第6話 ソードマン・イズ・バック
廃墟と化した城砦内を彷徨いながら、襲われた場所に戻ろうと歩みを進めるアベル。とうとう彼は商隊と魔獣たちがぶつかった戦場だった場所へと舞い戻る。が、そこには既に地獄のような光景が広がっていた。
魔獣に襲われ食い殺された人間だった存在の臓物や肉片。逆に人間の儚い抵抗で命を散らしその巨躯を横たわらせる魔獣の死骸。既に見る影もなく瓦礫と化し、風景に溶け込んでいる荷馬車。そして足の踏み場もないほどに辺り一面を覆う大量の血液。つい先ほどまで見えていた石畳など欠片も見ることが出来ない。まさに血の海と化した現場を見て、アベルは目を逸らすように顔を抑えた。
『ひでえもんだ。パッと見る限り生存者はゼロ。まさか栄華を極めた相棒の町がここまでの魔獣の巣窟になってるとは』
過去を振り返り思い返すようなヴィザの声を聴いていないかのように返答もなく黙り込むアベル。そんな彼に対してヴィザはさらに言葉を続ける。
『さてどうする? 居るはずもない生存者でも探すか? それともそこらから金目のものでも調達するか?』
わざとらしく挑発するような口調で問いかけたヴィザ。それに対して何も答えないままフラフラと歩き始めたアベルはそのまま辺りに散らばる死体を手に取った。
『おいおい。まさか死体の処理かよ。見ただけでも三十体近い死体を埋めるのか? お前一人でか?』
「……俺以外にやるやついないだろ。それに俺がやらなきゃ彼らが報われない。だろ?」
『まあ、八割の確率で魔獣に掘り返されて食われるだろうが、お前がやりたいのなら好きにすればいいさ。ただし、俺をスコップ代わりに使うなよ』
「わかってるよ。幸いそこらに代わりになるものは転がってる。それ使わせてもらうさ」
そういうとアベルは落ちている剣を拾い上げ近くの土を掘り返し始めた。いつ終わるかもわからない穴掘りと死体運びをアベルは黙々とこなし続ける。気が遠くなり、狂いそうになる果てしない作業であるにも拘らず続けるアベルがその最中、ぽつりと呟いた。
「あの人、大丈夫かな……」
今の彼の脳裏にあったのは先ほど身代わりとなり逃がそうとした妻子持ちの男。彼が埋めている死体の中に彼の顔はなく、影も形も見当たらない。判別が不可能なほど損傷した死体もあり、その中に混じっている可能性を考えると死んでいる可能性は高い。が、子供の誕生日のことを間近で話していたということもありアベルは彼が生きていることを願いながら死体を掘った穴に埋めていく。
そうして傾きかけた太陽が地平線の彼方に沈み込んだところで彼の作業は終了する。無念にも殺されてしまった彼らに対して黙祷を捧げたアベルは後ろ髪を引かれながらも気持ちを切り替える。
「さて、と……」
『さあ、これからどうする?』
立ち上がり手慰みに周囲を見回したアベルに問いかけるヴィザ。彼の問いかけにアベルは今後の予定をもって答える。
「とりあえず会社に報告に行くよ。こんなことになっちまってこのままじゃ誰も報告できないんだから。幸いちかくに支社がある。そこの通信機を使わせてもらって報告をしよう」
『ここからどのくらいの距離なんだ?』
「歩いて……、おおよそ三日ぐらいだな。本社は……、二週間くらい、下手すりゃもっとかかるかも」
『じゃあ先立つものも必要になるだろうな。そこら中に転がってるぞ』
ヴィザの言葉にアベルはチラリと周囲に視線を送る。先ほど死体を埋めた場所の近くには彼らが持っていた財布や貴金属、護衛の戦士が持っていた剣や魔道具が置かれている。それらを使えばまとまった金を手に入れることができるだろう。そうすれば本社までの道のりで安定した生活を行うことができるだろう。
しかし、アベルはそれに手を付けることを悩んでいた。視線の先に置かれているそれらは彼のものではない。いくら所有者がいなくなったとはいえ、それを自分のものとして扱っていいものか迷っているのだ。
だが、そうもいっていられない事情もあった。もともとお手伝いとして叔父のもとで働いている彼は労働の対価として最低限の分の金額はもらっているものの、それでも大した額はもらっていなかった。アベルの懐は寒々しく、とても二週間まともに生活できる金額ではない。
