2.14の惨劇

月之影心

2.14の惨劇

 さて、今日は何の日かご存じかな?


 そう!


 ある者には人生最大の幸せが訪れる一日、ある者は単なる平日である一日……


 せいんと!ばれんたいんでー!!!


 貴方は前者?それとも後者?




 俺、久宝くぼう晴巳はるみにとっては後者……今年はただの月曜日だ。


 何が『バレンタインデー』だ。

 菓子屋が考案した販促策じゃないか。

 そんなものに踊らされる男も女も情弱極まりない。

 せいぜい壺や印鑑買わされないように気を付けるんだな。


 ほら、いつもと同じ憂鬱な一週間の始まりだぞ。

 元気出せよ。

 俺もな!




「おはよう。朝から元気だね。」




 ここで樹神こだま明音あかねの登場か。

 高校生となった今では唯一俺の幼少期黒歴史時代を知る幼馴染にして、学校一モテる女グランプリを獲得したスーパープリティガール

 まぁそんなグランプリ無いけど。




「おはよう明音。元気そうに見えるだけだろ。普通に憂鬱な月曜だ。」

「あー月曜は憂鬱だよね。でも元気に見えるだけでもいい事だよ。」

「世の中空っぽの元気でも出しておかないとやってらんないからな。」

「その調子だよ。」




 目の前に明音の手のひらと、その上に乗せられたチロルチョコが現れた。


 →たたかう

  まほう

  アイテム

  にげる


 『考える』という選択肢は無い……って当たり前か。




「何これ?」

「何って、チロルチョコ知らないの?」

「バカにしてるのか?10円チョコの日本代表を知らんわけなかろう。」

「消費税あるから10円じゃ買えないし、コンビニで売ってるのはバーコードの関係でちょっと大きくなってて税込み22円よ。」

「まじか。で、これ何?」

「だからチロルチョk「それは分かってる。何で俺の目の前にチロルチョコを出すのかと訊いてるんだ。」

「え?今日は憂鬱な月曜日なんでしょ?だから糖分補給にと思って。」

「それは疲れた時に貰いたかっt「いらないn「いります。」




 手に取ったチロルチョコは何の変哲も無いチロルチョコ。

 開封の儀を終えても出てきたのは黒い塊(コーヒーヌガー)。

 口内へ投入するも甘さとほろ苦さの絶妙なバランスが口の中に広がるだけだ。




「うん。美味い。安定の味だな。」

「ハルくんは昔からチロルチョコ好きだもんね。」

「特別好きって訳ではないぞ。小遣いが少なかった俺がアインシュタインもびっくりの計算をして端数が出ないように買っていただけだ。」

「そうなんだ。でもチョコレートは好きだよね?」

「まぁそうだな。菓子類の中では一番かもしれない。」

「そっかそっか。」




 くだらない世間話をしている間に学校が見えて来た。

 さぁ、非モテ同盟諸君の顔を拝みに行こうじゃないか。

 勿論、手鏡持参だ。




「ふふっ。」

「何だよ?」

「いやぁ、定番イベントなら下駄箱の中に一つ目!ってなるんだけど……ハルくんには無いだろうなぁと思って。」

「バカにしやがって。」




 ほれ見ろ。

 赤い包装紙にピンクと白のリボンの……




「え?」

「え?」

「これは……」




 あれは確か……俺の左側面から光の速さで何かが通り過ぎたと思った瞬間でしたね。

 いやぁ驚きましたよ。

 手品か何かかと思いました。

 だってついコンマ数秒前に手にした赤い包装紙に包まれたモノが、次の瞬間には明音の手の中にあったんですから。




「おい!」




 この間1秒少々。

 ピンクと白のリボンは外され、赤い包装紙は無残な姿に……。

 中から出てきた白い箱が瞬時に開けられ、中身の黒い塊が一瞬見えたかと思ったらもう明音の口の中に入っていた。




「もぐもぐもぐ……ごっくん……イマイチ!」

「おぉぉぃっ!!!何食ってんだよ!?俺の下駄箱に入ってたんだから俺のだろぉ!?何で明音が食っちまったんだよ!?しかもイマイチって感想雑過ぎ!」

「入れ物だけ入れ替えた既製品。高く見積もっても500円ってとこね。こんなのでハルくんを篭絡出来ると思うなんて甘い甘い。ほんっと甘いわねこれ。ハルくんが虫歯になったらどうするのよ。」

