37.伴侶としての

 ディエ様の伴侶となって数日。

 朝も夜もディエ様と共に過ごす時間が増えた事で、夫婦という雰囲気も漂い始めたのではないだろうかと思っている。

 

 でも、慣れない。

 恥ずかしいし緊張するし、触れられるだけで呼吸が乱れる。心臓が爆発していない事が不思議だし、視線に宿る熱を感じるだけで胸の奥が切なくなる。

 好きという気持ちが溢れていった端から、もっともっと満たされて。ディエ様はよく「離してやれない」なんて言うけれど、離れられないのはわたしの方だ。



 いつもと変わらない日常を、わたしはお仕着せ姿で過ごしている。

 ディエ様はわたしのしたいようにさせて下さるし、ルカとリオと一緒に働くのはとても楽しいのだ。


 でも今日は、いつもと少し違うお仕事。

 神殿に運び込まれた品々を仕分けていくのを、三人で手分けしてやっている。


「ええっと……これは隣国の神様、ストローズ様からで……こっちが北の大地を守護するクラサイト様からの贈り物ね」

「神々も主様が伴侶を得られた事を喜んでいる」

「お礼状を書かなければ」


 各地を守護する神々から結婚のお祝いが続々と届いているのだ。

 とても有難いし嬉しいのだけど、どうして皆さんが知っているのか不思議に思ってしまう。思いのままに問いかけると、ルカは手を止めないままで教えてくれた。


「神は各々の状態、それから守護する地の状況などを共有しているそうだ」

「それで知ってらしたのね」

「私達が主様に仕えてからも他の神が伴侶を迎える事は一度あった。とてもおめでたい事だし、神の力は増すというから守護する地も栄えるだろう」


 二人がディエ様の神使しんしとなってから百二十年程が経っている。それだけ長い時間でも、伴侶を迎えるのは一度しかなかったのか。そう思うと、ディエ様にお会いする事が出来て、こうして迎えて頂いた事がとても珍しい事なのだと実感する。


「クラリスクラリス、結婚式の準備もしなければ」

「クラリスクラリス、ドレスは決めた?」

「それなんだけど……どれも素敵で迷っているの。ディエ様に聞いても、どれもいいとしか言って下さらないし。二人はどう思う?」


 お祝いの品を仕分けてリストにまとめることも大事だけど、結婚式の準備もしたい。神様の中で結婚式は一般的なものではないようだけど、ディエ様はわたしが人であった事を慮ってか、結婚式を挙げようとしてくれている。


