第16話 ソードマン・アライブ・ディスティネイション
あの日から五日間の旅を続けた二人。襲い来る魔獣を倒し魔獣との戦い方を学びながら進むユウキは、ようやく自分の目的地であるユクリタに到着する。
「さて、と……」
さらに街の中を進み、ついに彼の所属する商会である、リーディス商会の本社前に到着した。本社を見上げるようにして見つめたアベルは首を傾けると視線をラケルに落とした。背負った袋の中に手を突っ込み財布を取り出すと、それを丸ごと彼女に手渡した。
「ごめん。ちょっと話をつけてくるから、適当に時間潰しててもらってもいいかな? 財布の中身は自由に使ってもらってもいいからさ」
「え、えっと、とりあえずわかりました。お言葉に甘えてお茶でも飲んでいますのでごゆっくりどうぞ」
おずおずと財布を受け取ったラケル。それを見届けたアベルは彼女に背を向けると本社の中に足を踏み入れていくのだった。そして残されたラケルはアベルのことを見送るとふらりと町の中へと消えていくのだった。
「まあ、とりあえず頭を上げろ。地面に頭つけた状態じゃまともに話もできん」
本社の中に足を踏み入れたアベルは、まず社長であるギルディに面会を求めた。アポイント無し、見た目があまりにも変わっていたため本社の社員に一瞬戸惑われたが、それでも社長の甥である彼の顔は大半の社員には知られている。それと同時に彼が壊滅した商隊に所属していたことも大半が知っている。
驚きながらも歓迎されたアベルはすぐに社長室へ案内された。そもそも命からがら帰ってきた社員が社長と話すのに何の問題もない。社長室の中には書類と向き合っているギルディがおり、彼の姿を見た瞬間安心したように小さく笑みを浮かべた。先んじて連絡を貰っていたとはいえ改めて姿を見てることが出来たのだ。これほど安心することはなかった。
しかし、当の本人は再会を喜んで笑みを浮かべるでも、涙を流すでもなく別の行動を起こした。部屋に入るなり三歩歩みを進めると地面に膝をつけると、いきなりの土下座である。彼の胸の内には商隊の面々の遺留品の一つも持って帰ってくることが出来なかったという罪悪感と、これから無茶苦茶を言うための先打ちの保険としての意味があった。
よもや入ってきて即座に土下座をされるとは思わなかったギルディは驚きで目を見開くとうろたえたように身体を震わせた。しかし、すぐに気持ちを切り替えると先述のように彼のそばにしゃがみ込み肩に手を当て頭を上げるように促す。だが、それでもアベルは頭を上げることなく、代わりに口を開くと声を張り上げ大きく言葉を紡いだ。
「叔父さん! 俺は今から無茶苦茶言うけどどうか怒らないで聞いてほしい!」
「とりあえず分かった。ともかくとっとと頭を上げろ。このままじゃ話もできんし俺が鬼畜呼ばわりされちまう」
彼の言葉でようやく決意したアベルはゆっくりと頭を上げるとその顔をギルディに向けた。久しぶりの再会を喜ぶギルディは彼の顔を見た瞬間、感極まってしまったのか目じりからポロリと涙を零す。一か月ほど前とはまるで別人のように凛々しくなっており、それでいて以前からの優しさが見て取れる雰囲気は失われていない。短い間にずいぶんと成長してしまったなと心の中で独白する。成長と再会を喜ぶように笑みを浮かべながら涙をぬぐったギルディはアベルに歩み寄ると強く抱きしめた。
「よく、よく帰ってきてくれた! 俺はお前の叔父として誇りに思う!」
抱きしめられた張本人であるアベルも再会を喜び強く抱きしめ返す。男の再会を終えた二人は抱きしめあう形から離れると早速話を始めることにした。
「まあ、まずは座れ。長旅ご苦労だったな」
「ああ」
社長室に置かれたソファに手招きされたアベルは背中にかけた剣を下ろすとソファの前に立つ。ギルディが座ったのを確認したアベルはゆっくりと深く腰掛けるとほっと息をついた。
「さて……。大まかな話は前聞いたから、お前の話から聞かせてもらおうか」
口火を切ったのはギルディ。アベルに問いかけるが、彼が口を開こうとしたその時、間髪入れずに言葉を続けた。
「とはいってもある程度察しがついているんだがな。その剣が理由だろう?」
「……さすが、勘が鋭いね。言っちゃえばそうだよ」
何もヒントを与えないままに言い当てられ、その勘の鋭さに苦笑したアベルは肩をすくめると隣に置いた剣に手を置いた。そしてゆっくりと目を瞑る。対面に座るギルディからすれば何も言わないままに目を瞑ったように見えており、疑問に思った彼は目を細めた。が、そんな彼の疑問はすぐに解決することになる。
「ふむ、では俺の口から説明しようか。まずは俺の紹介か。世界を統べる十柱のうちの一柱、ヴィザリンドムだ」
「………………は?」
甥の口から発せられた驚愕の発言に、思考が停止したギルディは復活すると思わず声を漏らす。そんな彼の前で尊大な態度を見せているアベルの身体を使うギルディ。
「よきにはからえ」
ついでと言わんばかりに続けられたヴィザの言葉でギルディは彼の傍らに置かれた剣が神装ヴィザリンドムであることを理解する。二百年近くオルガノ城砦の地下で眠っていたそれの姿を四十歳程度のギルディが知らなくても不思議はない。むしろ知っている方が珍しいくらいである。
