3.名前
神様からの許しも得たわたしは双子達に連れられて、ある一室に来ていた。様々なものがお揃いで二つずつ並んでいるところを見るに、ここは二人の部屋なのかもしれない。
その部屋で双子と同じお仕着せを用意してもらったわたしは、早速それに着替えていた。
立襟に銀色の薔薇が描かれた紺色のお仕着せは、ふくらはぎまで丈が長いワンピースのようなものだった。袖は長く、手首には白いフリルがあしらわれていて可愛らしい。
それに白いエプロンをして、支度は終わり。このエプロンにも白いフリルがついているから、お仕着せによく似合っているのは双子の姿を見れば分かる通りだ。
ガラス玉に金メッキの装飾品は全て外し、無理矢理まとめて結っていた髪は下ろすことにした。肩に触れるほどの長さしかないのに、引っ張るようにしてまとめていたから引き攣られて辛かったのだ。
「クラリスクラリス、これをするといい」
「きっと似合う。間違いなく似合う」
青い瞳のリオがわたしに見せてくるのは、レースで出来た薔薇が飾られたカチューシャだ。
緑の瞳のルカが髪を梳かしてから、それを髪につけてくれた。
「思った通りだ、よく似合う」
「私達の選んだものだ、間違いない」
二人はよく似た顔を見合わせて、満足そうにうんうんと大きく頷き合っている。
見目も麗しい二人がそんな仕草をしているのはとても可愛らしくって、わたしは思わず笑みを漏らしていた。
「あの……二人は、どうしてわたしに良くしてくれるの、ですか……?」
わたしがここに居たいと願った時も、二人はそれに賛同してくれた。
神様が承諾してくれたのも、二人の後押しがあったからだと思っている。でも……二人はどうして、そこまでしてくれるのだろう。
二人は同じ方向に揃って首を傾げてから、その細い指先をわたしに向ける。
「クラリスの祈りは気持ちがいいから」
「クラリスは真っ直ぐに祈っているから」
「……わたしはまだここで、お祈りをしていませんが」
「クラリスは分からなくてもいい」
「私達が分かっていればいい」
煙に巻かれた気もするけれど、追及してもこれ以上の話は聞けなさそうだ。
でも、二人がわたしを迷惑に思っていないことが分かって、少し安心した。
「その話し方もなしだ」
「固い言葉は好きじゃない」
「……いいのかしら。あなた達は神様に仕える人達だもの、敬意を……」
「そんなの言葉以外でも伝わるだろう?」
「主様に仕えるのはクラリスも一緒だろう?」
二人がそれでいいのなら、わたしがこれ以上食い下がるのも失礼になるかもしれない。わたしは一つ頷くと、改めて宜しくと笑いかけたのだった。
二人の案内の下、わたしは神様の住まいを見て回っていた。
国にあった神殿と同じような様式なのは、誰かが国へ伝え教えたからなんだろうか。
黄色がかった石で作られた神殿は、どこもかしこも磨かれてぴかぴかと光を放っている。
中庭を囲む回廊は壁がなく開放感でいっぱいだった。中庭に咲き誇る花々の芳しい香りがそよ風にのって回廊を巡っているみたい。
神様がいつも寛いでいるらしい広間は日当たりが良くて、ぽかぽかとしている。
いまは無人のカウチは近くで見るととても大きくて、座り心地がよさそうだ。
「そういえば……ここって、人の住む世界とは別の場所なのよね?」
廊下を歩きながら先導してくれる双子に問いかける。
二人の背はわたしの腰ほどまでしかないから、二人がこちらを見ると見上げる形になるのも可愛らしい。
「ここは神域。神様の暮らす場所」
「ここは神域。人の踏み入れない聖なる場所」
そんな聖域にわたしが居てもいいのかと、今更ながら思うけれど……まぁいいか。本当にダメなら神様がそう言うだろうし、この双子も受け入れてはくれないだろう。
自分に都合の良い解釈をしながら、わたしは頷いた。
「でも風は吹いているし、お日様もある。お花だって咲いているし……気持ちのいい場所ということを除いたら、人の世と変わりがないのね」
「元は一緒」
「女神様が神域を元に人の世を作った」
