第7話 ソードマン・バック・ホーム

「よぉーし……」


 全ての顛末の報告を終え支社にて一泊したアベルは既に旅支度を終え、支社の裏手に立っていた。背中には剣を背負い、ボロボロだった服は支社に余っていた洋服で整えている。回収した金品は昨日のうちに金に換えており、これからの旅に必要なものを最低限購入していた。それを詰めた袋を肩から下げ彼の姿は今までの質素な商人とは違い、まさに一端の旅人といった格好であった。


 起きたばかりで凝り固まった体を伸ばしてほぐし、動くための準備を軽く終えたアベル。昇りかけの太陽に視線を向けるとアベルは大きく一息吐いて口を開く。


「行くか」


『ああ』


 アベルは本社のあるユクリタに向けて歩み始めた。
























 支社を出発してから約一週間。太さだけでアベルの身長ほどありそうな巨木の乱立する森の中を進むアベルは順調に本社への歩みを進めていた。特に盗賊などの暴漢に襲われることもなく、たまに襲い掛かってくる魔獣もアベルの身体を使うヴィザがその剣の腕でいとも容易く討伐してしまう。人里を順調に渡り歩きながら進む彼の旅は順調そのもの。旅の順調さに手ごたえのなさすら感じているアベルは道を進みながら大きく溜息を吐いた。


「俺さ、一人旅するの初めてなんだがこんなもんなのか?」 


 呟いたアベルの言葉に脳内で声が響く。


『んなわけあるか。もとよりこのあたり一帯は昔から魔獣の発生も少ない平和な場所だ。その恩恵を受けてるだけに過ぎない。こっから少し遠出しようものなら魔獣はうじゃうじゃ現れるぞ』


「そっか……」


 か細い声で自分の無知を反省するアベルに向かってヴィザは追撃を駆ける。

 

『そもそもお前は少し不用心すぎる。周りの警戒もしないでただテクテク道を進んでるだけ。こういうあからさまな道ってのは盗賊や魔獣が狙いやすいんだ。嘘でもお前は俺の所有者なんだ。そのことをもっと自覚しろ』


「だけどなぁ……。正直未だにお前が伝説の英雄が振るった神剣だってのが実感湧かないんだよ。いや、神だってのは出てるオーラとかで分かるんだけどよ。実際に持つと実感湧かないっていうか。魔獣と戦うっていうのもいまいちパッとしないっていうか……」


 アベルの口から出たのは今彼が抱えている悩み。ある日突然魔獣に襲われたかと思えば、この世に十振りしかない神の武器を握ることになり、魔獣と戦うことになる。このあまりにも現実離れした現実を彼はまだ受け止め切ることができていないのだ。


 アベルはそこそこ頭がよく、叔父のおかげでそこそこの教育を受けることが出来ている。仕事柄状況の変化にもそれなりに対応できるだろう。総じて突然の事態に対しての対応力は高い方であるといえるだろう。しかし、彼の抱えている現実は受け止め切れないほどにあまりに巨大であった。神の武器を手に入れるというのは戦いに身を置くものすべてがそれを願い、叶えようと必死で努力する。それでも多くの物は手に入れることを叶えることが出来ないまま死んでいく。神装を手に入れるというのは砂漠の中から一つの角砂糖を探すのと同じくらい困難な出来事なのである。そんな事実をアベルはまだ受け入れることが出来ていない。


 しかしヴィザはそんな彼の悩みを鼻で笑う。まるで彼を嘲るかのようなその笑いを鼻から吐き出すと、そのままの様子で言葉を紡ぐ。


『馬鹿かお前は?』


「なっ!? お前少しはさぁ……」 


 そのあまりのいいように反論しようとするアベルであったが、ヴィザはそれを遮るように言葉を続ける。


『いいか? この際、お前の足りねえ脳みそでもわかるようにはっきり言ってやる。そこいらの有象無象の凡骨程度に俺が力を貸すと思うか? たとえ偶然でも、まぐれでも、お前がどんなに馬鹿でも。嘘でもお前は俺に認められたんだ。何度でも言うが俺に選ばれたことをもっと自覚しろ』


「お前……」


 ヴィザの説得に思わず声を上げるアベル。そんな彼を見てヴィザは深層世界で満足げに鼻を鳴らす。しかし、アベルが考えていたのはヴィザの言葉の内容ではなく、その中の一部であった。


「そんなに馬鹿馬鹿言わなくてもさぁ……。俺そこそこ頭いいよ?」


 わざわざ自分の伝えたいこととは違うに目をつけた天然爆発男のアベルに唖然とするヴィザ。深層世界内で額に手を当てたあヴィザは十数秒黙り込んだかと思うと、小さく溜息を吐き言葉を漏らした。


『やっぱりお前は馬鹿だよ。それも飛び切りの……』


 呆れ声で声を響かせたヴィザに反論しようとする口を開こうとするアベル。しかし、その反論が実際に行われることはなかった。その前にヴィザの逼迫した声が響く。


『おい、近くに魔獣が来てる』


「わかった。頼むぞ」


 その言葉とほぼ同時に身体の主導権を譲り渡そうとするアベル。それに対して少しのラグの後にヴィザが身体の制御権を手に取った。身体の主導権を握ったヴィザは背中にかけた剣を引き抜くと即座に身体の前で構える。そして迫りくる魔獣に対して意識を集中し、来る襲撃に備える。


 ヴィザが意識を集中して十秒もせずに魔獣の姿が視認できるようになる。数は三体、周りに他の魔獣がいるわけではなく山犬のような姿をした三体の魔獣はヴィザの方に向かって駆けている。