「あ、はっ、ほっ!?」
故に理解した後の行動が奇天烈なものであっても無理はない。慌てたように両手を動かし意味不明な言葉を発したギルディは、正真正銘の神が目の前にいるということを改めて認識すると膝を地面に付き頭を下げようとする。しかし、ヴィザ本人からすれば非常に迷惑な話である。そんなことをされては話が進まず余計に時間を食うだけ。そのことを理解しているヴィザは彼の行動を中断させる。
「ああ、頭は下げるな。とっとと話を進めるぞ」
「いえ、嘘でもそういうわけには……」
「構わんわ。こいつもとっとと話を進めたがっているからな」
親指を自分に突き立てながらヴィザは言葉を紡ぐ。それでヴィザもその中のアベルも話を進めたがっていると察したギルディは気分を元に戻し話を戻す。
「さあ、早速本題だ。こいつを借りたい」
ヴィザによって発せられる言葉に驚きを隠せないギルディ。
「ちょっと待てや。その言い方だと話しこんがらがるだろ」
しかし、次に発せられた言葉でギルディの思考は混乱する。先ほどの尊大な口調から一変して聞き覚えのある口調に変化した。一瞬、何事かと思い、肉体を制御する存在が入れ替わっただけだということに気づくことが出来ない。続けられたアベルの「俺だよ」という言葉と大げさに自分を指さす動きでやっとアベルの意識が戻ってきたことを理解する。ハッと息をのんだのち、思考を戻すと会話の指針を元に戻す。
「俺はこの剣を持って魔獣に襲われる人たちを助けたい。死んでしまう人も残される人も俺はもう見たくないんだ。俺がこの剣を手に入れたのは偶然かもしれない。けど、いやだからこそそれでも俺は襲われて殺される人間を助けてみたいんだ」
対面に置かれたテーブルに手と額をつけながら先ほどの言葉を紡ぐアベル。それを見たギルディは懐から紙煙草を取り出すと、火をつけると大きくそれを吸いこむ。そして大きく煙を吐き出すとゆっくりと口を開いた。
「……変えるつもりはないんだな?」
「悪いけど変えるつもりはない。この剣を手にしたんだったら俺はやってみたい」
しっかりとギルディの目を見据えて答えるアベル。彼の決意は固い。ギルディがどんな言葉で引き留めようとももはや彼は暴れ馬のように進み続けるだろう。
しかし、そもそもギルディに彼の意志を変えるつもりは無い。彼が言葉を紡ぐと同時に見せた表情でもう変えることができないとギルディは半ば悟っていた。それに実の父親ではないとはいえ彼はアベルのことと実の息子のように思っている。ならば子供のやりたいことを妨げることがどうしてできようか。巣立って行きたいというのであれば送り出すのが彼のやり方である。
二、三度ほど煙草を吸い吐き出した彼は目を瞑り考え込むようにして黙り込む。そして煙草の先の灰を灰皿に落とすとゆっくりと口を開いた。
「……わかった。身体に気をつけろよ」
その言葉を聞いた瞬間、アベルの表情はパッと明るくなる。その顔を一瞬見せたアベルは再び頭をテーブルに擦りつけた。
「ありがとうございます!!!」
「おう、とりあえず頭上げろ。もとよりお前の人生だ。お前が何をやりたいと言っても俺に止めることなんてできねえよ」
その言葉を聞きアベルは頭を上げる。それを見て煙草を灰皿に圧しつけたギルディはに槍を笑みを浮かべた。
「ふっ、これでうちは未来の大英雄様が働いてた店ってことになるのか」
アベルのこれからの未来を勝手に妄想し満足気に呟いたギルディ。クックックと二、三度笑ったかと思うとスッと表情を戻し突如として話の流れを変えた。
「ところでお前、連れの人間はどうさせているんだ?」
「え、外でお茶飲んでもらってるけど……」
自分の要望が通ったという安心感で気の抜けているアベルは彼の問いかけの意図をはっきりと読み取ることが出来ず、問われるがままに答えてしまう。何の考えもなしに脳の検閲を通さないままうっかり答えてしまったこれが命取りとなる。
「ほう、お前連れの人間がいるのか」
彼の一言でハッとして目を見開き口元を押さえるアベル。彼の荷物が一人旅の荷物としてはどうも多いことに違和感を覚えていたギルディは話の終わったタイミングで鎌をかけたのだ。絶妙なタイミング。アベルに抗う方法などない。緩み切っていたアベルにはさすがに見抜くことが出来ずに反射的に答えてしまった。
答えた本人は焦りで言葉が発せなくなり、身体が固まる。商隊の人間がほとんど死んでしまい悲壮感漂う旅になるはずの道のりで女の子を同行させ楽しい旅をしていた。白い目で見られることになっても仕方ない。本人はそう思っている。
「ま、お前が誰とこっちに来てようが別に構わん。とりあえずここに連れてこい」
「あ、はい」
ニタリと笑ったギルディはアベルに連れの人間、つまりラケルを連れてくるように要求する。彼の言葉に抗いがたいナニカを感じたアベルは、機械的に返答すると立ち上がりラケルを連れてくるために部屋を後にした。
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