女神様というのは、世界の創造神であられるセラサイト様のことだろう。
セラサイト様は世界中で信仰されていて、それとは別に各国には守護神様がいる。このシュテルン王国の守護神様が黒豹のお姿をした、アートルム様。
お名前を口にするのは不敬になるから、神様としか呼ぶことが出来ないけれど。
「人の世と神域の間には結界がある」
「人の子は結界を越えられない」
「……わたしはどうやって越えてきたの?」
思い当たるのはあの蜘蛛の巣で、わたしを包んだ綺麗な暖かな光。
そういえば神様が人の姿になる時にも、同じような光が溢れていたっけ。
廊下を進んだ先には食堂、隣には厨房。奥には貯蔵庫があるらしい。
「主様が転移をさせた」
「蜘蛛の巣、あった?」
「あったわ。その蜘蛛の巣に受け止めて貰ったんだけど……正直、あの巣の主がわたしを食べに来るんじゃないかって恐ろしかったの」
わたしの言葉に、口元に両手を添えた双子がくすくすと可笑しそうに肩を揺らす。
ささやかな笑い声が静かな廊下に響いている。
「あの子は肉を食べない」
「あの子は優しい」
「……やっぱり蜘蛛はいたのね」
優しくて肉食ではないとしても、あの巣の大きさからして蜘蛛も大きいのだろう。食べられないと分かっても、会ったらきっとびっくりしてしまう。
「脅かしたらいけないからって隠れていた」
「あの子も臆病。クラリスも臆病」
「わたしが臆病なのは否定しないわ」
揶揄うような言い方も、本当の事だから気にならない。わたしも笑って頷くと、双子たちはわたしの手を取った。
リオは右手、ルカは左手をぎゅっと握り締めて引っ張ってくる。早くと言われているようで、わたしは手を引かれるままに駆け足になっていた。
「どうしたの?」
「案内は終わり」
「お仕事も明日から」
「でもやる事はあるでしょう? この広い神殿をあなた達だけで管理しているなら、わたしも少しくらい役に立てると思うんだけど……」
「明日から働いて貰う」
「明日からは厳しくいく」
言いながらも二人の声はひどく優しい。
出来ない事も多いだろうから、厳しくされるのは構わないのだけど……そんなことを思いながら駆けていると、また回廊へと戻ってきていた。
花々が揺れる中庭は何度見ても美しく、その中央の泉の側には寝転がる黒豹の姿があった。
「……神様?」
「日向ぼっこしてる」
「主様は日向が好き」
神様はわたし達が近付いているのに気付いたのか、寝転がる姿勢はそのままで片目だけを薄く開けた。赤い瞳がわたし達を見つめている。
「なんだ、案内は終わったのか」
「
「主様主様、よく似合っているって褒めて」
「何だそりゃ」
くわっと大きな欠伸をした神様は背をしならせるように伸びをする。
そのまま前足を揃えて座り直した神様が上から下までわたしの事を眺めるものだから、なんだか恥ずかしくなってぴっと背筋を正してしまった。
「良くその娘のサイズがあったな」
「リオとルカに手抜かりはない」
「リオとルカに出来ないことはない」
どうだとばかりに胸を張る二人が可愛らしい。
いや、それも大事なんだけれど……いま、神様はわたしの事を娘と呼ばなかったか。
「神様、あの……わたしの名前はクラリスです」
「娘、俺の名前は神様ではないんだが」
「神様のお名前を口にするのは不敬だと教えられているもので……」
「言っておくがお前達に伝わっている『アートルム』ってのは、俺の正しい名前じゃない」
「え、そうなんですか?」
伝承にも神殿にある絵画にも像にも、『守護神アートルム様』って書かれているから、ずっとそうだと思っていた。
じゃあ、本当のお名前は?
口に出さなくても顔に出ていたのか、わたしが問いかけるよりも早く神様がべぇと舌を出した。
「教えない」
そんなことをされて怒れるわけもなく、ただただ黒豹の姿も可愛らしいと思ってしまうのだから、わたしも相当かもしれない。
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