手を伸ばし、引っ込める。手に取っていいものか迷うアベルはこの行動を繰り返す。良心と現実の間で揺れ動きながらこの行動をいくらか繰り返したところで彼の脳内に声が響く。
『悩むくらいなら取っとけ。死体埋葬の報酬程度に思っておけ。お前が死んだら埋めてもらったあいつらも浮かばれんぞ。第一道中でお前に死なれたらこっちが困っちまう』
彼の言葉でそれらを使うことに前向きな気持ちになるアベル。悩みに悩んだ彼はついに決断する。彼の答えはそれらを手に取ることであった。必要な分だけ選択してそれを手に取るとそれを近くにあったず他袋の中に放り込んでいく。すべて入れ終わったアベルは次に体の傷の応急手当てを始める。傷は多く、噛みつかれたところの傷は特に深いが今まで動くことができたため、命に別状はない。むしろヴィザに無理をされたときのダメージの方が重い。
戦士が持っていた回復薬や馬車に常備されていた包帯などを使って治療を終えたアベルはようやくこの場を離れるために算段が付いた。金品の入った袋を背負うようにして持ち上げ立ち上がる。
「よし、じゃあ行くか。魔獣が出てきたら頼むぞ」
「……まあとりあえずはそれでいいか」
「なんだ、ずいぶん歯切れの悪い返答だな? まあ、いいか。それじゃあ本社に向けて出発進行~」
気の抜けたような声を挙げながら歩き始めるアベル。ここから本当の意味での彼の戦いが始まろうとしていた。
三日後の夕方。魔獣の巣窟を抜け街道を進んだアベルはようやく出発地点であった町の支社に帰還する。オルガノ城砦付近では魔獣に襲われることもあったが、ヴィザの剣技もあり無事に通り抜けることが出来た。その後の街道では魔獣に襲われることのない平和な道のりであり、つい先日の魔獣に襲われた出来事が嘘だったかのようであった。しかし、背中に背負う剣や袋が嘘ではないことを如実に示していた。
支社に入るとそこにいた人間がアベルに通信機を貸与した。何の疑いもなく通信機を貸してもらうことが出来たのは彼が社長であるギルディの甥っ子であり、ある程度支社にも顔が知られていたのも大きい。
貸してもらった通信機で本社に通信を掛けるアベル。彼の通信にまず応じたのは通信機を預かる事務職員。社長であるギルディに変わってほしいと告げると、少々お待ちくださいという声とともに通信機から声が消える。
それから数分と経たないうちに通信機から事務職員の声ではなく聞き覚えのある男の声が聞こえてくるようになる。
「今変わった。ギルディだ。どうかしたか」
「叔父さん。俺だ、アベルだ」
「……どうした。お前はカミスの商隊とギヤルに商談に行ってたはずだが……。あっちについてどんな急いで戻ってきても今日支社から通信を掛けることはできないはずだ。何があった?」
ある程度状況を推測したであろうギルディの重い声を聴き、先日の一件を思い返したアベルは体を震わせる。そして震える声で彼らの身を襲った事件の詳細について話し始めた。彼の言葉を聞いたギルディは通信機の向こうで額に手を当てる。
「あぁ……、クソッ。やっぱり辞めておけば……」
涙ぐみながら後悔の涙と自分への怨嗟の声を上げるギルディ。しばらく黙り込んだところで再び口を開く。
「生き残ったのはお前だけか?」
「わからん。死体埋めたときにはなかった顔も何人かいたから生きてるやつもいるかもしれないけど……」
「ああ、確率は低いだろうな。あいつらには悪いことをしちまった。あいつらの家族にはそのことを言って補償を渡すことにする。とりあえずお前もこっちに戻ってこい。色々話もある」
「ああ、俺からも話したいことがあるんだ」
「ああ、それじゃあな。悪いが事務の奴に変わってくれるか」
その言葉を最後にアベルの耳からギルディの声は遠ざかる。事務職員に通信機を渡したアベルは外の空気を吸うために支社の外に出る。既に外は夜の帳に包まれかけており、月の光も弱い今ではまともに道行く人の顔すらまともに見えない。そんな中で冷たい空気を吸うアベルの脳内に声が響く。
