エピローグ・少しだけ未来ある惑星
第3話・女だけの惑星〔ラスト〕
ラブは、睡眠カプセルの中で眠っているユリの脳波が、ノンレム睡眠の深い睡眠段階──デルタ波に移行したのを確認してリズに言った。
「リズ、ユリの【肉体改造】が終了したら、いよいよ計画の最終段階に移行するから……サポートをお願い」
「承知しました」
ラブは、何も知らずに眠っているユリの専属医療システムを、ハッカーして違法な医療指示を入力した。
「眠っているユリの子宮と卵巣に、あたしの肉体に施したのと同じ処置を」
◇◇◇◇◇◇
ユリは緊急事態発生音に目覚めた。
「なに? いったい、なにが起こった?」
睡眠カプセルから飛び起きたユリは、足早に操縦室に向かう。
操縦室にはモニターを見つめている、ラブの姿があった。
「どうしたの? 移民の人工冬眠システムの異常を知らせる、警報音が響いているけれど」
ラブは何も答えない。
ユリが人工冬眠の生命維持システムを確認する。
生命活動を示すレッドから、生命活動停止を伝えるブルーに次々と変わっていく、移民の人工冬眠カプセル。
男と女の人工冬眠部屋が青色に変わっていく。
「なにこれ!? パスワードがロックされている! 生命維持システムの停止が解除できない!」
数十分後──人工冬眠の、すべての生命維持システムが停止して。人工冬眠室は青一色になった。
愕然とするユリ。
「そんな……移民が全員死んだ……惑星『ビアン』を目の前に、移民船の中で生きている者は……」
船内の生体探査をするユリ。
操縦室に二つ……ユリとラブ。そして、食料培養室に大量の生体反応が。
モニターのカメラで培養室を見た、ユリは愕然とする。
そこには、培養水槽の中に浮かぶ。同じ顔をした少女たちが浮かんでいた。
分裂途中の少女や、分裂して個体剥離しはじめている少女もいた。
言葉を失うユリ。
「なにこれ? ラブ! あなたがやったの? 説明しなさい!」
ラブの体をつかんで、強く揺するユリ。
ラブが言った。
「惑星『ビアン』に到着したら、移民船の人たちが目覚める……ユリも他の人……オスのモノになるかも知れない、そんなの耐えられない! ユリはあたしだけのモノ……オスや他の女性にユリの体と心が、汚されるなんてイヤっ!」
「あなた、自分が何をしたのかわかっているの! 人類が数世代に渡って進めてきた、移住計画を台無しにしたのよ!」
「そんなの関係ない……先人が移民船に何を託したのかなんて、あたしには関係ない!」
ユリに抱きつき、唇を強引に奪うラブ。
「うぐっ……ラブ……あなた、いったい何を言って」
「ラブは、同性のユリが好き……オスなんていらない!」
「女二人だけでどうするのよ……惑星に降り立っても、女だけでは子孫は残せない」
「それも、ちゃんと考えてある……ユリと、私の体に特殊な処置を施した……卵子同士で、受精可能な生殖システムに体を作りかえた……もう、卵巣とし子宮で受精準備がはじまっている」
ラブの言葉に唇を震わせるユリ。
「勝手に、あたしの体を改造したの……なんてコトを。二人だけじゃ、どう考えても人類を増やすなんてムリでしょう!」
「だから、コピー・サピエンスの『サッホー』たちを作ったの……彼女たちの体は、あたしたちの遺伝子を持った受精卵しか着床しない……ユリ、惑星『ビアン』を、あたしとユリの遺伝子を持った人類でいっぱいにしよう……【サッホーからは、あたしとユリのコピーが生まれてくるんだよ】……そして、あたしとユリの体からも、単体生殖で自分のコピーが生まれるよ……あたしとユリの遺伝子を持ったコピーが」
微笑みながら恍惚とした表情を浮かべているラブに、恐怖するユリ。
(狂っている)
遺伝子の多様性がない、単体生殖は環境変化で全個体が絶滅する危険を孕んでいた。
その時──リズが言った。
「アフロディーテ号は、惑星『ビアン』の重力圏内に到達しました……数分後に大気圏突入します、着陸角度修正不能……このまた、不時着します」
「そんな! 惑星到着までは、まだ一ヶ月先のはず……まさか、あたしどのくらい眠っていたの? ラブ! あたしの生理周期に合わせて、睡眠プログラムを細工したわね! きゃあっ」
アフロディーテ号が大きく揺れて、移民船は惑星『ビアン』の大地へ急降下していった。
◇◇◇◇◇◇
アフロディーテ号が、惑星『ビアン』に不時着してから三ヶ月──不時着時の衝撃で、AIの一部が破損して使用不可能になった。
さらに、外壁の亀裂から船内に侵入した微生物が、食糧倉庫に貯蔵されていた食糧の一部を発酵させた。
(移民の中に微生物学とか食品学のエキスパートがいれば、対処もできたのに)
ユリは、微生物が繁殖した食糧倉庫内の、食糧を安全性を優先して、全部廃棄した。
悪いコトは重なった──ラブが惑星『ビアン』の、未知のウィルスに感染した。
体に紫色の染みが広がる疾患だった。
ウィルスはユリにも感染していた。
ウィルスに耐性がない、コピー・サピエンスの『サッホー』たちも次々と死んでいく。
リズが言った。
「未知のウィルスなので、治療方法が見つかりません……自力で免疫抗体を体に作る以外に助かる方法は」
日を追うごとに衰弱していくラブが、看護を続けるユリに言った。
「これは、身勝手に多くの移民人類の命を奪った。あたしへの天罰……でも後悔はしていない……ユリに、お願いがあるの」
「なに?」
すでにユリは、ラブの心を受け入れて、大罪を許していた。
「あたしを、粒子標本にして……ずっと、ユリの近くにいたい。あたしを愛して……一日でも長く生きて」
ユリは、ラブの願いを聴いて。ラブを銀色のレリーフに変えた……そして、五年の歳月が過ぎた。
朝になって、ねぐらの洞窟から出てきたユリは、昇るピンク色の恒星Lの眩しさに目を細める。
「一日、がんばって生きるからね、見守っていてラブ」
頬に残る、未知のウィルスに打ち勝った、蝶型の感染痕を朝日の中で撫でるユリ。
ユリの子宮には、未知のウィルスの影響なのか? こうなる事態も想定して、施された人体改造の産物なのか?
ラブが標本化して数年が経過して。
新しい命が宿っていた──ラブとユリの遺伝子を持つ子供の女児が。
「さて……今日は南の谷にでも行ってみるかな」
少しだけ、お腹の中に未来の希望が生まれた星で、最後の移民人類のユリは今日も狩りに向かった。
~おわり~
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