 しかし、魔獣の様子がどこかおかしい。まるで何かを追いかけているかのように視線を固定し、お互いに視認できる距離であるにも拘らずヴィザに対し一切視線を向けようとしない。魔獣の前に一体何があるのか。そう思ったヴィザは魔獣の先を注視した。


『ヴィザ、人だ! 人が襲われてる!』


「見えている! 皆まで言わんでいい!」


 彼の視線を通して情報を得たアベルは咄嗟に声を上げる。しかし、そのことはヴィザ本人だって理解している。彼の言葉を軽く受け流したヴィザは即座に行動を開始する。迫る魔獣に向かって突撃すると、剣を体の側面に回し振りかぶる。そこまでしたところで魔獣もヴィザの存在し気づき動揺したように牙を剥いた。


 しかし、その時点でヴィザは剣の間合いに魔獣を入れている。いまさら行動を起こしたところで時すでに遅しである。ヴィザは振りかぶった剣を横薙ぎに振り抜くと魔獣の前右足を両断する。支点の一つを突如として失った魔獣は走る勢いを抑えることができず、そのまま前のめりに転倒する。その後の彼の行動はない。魔獣が行動を起こす前にヴィザは振りかぶった剣を魔獣の首元に振り下ろし、頭と胴体を泣き別れにしたからである。身体を二、三度ビクビクと震わせた魔獣はその後ピクリとも動かなくなり絶命する。


 しかし、まだ終わりではない。まだ二体残っている。今までヴィザに一切の関心を見せなかった二体の魔獣は仲間がやられたことを一瞬で理解すると、急停止しヴィザに牙を向けた。


 が、何百年、何千年と魔獣との闘いに身を投じてきたヴィザからすればたった二体は生温い。噛みつこうと口を打ち出してきた魔獣の牙を紙一重で回避すると首元に刃を跳ね上げる。分厚い毛皮に守られているとはいえ神装の切れ味の前には薄紙に等しい。傷口から血を吹き出す魔獣の首。さらにそこに追い打ちを加えるようにヴィザは振り上げた剣を振り下ろし、背中に打ち付けた。その衝撃で背骨が折れた魔獣は力なく地面に身体を叩きつけた。


 残された最後の魔獣は、討たれた二体の魔獣を糧にして最高のチャンスを手に入れていた。ヴィザの背後から

襲い掛かる魔獣は右の前足を振り上げるとその鋭い爪をヴィザに向かって振り下ろした。下手な鉄すら斬り裂けそうなほど鋭い爪は当たれば人間の肉体など容易くえぐり取るだろう。


 しかし、それは当たればの話である。背中に目がついているかのように魔獣の攻撃に反応したヴィザは振り返ると同時に剣で爪を受け止める。一瞬爪を受け止めたヴィザはそのまま爪を刃の上で滑らせる。あまりにも短いつばぜり合いを終えたヴィザは剣を翻すと、受け流されたことで体勢を崩した魔獣の胸元に剣を突き出した。矢のように鋭く跳ぶ突きを魔獣は回避することが出来ず、胸元を貫かれる。心臓まで届いたその一撃。さらに刺さった剣が捻られ傷口が大きく広がるとヴィザはそこから一気に剣を引き抜いた。傷口から血を吹き出した魔獣は心臓の停止を感じながら倒れこんだ。




















 瞬く間に三体の魔獣を討伐したヴィザが剣についた血を払っていると、アベルから催促するような声が響く。


『おい、終わったろ!? だったら早く返してくれ!』


「そう急かすな。言われんでもすぐに返す」 


 その言葉とともにアベルに肉体の操作権が返還される。肉体を取り戻したアベルは真っ先に魔獣の身体の先に視線を向ける。そこには魔獣に襲われていた人間が横たわっている。死んでいるかのようにピクリとも動かない。剣を背中にかけたアベルはすぐさまその人物のもとに駆けより抱き上げた。


「おい! 大丈夫か?」


 抱き上げると同時に呼び掛けるアベルは抱き上げた人物の身体を確認した。体中擦り傷や切り傷でいっぱいだが、重症になるような傷は見受けられない。幸いに命にかかわるような状態ではないらしく眠るように静かに呼吸を繰り返している。

 

 とりあえず命に別状がないことを確認したアベルは安心しほっと息を吐く。だが。すぐに気持ちを切り替え疑問を口に出す。


「しかし、なんで女の子が一人でこんなところに……」


『さあな。ただ、人間は魔獣の恐ろしさは本能に染み込むほどわかっているはずだ。それでも一人で行動させるってことはまずまともな理由では無いだろうな」


 脳内に響く声も併せて腕の中で眠る少女を見つめるアベル。明らかにか弱い彼女が一体どのような経緯で魔獣に襲われていたのか、悲しみの中で考えるが、そんな彼の思考に割り込む形で脳内に声が響く。


『ところで助けたがそいつどうするんだ? 見捨ててこのまま進むか? その方が余計なお荷物抱えなくて済むかもしれないぞ』


「んなわけあるか。とりあえず起きるまでここにいるよ。そのあとは事情を聴いて……」


『まさか旅のお供にでもするのか? 自分のことでカツカツなのにどんな爆弾抱えてるかもわからないやつを引き入れるのか?』


「問題があるからって放ってはおけないだろ」


 暗に置いて行けというようなヴィザの言葉を一蹴したアベルは一度少女を下ろすと背負っていた袋を枕代わりにして寝かせる。あとは彼女が起きるまでしばらく待っておけばいい。その間手持ち無沙汰になったアベルはぼんやりと空に浮かぶ雲を眺め続けるのだった。


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