『どうして俺のことを言わなかった? 俺に選ばれたといえば話はすぐに終わるだろ』
ヴィザの問いかけに呆れたように溜息を吐いたアベルは脳内の声に答える。
「あのなぁ……。そもそも本題がずれてるよ。俺は別にお前に選ばれたことを報告したいわけじゃなくて死んだみんなのことを報告しておきたかっただけだよ」
『だとしても俺に選ばれたことをお前は意図的に報告しなかっただろう。何が目的だ?」
「別に悪いことしようとしてるわけじゃないよ。単に話すタイミングがなかっただけであっちに付いたらちゃんとそのことも話すよ。でも話すタイミングがあって、叔父さんがお前のことを知ったとしても俺は一度本社に帰るつもりだ」
「叔父さんには十年近く育ててもらった恩があるんだ。直にあってお礼の一つも言わないなんて不義理に尽きるだろ?」
「律儀な奴だな。お前の好きにすればいいさ。お前には教えなきゃいけないことが山ほどあるからな」
「お手柔らかに頼むよ」
二人が会話を繰り広げていると背後から事務職員の声が響く。
「アベルさーん。今日は支社のほうで泊っていけって社長が~。お食事代も経費で落としていいとのことで~す」
「マジ!? よっしゃいいものたらふく食ってやるぜ!」
間延びした声が紡ぐ内容にテンションを上げたユウキは早速夜の町に向かって走り出した。
一方、時を遡ってアベルがヴィザリンドムと行動を共にしオルガノの城砦跡地を離れた翌日の事。悲劇の現場となったそこに十数人の人間がいた。
しかし、アベルたちの時とは趣がまるで違う。鎧を着こみ各々の武器を握り締め立つ彼らの周りには魔獣の死体が転がっている。その数おおよそ十数個。一匹いれば五人一組のパーティを壊滅させられるほどの力を持つ魔獣をこれほどまで屠る。彼らの力はそこらの戦士など比にならないほどであった。
そんな彼らの中心にいるのは小柄な女性。その身に不釣り合いな長槍を肩に担ぎながら周囲を見回している彼女のもとに男が駆け寄ってくる。
「隊長~。恐らく襲われた商隊の生き残りとその護衛と思しき人間を見つけましたよ~。保護したうえで飯食わせてま~す」
どこか軽薄で間延びした声を聴いた小柄な女性はその報告を聞き男に視線を向けると短く声を発する。
「そうか……。引き続き辺りの調査を。あと何度も言っているがその気の抜けた言葉遣いをやめろ」
「こりゃすんませんでした~。以後気を付けますね~」
反省しているのかしていないのかわからない返答を返し離れていく男の後姿を見て額に手を当てながら溜息を吐いた。何度言っても直らない彼の言葉遣いに呆れるのは何回目かを考えようとした彼女であったが、数えるのがバカらしくなり、思考を切り替えるためにブンブンと首を振った。そんな彼女の脳内に声が響き渡る。
『ミリ。この地下に私と同じ存在がいたことは知っているな?』
「ああ、伝説の英雄アグリスとともに戦った魔神剣だな? 何らかの理由があってアグリスが死んでからの間誰も受け付けなかったらしいが。ところで昨日妙な感覚を覚えた。明確に言葉にするのは難しいがまるで何かが目覚めた、ような感覚を、な」
『なるほど。感じていたなら話は早い。奴はこの場を離れて別の町に向かっているぞ」
「なるほど。ならば早いところ捕まえてこちら側に引き込まねばなるまいな」
脳内に響く声に返答した女性はニヤリと笑みを浮かべると肩に担いだ長槍を横薙ぎに振る。風切り音とともに振られる槍。が、彼女はただ槍を振っただけではない。振ったと同時に周囲に広がった風が魔獣の死体に当たると同時に魔獣の死体がメラメラと燃え始める。燃料もなしに燃え続ける魔獣の死体は三十秒と経たないうちに真っ黒な灰と化し、風に乗って周囲へ散らばっていく。
「すぐに出発をするぞ!」
女性の一声で周りにいた男たちがワタワタと動きを早くしていく。その中でマイペースを貫いているのは先ほど叱責された男くらいの物だろう。
十分と経たないうちにすべての荷物をまとめたその集団は女性の号令とともにオルガノ城砦跡を去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます