第5話 ソード・イズ・ゴッド

「ナーハッハッハッハ!!!」 


 アベルの身体で高笑いを上げる神装に宿る神、ヴィザリンドム。肉体の制御を明け渡しているアベルはいまいち状況を掴めておらず、高笑いを上げるヴィザリンドムに問いかけた。


「なああんた、本当に神装の一振りなのか?」


 アベルは肉体の内にある深層世界で高笑いを上げている彼に問いかける。その言葉を聞き響き渡っていた高笑いがピタリと止む。それとほぼ同時のタイミングで深層世界のアベルの前に先ほどのヴィザリンドムの肉体が姿を現す。


「バカか貴様は。さっき俺が手ずから名乗ったであろう? 十柱のうちの一柱、魔神剣ヴィザリンドムであると。貴様に耳が、もとい理解する頭がないのか?」


 荒っぽい口調と彼から発せられるオーラにアベルは思わずたじろいだ。が、すぐに立ち直ると恐れを知らんと言わんばかりにさらなる言葉を紡ぐ。


「いや……、こんなところにこんな貴重な、……神が眠ってると思わなくてよ。オルガノの領主が伝説の剣士で、神装の使い手だったっていうのは本で読んだけど……」


 つい貴重なと言いたくなったのをぐっとこらえ、神という単語に切り替えながら話すアベル。そんな彼の問いにヴィザリンドムは答える。


「そもそも俺だって不満さ。前は豪華絢爛、まさにこの俺が祭られるにふさわしい場所だったもんだが、ちょっと目を離したらこんなオンボロだ。全く管理する奴は何をやっている!」


「そりゃそうだろ。オルガノは三百五十年前に滅んで、今じゃ誰も寄り付かない廃都市だ。管理する奴なんて最初から存在してねえよ」


「…………何?」


 一瞬間を開けて戸惑ったような声を上げたヴィザリンドム。


「ちょっと待て。さっきもアグリスが使い手だったって言ってたな。俺が目を離した間に何年経ってる」


「えっと……。今が神聖二千八百二十二年だ。で、オルガノが滅んだのは三百五十年前、伝説の英雄アグリス・ギリーレイトが死んだのはもう三百五十五年も前のことだ」


 アベルの言葉を聞いたヴィザリンドムは頭を抱えた。彼が放つ神々しくずっしりと重い真正の神性から微かに悲壮感のような漏れ出す。二人だけの深層世界にしばらくの静寂が流れる。しかし、その静寂は作り出した本人によってすぐに破られる。


「……あのバカ。この俺様に死に際すら見せねえとはとんだ不敬もんだ……」


 口調とは反対に声色は弱い。相棒の死を悲しむという人間のような一面を見たアベルは驚きともともとの静寂を破れないという気持ちで続けて黙り込む。しかし、再び訪れた静寂を壊したのもまたヴィザリンドムであった。


「まあ、いい。ともかく奴は死んでともに作った王国も滅んだと」


「ああ。ここはもう魔獣はびこる廃墟だ」


「ともかくこんな埃クセえところから出るぞ。気分が悪りい。それと、あんなボロボロの身体も返すぞ」


 彼の言葉とともにアベルの意識が彼の意思と関係なく深層世界から表層世界へと浮かび上がっていく。と同時に肉体の制御が元に戻り彼は体の感覚を取り戻していく。


 ところで今の彼の身体は魔獣に襲われた傷とヴィザリンドムが無理やり動かしたことでガタが来ている。常人であれば動くどころか死んでいてもおかしくないほどの傷である。そんな状態でアベルが肉体の感覚を取り戻したらどうなるか、想像に事欠かない。


「ハッ! アアァァァ!?!?!?!?」


 再び甦る傷の痛みに悶絶しアベルは地面を転げまわる。最も深い肩口の傷を押さえながら転げまわる彼を見てヴィザリンドムは呆れたように声を上げる。


『お前……、俺はこんなところに長居はしたくないぞ?』


「ごめんちょっと待って……。マジで動けん……」


『軟弱だな。回復の一つもできんのか?』


「俺は今まで戦闘なんて皆無の世界に生きてきたんだよ……。ガチの戦士と一緒にされちゃ困る……」


 呻き声とともに反論するアベル。しかしいつまでもここで寝転がっているわけにはいかない。まずはここから出なければどうすることもできない。それこそ商隊の面々の安否や外の様子の確認すらできないのだ。


「グ、オオォォ……」


 アベルは苦悶の声を上げながら剣を杖にして立ち上がる。


『おい、俺をそこらの杖と一緒にするな』


 剣から彼の脳に向かって不満の声が届くがそんなこと気にしていられない。よろよろと立ち上がったアベルは杖を支えにしながら息を整えていく。


「ふう……」


 呼吸を整えたアベルはまず頭上に視線をやった。自分が落ちてきた場所、玉座の間。アベルの立つ地面からその穴まではかなりの高さがあり、とてもたどり着けたものではない。即座にそこからの脱出の考えを捨て別の場所からの脱出を試みる。ほとんど光のない中周囲を見回し何か手掛かりがないか探していると、一つの入り口のようなものを見つける。


「なあ、あれは?」


『ん? ああ、あれはお前が落ちてきた穴と違って正式な通路だ。あそこを通れば上に出られる』


「道分かるか?」


『二百年前と変わってなけりゃな』


「じゃあ決まりだな」


 剣を片手にアベルは通路の中に足を踏み入れていく。が、すぐに壁からこぼれたがれきに足を引っかけたたらを踏む。


(クッソ……、暗すぎて何も見えん。これじゃまともに歩けないな)


 が、そんな彼の悩みはすぐ解決することになる。アベルの足元がほんのりと光を放ち始めるのだ。おかげではっきりと足もとが見えるようになり視界の先、通路の奥も何となく認識できるようになる。アベルは突然のことに反射的に光源を探す。光源となっているのは彼が持っている剣。それが光を放っているのだった。そのことを問いかけようと口を動かしたアベルより先にヴィザリンドムが話始める。


『勘違いするな。お前にダラダラされちゃいつまでたってもこっから出られん。そうなったらこっちも迷惑になるんだからな』


「そうか、何でも構わねえ。助かるよ」


 アベルはテンプレのようなセリフにあえて何も言うことなく感謝の気持ちを伝える。文字通り触らぬ神に祟りなしである。


『そこ右だ。そのあとは二本先を左に曲がれ』


 脳内に響く声に従いながら狭い道を進んでいくアベル。その中で彼はふと思ったことを問いかける。


「そういえば、お前はこの後どうするんだ?」


『どうするもクソもない。嘘でもお前に力を貸してやると言ったんだ。お前はこの俺のありがたい言葉を無碍にするとでも?』


 それは事実上、アベルに剣の力をもって魔獣たちと戦えと言っているのと変わらない。しかし、アベルは今まで戦いとは無縁の生活を送ってきた。魔獣を追い払うために弓を握ることはあったが、自分から魔獣を殺しに行ったことはない。そんな彼がいきなり戦士になれと言われてもそうそう納得できるものではなかった。


「俺は……」


 脳内の言葉に言葉を濁すアベル。そんな彼の戸惑いを一瞬にして打ち壊す言葉が脳内に響き渡る。


『それにお前、一人でここに来たわけじゃあるまい。今までに誰かが魔獣に食い殺されるのを見てきたろ。これからも黙ってみてるつもりか?』


 そんな彼の言葉にアベルは肩をビクリと震わせ黙り込んだ。今の彼の脳裏にあるのは目の前で魔獣に食い殺されていく商隊の面々など。確かに自分が剣を振るい、それで救われる人々がいるのであればそれで構わない。しかし、それでも踏ん切りはつかず、決めかねていた。


「……考えとく」


『考えとくじゃねえ。とっとと決めろ』


 声を荒げるヴィザリンドムを他所にアベルは足取りを速める。と同時に話を変えようと別の話題に切り替える。 


「ところで、お前のことは何て呼べばいい?」


『あん? 決まってるだろ。ヴィザリンドム様だよ。それ以外に何があるってんだ』


「いや、それだと長いだろ。咄嗟にしゃべれないし」


『不敬な奴だな。口調といい俺を愚弄しているのか。……まあいい、好きに呼べばいい』


「じゃあ頭とってヴィザだな。この方が短いし何より親しみやすい」


『ヴィザか。ヴィザ、ねえ……』


 何かをかみしめるようにあだ名を何度か口に出すヴィザ。その様子に気づいたアベルは声を上げる。


「ヴィザ?」


『なんでもねえ。まっすぐ行って突き当りを右に曲がれ。その先をひたすらまっすぐ進めば地上に出られる』


 しかし、返ってきたのはそっけない返答と端的な道案内。しかし、道案内の内容がいい内容であったため、アベルは元気を取り戻し足取りがさらに早くなる。


 突き当りを右に曲がり真っすぐに歩いたアベル。とうとう地上に上がるためと思しき階段にたどり着く。しかし、その先には締め切られた扉が存在していた。扉自体は鉄製、鍵が三つもつけられており、壊すのはかなり厳しい。


「どうする? 他の出口ってあるのか」


『ここしかねえ。どうにもできねえならとっとと変われ』


 アベルはヴィザの言葉とともに深層意識に引き込まれ肉体の制御を失う。それと同時にヴィザが肉体の制御を握る。身体の調子を確認したヴィザは扉に対して半身になると、手に握る剣を胸の前まで持ち上げ、もう片方を扉に向ける。それと同時に身体を弓のようにしならせ切っ先を扉に向けた。


 身体全体を弓のようにしならせ、扉に狙いをつけたヴィザ。次の瞬間、彼は勢いよく剣を扉と壁の間に向かって突き出した。その速度は本当に矢が打ち出されたかのよう。勢い良く打ち出された剣は扉と壁の両方を抉りながら隙間に入り込む。


 扉の厚さよりも深く突き刺さった剣。だが、ヴィザは扉と壁の間に小さな穴をあけたかったわけではない。当然、これで終わりではない。


「ガアッ!」


 雄たけびとともに突き刺さった剣を上に斬りあげると、直後に剣を振り下ろす。当然、剣とただの鉄製のカギでは強度に明確な差がある。これらの三動作で扉を固定していた鍵はいとも容易く真っ二つに切り裂かれる。二つに分かれた扉は今や蝶番と鍵で簡単に止まっているだけである。少し力を込めて引くなり押すなりすれば簡単に開くだろう。


 扉に手を掛けたヴィザはゆっくりと力を籠めると扉を押し込んでいく。同時に耳障りな音を立てながら鉄製の扉はゆっくりと開いていく。半分ほど開き身体が外に出られるようになったところでヴィザはすり抜けるように扉の向こうに出た。

 

「ブッ壊すのかよ……」


『ここはただの廃墟だろ? だったらぶっ壊しても問題ねえだろ。返すぞ』


 再びアベルに肉体の制御が戻される。と同時に身体に鈍い痛みが襲い掛かる。


「お前さぁ……。俺の体を無茶に使いすぎじゃないか?」


『お前の体はなかなか使い勝手が良くてな』


 にししという揶揄うような笑い声がアベルの脳内に響く。悪びれない口調で答えたヴィザに呆れたように溜息を吐いたアベルは扉の向こうに足を踏み出した。その先は城砦の中のどこからしく、遠くで響いた魔獣の遠吠えが響いている。


「とりあえず……、みんなの馬車のところに行かにゃ……。そのあとのことはその時考えるか」


 そう呟いたアベルは城砦の廊下を歩き始めた。

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