瞬間、魔物の右手が私を掴んでかっさらった。まるで食べてはいけない物を、口に入れさせないために奪い去ったかのような手の動き。


 食物を奪われた手が、そのままの勢いで右腕にかじりつき、腕に長々とした傷をつける。


 停止した右手がゆっくりと開き、私を自由にする。その大きな人差し指が私の頬にわずかに触れた時、私は気持ち悪いとは思わなかった。


 「何度だってあなたは、私を守ってくれる」


 巨人は片腕を天に掲げた状態で地上で手足が絡まって動けない。その手のひらの上に立つ私は、スッと地面に向かって飛び降りた。


 着地する数瞬の間に、私が切断した箇所は二十を超えた。


 着地と同時に巨人は解体された。




 「うぃ~~…」


 巨人の頭部から切り出された落谷さんは元気がなかった。この巨人との精神の戦いに全ての気力を使い果たしたのだろう。私は彼を抱きかかえることに、まったく躊躇しなかった。


 「合格です!」


 胸を張って仁王立ちのエリちゃんが言った。


 「最後のセンパイ姉さまを救ったとこなど最高でした。お見事!」


 パチパチと拍手までしている。


 「そりゃどうも…」


 「ずいぶん元気がないですね。どの攻撃が一番きつかったですか?今後の参考までに聞きますが」


 エリちゃんの質問に落谷さんは消えそうな声で


 「年齢のことはあまり言われたくないです…」


 一番敏感なところをぶん殴ったのは、私だったようだ。


 





 ダイナー 01



 その店のいいところは近いところだ。


 ■■のすぐ奥にあり、いつでも通えるところがいい。


 今日も客の入りは少ない。よくこれで商売になるな。俺は店内を通りいつもの席についた。空席だったテーブルにつくと、すでに彼が座っていた。


 羨ましい限りの美少年顔。目がキリリとし、口元も色気があり、鼻も高く、全ての部位がどこにあるのかわからない。


 ソファに座る姿も決まっている。誰がどう見ても美少年だが、あいかわらず顔があるのかないのか解らない。


 座ってすぐに俺はメニューを広げながら話しかけた。


 「調子はどうだい?」


 「ああ、だいぶいい感じだ。すでにアビスマルが三体倒された」


 「倒されたのに、調子がいいのか?」


 「倒されることも必要なんだ」


 メニューには十二体のアビスマルの名前が順番に並んでいるが、その文字は読めない。


 「まるで怪物のコース料理だな」


 「そうさ、順番は重要だよ。料理を食べるには、マナーと、順番。それと、注文が必要だ」


 「注文はもう済んでるだろ。十二体全部注文済みだ」


 「そのとおり、もうオーダーチェンジはできない」


 そういって彼は笑った。綺麗な顔が笑うと、いっそうどこに何があるのか解らなくなる。


 「ああ、久しぶりの注文で厨房は大忙しさ」


 彼が指差す方に目を向けると、調理場が見えた。調理場では数多くの人外が、魔物の体を作っている。巨大な顔が調理場の窓の半分を埋めて、こちらを見ている。出入り口からはパイプダクトのように指がはみ出し、生きている臓器から上がる煙で調理場はモウモウとしている。


 「世界を滅ぼすための、アビスからの魔物」


 彼が言うように、もう注文はなされている。


 前菜が終わり、スープも終わった。ここからが本番だ。




 


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