「だから何で食っちまったんだって訊いてんだろっ!?」

「何でって毒見よ毒見、DO・KU・MI。あんだすたーん?」

「うるせぇっ!何て事してくれたんだ……人生初バレンタインチョコを……俺の青春を返しやがれ……」

「まぁまぁ……あ、手紙もあるじゃない。どこの泥棒猫か見てみましょうよ。」

「オマエは何者なんだよ……」




 どれどれ……


 麻生あそう左京さきょう


 貴方の明るいところが好きです。

 貴方の優しいところが好きです。

 本気です。

 付き合ってください。

 お返事待ってます。


 小宮山こみやま瑠衣るい




「何だ間違いかよ。」

「ホント紛らわしいんだから……」

「……」

「……」








「どどどどどどどーするんだよこれぇっ!?」

「しししし知らないわよっ!」

「知らないで済むかボケェっ!」

「どどどどどーしよ!?」

「どどどーしよって!どどどーすりゃいいんだよ!?」




 麻生左京。

 同じクラスのイケメン&モテ男&空手有段者……俺にも気軽に話し掛けてくるナイスガイ。


 小宮山瑠衣。

 学校一とは言わないけどマスコット的な可愛らしさでファン多数にも関わらず麻生より上の段位を持つ空手有段者……そして明音の仲良しさん。


 まぁこの物語に空手がどうこうってのは関係無いんだけど。




「ヤバいなこりゃ……」

「困った……」

「よく確認もせず突っ走るからこういう事になるんだ……」

「でも今はそれを言っている場合じゃないわね……」

「よくそのチョコまみれの口で言えたな。」

「どぉぉぉぉぉしよぉぉぉぉぉ!?ハルくん!一緒に考えてよぉぉぉ!」




 うるさい。

 誰のせいだと思ってんだ。




「選択肢は3つ。」

「うん……」

「①素直に謝る ②代替品と入れ替える ③最初から無かった事にする」

「③?」

「手紙の内容からして返事を期待している。却下だ。」

「じゃあ……②?」

「形や味を訊かれたらどうなる?代わりを用意する時間も無いだろ?却下。」

「でも①は下策よねぇ……」

「①だろ!下策って何だよ!?どう考えても①しか無いだろ!?大人しくお縄を頂戴しろよ!」

「縄で何するつもりなのよぉ……もぉ……ハルくんったらヘンタイなんだからぁ……」

「ホントに縛って一級河川に放り込むぞ。」




 明音は自分の鞄からチロルチョコを2つ、人差し指と中指と薬指の間に挟んで取り出してきたかと思ったら箱の中に投入。

 手際良く鞄から取り出した赤い包装紙で包み直し、俺の手からひったくった手紙を置いて白とピンクのリボンで固定する。

 何で鞄の中にそんなもん入ってんだ。


 そして俺の使っている下駄箱にシュート。




「これでよし。」

「良くねぇわ!明音の口ン中に入ってったの絶対チロルチョコじゃ無かったよな?100%形も味も違うよな?」

「ハルくん……」

「な、何だよ?」

「この事実を知っているのは私と貴方だけなのよ。」




 早朝だった事もあり、辺りを見渡すが今のところ俺と明音以外に此処へは来ていない。




「だから?」

「つまり、私と貴方が黙っていれば誰にも気付かれない。」

「んなわけあるk「 気 付 か れ な い 「イエスボス。」




 ったく可愛い顔してヤル事えげつないんだ。




「でも……間違いだったとは言え何で俺の下駄箱に入ってたチョコレートを抹殺したんだよ?」

「え?そ、それは……そのぉ……ど、毒見って言ったじゃないのっ!」

「毒見役が全部食っちまう毒見なんか聞いた事ねぇわ。」

「あぅ……そうよね……」

「もし本当に毒が入ってたらどうするつもりだったんだよ?」

「あ……いや……まぁそれは……」




 モジモジしてたと思ったらいきなり睨まれたぞ。

 俺何かしたか?

 おいおい、いきなり腕掴んで引っ張って何処行くってんだよ?


 こっち?って屋上に続く踊り場じゃんか。

 何?

 さっきの事なら誰にもバラすつもり無いんで命だけは……。


 え?

 何これ?

 まぁまぁデカい包み……え?




「はい……これ……」

「え?」

「えっと……さ……ホントは帰りに渡そうと思ってたんだけど……」




 包み紙の中は柔らかい何か……と四角い何かが入ってるな。




「くれるの?」

「うん……」

「開けてもいいか?」

「あ……えっと……うん……」




 柔らかい物体の正体は……マフラー?

 手編みっぽいな。

 四角いのは……チョコレート?




「これ……って……」

「うん……」

「え?でも……何で俺なんかに……」

「ハルくんはさ……いっつも飄々としててマイペースで人の事なんか一切関係無いって顔で醒めた素振り見せてて案の定友達も殆ど居ないけど……」




 盛大にディスられてまんな。




「でも私に対しては凄く優しくて頼もしくていつも気に掛けてくれてて……」

「あー……うん……」




 そりゃまぁ、明音は大事な幼馴染だし唯一俺が気取らず話の出来る女子だからな。




「何かね……気が付いたらいつもハルくんの事考えててね……ただ幼馴染だから……昔から知ってるから……ってだけなのかなぁ?って思ったけど違うなぁって思って……」




 ほぅ?




「多分私……ハルくんの事が好きなんだなって……だからそれは今日、バレンタインデーの本命チョコ&手編みのマフラーなのだ!ひゃっふー!」




 恥ずかしさがリミットブレイクしたな。

 まぁ、明音らしいと言えばらしい。




「そっか。ありがとな。」

「ず、随分素っ気無いわね。人が清水の舞台から後方3回転半宙返り決めるつもりで言ったってのに……」

「いや、いきなりだったんで頭ん中で整理が追い付かんのだ。でも……」

「でも?」

「正直、明音を恋人として見られるかどうかはまだ何とも言えない。だから今まで通りの付き合いから一歩前に出た付き合いをして欲しいんだけどどうだろう?」

「び、微妙な言い回しだけど……分かったよ。」




 時々突拍子も無い事をするけど、それはそれで明音の魅力でもあるし、まだまだ先は長いんだからゆっくり付き合っていければいいさ。

 さて、そろそろ教室に戻ろうか。

 さすがに校内でお手々繋いでってわけにはいかないけど。








「瑠衣ちゃん、チョコレートありがとう。早速食べちゃったよ。」

「そ、そう……その……美味しかった?」

「ん?あー……うん……やっぱ安定の味だよね、チロルチョコは。」

「は?」




 俺も明音もその日、鬼の形相で口から魔闘気を吐き出しながら犯人を捜す小宮山瑠衣と一度も目を合わせる事は無かった。

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2.14の惨劇 月之影心 @tsuki_kage_32

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