 わたしとディエ様、それからルカとリオが参列するだけの小さな式。

 それでもドレスやブーケ、ベールなど決める事は少なくない。


 ドレスはルカとリオが用意してくれるという事で、デザイン画を見せて貰っている。

 腰からふんわりと広がるもの、ロングトレーンが印象的なもの、首や胸元が繊細なレースで覆われているもの……どれも素敵で迷ってしまうのだ。

 ディエ様はどれもいいから、全部着たらいいなんて言うけれどそういうわけにもいかない。


「どのドレスもクラリスに似合う」

「クラリスが好きなものを選んだらいい」

「んん……もう少しだけ時間を頂戴。三日以内に決めるわ」

「焦らなくてもいいけれど、早く決めた方が式が出来る」

「ドレスが決まればベールも決めやすい。ブーケを先に決める?」


 時間の制限があった方が決まるかもしれない。

 そう思って三日以内と言ったのだけど、それくらい切羽詰まった方がいいだろう。


 ルカもリオも、わたしがどれだけ迷っても嫌な顔をしない。わたしの気持ちを尊重してくれているのが伝わってくる。

 いつもそれに甘えてしまっているのだけど。


 わたしは作り終えたリストの紙束の端を、テーブルを使ってトントンと揃えた。

 あとでディエ様に確認してもらおう。また明日になったら贈り物が増えているかもしれないけれど、それはまぁその時だ。


「ブーケは中庭のお花を使って作りたいの」

「それはいい」

「いまは春花だが主様に言えばどの花でも咲かせてもらえる」


 わたしの言葉に二人も笑みを浮かべて頷いてくれた。

 中庭のお花はいつだってわたしを優しく迎えてくれる。ここに来てからの記憶ほとんどに花香が思い出せるくらいに。


「いろんな季節のお花を集めるのも素敵ね。でもいま咲いている春のお花がいいの。作れるかしら」

「もちろん、任せて欲しい」

「私達が特別なブーケを作ってみせよう」

「ありがとう」


 この二人は何でも出来てしまうから、間違いなく素敵なブーケを作ってくれるだろう。

 お礼は何がいいのか、ディエ様と相談して考えておかなくては。


 さて、そろそろおやつの時間。

 ディエ様を誘ってお茶に──と、思ったその時だった。


 空間が揺らぐ不思議な感覚。

 何だろうと窓から空を見上げるも、いつもと同じ深い青色をしているばかり。


 わたしから少し遅れて、二人も空を見上げた。

 少し険しい顔をした二人は、顔を見合わせて頷いている。


「……いま、何かあった? 不思議な感覚がしたんだけど」

「転移が行われた」

「主様が何かを転移させた」

「これが転移の感覚なのね」


 そういえば二人は、ディエ様が街から戻ってくる時にも気付いていた。

 この揺らぎを感じていたんだろう。わたしもディエ様の命を分けて頂いたから、それを感じ取れるようになったのかもしれない。

 自分が転移させて頂く時とはまた違う。外から感じる転移とはこういう感覚だったのか。


「クラリスクラリス、部屋に戻ろう」

「クラリスクラリス、支度をしよう」


 二人は贈り物を開ける手を止めて、わたしの手をそれぞれ引っ張ってくる。引かれるままに自室へと走りながら、どうしたのかと口を開いた。


「ディエ様が何かを転移させたって……何があったか分かるの?」

「はっきりとは分からないが、恐らく【神の裂け目】からの転移だ」

「まだ三十年経っていないから、生贄が捧げられるわけはないのだが」


 わたしがここに来た時の事を思い返す。

 蜘蛛の巣に受け止められて、広間に移動させて貰った。そこでディエ様とお会いしたわけだけど……同じように【神の裂け目】に飛び込んだ人がいるということだろうか。


「それと、わたしの支度と関係が?」

「誤って落ちただけならいい。すぐに帰せる」

「もし意志を持って飛び込んだなら面倒な事になるかもしれない」

「装う事で伴侶と知らしめる」

「知らしめた方が良い時もある」


 二人には分かっているような事も、わたしにはぼんやりとしか分からない。

 でも……確かにお仕着せ姿で伴侶と口にするのは宜しくないかもしれない。それだけはしっかりと伝わってきた。



 部屋に戻ってリオが用意したのは、透けるような黒布を重ね、金糸で刺繍がされた美しいドレスだった。腰から緩やかに広がるスカートは柔らかな生地が幾重にも重ねられている。

 首元と袖は肌がうっすらと透けていて、胸元には立体的な刺繍で出来た花が縫い付けられている。

 足首まであるスカート部分の裾には小さな宝石が散りばめられて、動く度に光を受けてきらきらと輝きを放っていた。


「……こんなドレス、あったかしら」

「用意しておいた」

「クラリスクラリス、着替えたら髪を整えるから急いで」


 リオに手伝って貰いながら急いで着替えると、サイズがぴったりだったのはもう驚く事でもないかもしれない。ここに来てサイズが合わなかった事なんて一度も無かったもの。


 銀髪が緩く巻かれていく。ふわふわとした髪に、ドレスと同じ立体刺繍の大輪花をリオが飾ってくれた。

 化粧はいつもよりしっかりと色を載せている。ルカが選んだ紅の色は淡いものだったけれど、色付く頬と相俟あいまって可愛らしく見えた。


「ありがとう。自分で言うのも何だけど、今日も可愛くして貰えたわ」

「よく似合う」

「今日も可愛い」


 二人の言葉が嬉しくて、笑みが零れた。

 その瞬間、わたしの体が光に包まれて──転移するのだと分かった。


 ルカもリオも頭を下げて、光の外からわたしを見送っている。

 どこに行くのか分からないけれど、怖くはなかった。だってこの先にはディエ様がいるのだから。


 わたしを包む光が輝きを増して、そして一気に弾けた。

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