マリッジ◎マリッジ 2
――私は、マリッジ◎マリッジの次頁を捲った。
二〇〇五年晩秋、私は赤ちゃんを授かる。
このときは、住まいも
最初に判明したのは、妊娠検査キットを使用してのことだ。
「さすちゃん。妊娠したよ――!」
ただ、仕事中に、テレビ電話を使い、喜びを声にしたのがいけなかった。
「分かったから、メールにしよう」
「がーん。喜ぶと思ったのに」
「恥ずかしいだろうよ」
彼は真顔で照れていたようだ。
「よく考えたら、私もお恥ずかしいことをしてしまったわ。いやーん」
帰宅して、布団に入るとき話し合った。
「今度は、
「油断大敵だよ。慎重に行こうな」
そう誓った矢先のことだ。
夜、寝室にある卓袱台の上に、結婚指輪を置いたまま、眠ってしまった。
特にケースに入れるでもなく、裸のままだ。
そして、小鳥よりも早起きな彼が出て行った。
「ちーさん、おにぎりとサンドイッチ、どっちがいい?」
「サンドイッチがいいな……」
寝惚けながら答えて、二度寝をする。
うとうとと
「ん……。夕べの指輪が」
卓袱台に手を伸ばすも小さな金属が当たらない。
佐祐さんが買ってくれたお揃いのプラチナが、いつもならここにあるのに。
「――な。ない!」
肝を冷やした。
周りに落ちていないか、探す。
「ない、ないよ?」
佐祐さんは、いつも通り朝早く仕事に出て行った。
サンドイッチが置いてあるので、物悲しさが増す。
「結婚指輪が! ああ、どこに行ったの?」
初めての二人暮らしで、初めて求めた二人の指輪だ。
「さすちゃんは、今日も仕事でも身に着けてくれているよね。私、なんてことをしたのだろう」
反省している時間はない。
こうしている間に、どんどん見つけるのが困難になってしまう。
「貴方の手にはあって、私の手にはないものだもの」
随分と必死で探したけれども無かった。
「電話――。いや、メールしよう」
返信は直ぐに来た。
『俺が帰るまで待ってな』
彼が帰宅すると、申し訳なくて、合わせる顔がなかった。
「……ごめんなさい」
精一杯の気持ちを表した。
謝ったからと言って、この世に一つの『SASUKE to SHIZUE 1996』は、私の薬指にいない。
佐祐さんから贈られた、結婚の証が消えてしまった。
「いいよ、気にしないで。俺も探すから」
彼は私よりも
「どこか、思い当たる節はないの?」
「寝る前に指輪がきついと思って、ゆるめたの。高い所に置かないと失くすと思って、ここに……。絶対よ」
自分に縋ってどうする。
「暫く様子を見て、もしも、それでもないようだったら――」
「だったら?」
「買うしかないかな。勿論、二つ」
私は、自分のしてしまったことの大きさに、胸がずきずきとした。
「買うと言っても二人分?」
「そうだろうよ。ちーさんとお揃いではないと意味がない」
「どうして?」
「もう直ぐ、子どもを産むんだろうよ」
お腹には、佐祐さんの子どもがいる。
私は、まだ膨らんでいないお
命があるってこういうことなのか。
「何かあったとき、どうするんだ。出産でどちらを取りますかと言われたら、俺は母体を選ぶ」
彼は、口の周りを触りながら、続けた。
「勿論、無事でいることが前提だが」
――数日後、日曜日にジュエリーショップへ行った。
最初、隣の駅へ行き、デパートの六階を見て回った。
「だ、駄目だ」
「う、うん」
デザインは素晴らしい。
けれども、お値段が高いと言う訳だ。
「一駅、戻ろう」
「うん。それがいいね」
そこは、スーパーの入り口にあった。
お値段で怖い思いはしないが、安いとまでは行かない。
「どれがいい? ちーさん」
「え? 選ぶとかってありなの?」
「そうだろうよ。気に入ったのにした方がいいよ」
申し訳ないと思った。
こんな買い物は、普通ない。
二度も結婚指輪を買うなんて聞いたことあるのだろうか。
「どうしたの? 気になったものはどれかな」
「いいの?」
「話した通り、指輪がないのは困るだろう」
再び、彼は、口の周りを触りながら、続ける。
「俺が、困る……」
「――さすちゃん」
「指輪で別れたくない。俺たちの方が、大切だよ」
喉に込み上げるものがあった。
どうして、優しくしてくれるのか。
私が二十二歳で知り合ってから、ずっと好きな佐祐さん。
自分が思っているよりも彼の愛は大きいのだろう。
「石があるのがいいかな。この三つ並んだものが、可愛いな」
折角なので、前のと違うのを探した。
店員さんによると、メレダイヤらしい。
「いいよ。俺のは、石なしだしな」
そして、刻印を頼んで来た。
――暫くして、二度目の結婚指輪ができあがった。
私も幾分か落ち着いて来た。
「さすちゃんの指は、節が太くて指輪も大きいまるなの。私は細い指で、ジュエリーショップの方に驚かれたわ」
刻印を確認する。
「ふふふ、こんなに細い所に、『SASUKE to SHIZUE 2006』と『SHIZUE to SASUKE 2006』だって」
「よかったね」
自宅へ帰ると、佐祐さんと私の指輪を窓からの光に翳してみた。
きらきらとプラチナとメレダイヤが光りを散りばめた。
「綺麗……」
「そうだな、丸が二つで二重丸だな」
幸せ一杯の『◎』が、この胸にほわっと広がった。
今度は、家族三人分だ。
あの日、忘れないと誓った煌めきが、色褪せずによみがえる。
「ごめんなさい……」
「謝らなくてもいいよ」
マリッジリング二つ分で、彼のお仕事は何日分になるのだろう。
いつも夜明けに仕事へ行って、体を使って働いて、どんな思いで、この指輪を買ったのだろう。
◇◇◇
――私は、マリッジ◎マリッジの次頁を捲った。
それから、近場へ転居する日が来た。
「静江! 指輪あったよ」
同居していた母からの電話だ。
赤い壽の箱に、母が黙ってしまっていたらしい。
「見つかったけど、どうする? さすちゃん」
「知るか。俺だってはめていない方のがもう分からないよ」
なんて愚かなことよと、笑い飛ばすしかない。
「がーん」
――私のエッセイに綴られていたのは、誰かに似た顔だった。
生まれて来る子どもの笑顔だと思うと、切なくなって来る。
その子を抱き上げ、佐祐さんが泣き笑いしているようにも感じ取れる。
きっと、もう一人授かったのだろう。
「ちーさんは、子どもに恵まれたなら、病気もよくなると信じているよ」
いつも、佐祐さんが口にしていた。
「どうですか。結婚してから、二十六年目になります」
ご迷惑お掛けしてすみません。
お世話になってばかりです。
私の天然ぶりも変わらないようですが。
「あなたの優しさに触れられて、私は幸せです」
疲れて佐祐さんは眠っていた。
キスをしようと、頬に顔を寄せる。
「ありゃ」
目は開けないでください。
マリッジ◎マリッジ
Fin.
マリッジ◎マリッジ いすみ 静江 @uhi_cna
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