情景4 満月と男

「ねぇ、先輩って狼男っすか?」

「はぁっ?なんだよ、お前はいつも唐突だな。」

「いやぁ、だから先輩は狼男っすか?って聞いてるんですぅ。」

「んぁ?お前、俺が狼男に見えんのか?」

「んぇ・・・今は違いますけど。」

「だろ?・・・ぃや、『今は』って言い方すんな。それじゃ俺が満月見たら狼男になるみてぇじゃねぇか。」

「ん~、だから聞いてるんすよ、『狼男ですか?』って。だからね、もしね、先輩が狼男だったとして『あなたは狼男ですか?』って訊かれたら何て答えますか?って話っすよ。」

「あ、ん・・・禅問答か?」

「違いますけどぉ・・・ほら、狼男って満月見ると変身して、なんか悪いことするんでしょ?」

「あぁ、なんかそんな話だなぁ。」

「でしょ?そうするとね?狼男に変身している間は自我があるのか、って話っすよ。」

「あ・・・ん?」

「もしね、もしね、自我があるなら狼男になったからって悪いことはしないだろうし、無ければ無いで今度は『自分は狼男だ』って自覚は無いでしょ、って話っすよ。」

「あ・・・んん、禅問答か?」

「だ~か~ら~違いますって、もう。自我があるなら悪いことしないだろうし、自覚があるなら悪いことしなくて済むように事前に策を講じるでしょ、って話。」

「あぁ・・・そうだなぁ。」

「でしょ?じゃぁ先輩ならどうします?」

「あぁ?俺に訊かれてもなぁ・・・狼男じゃねぇもんなぁ。」

「いやぁ、分かんないっすよ・・・自我も自覚も無い狼男かもしれないっすよ。」

「あぁ・・・ぃや、だから俺を狼男にするなって。そういうお前はどうなんだよ。お前だって自我も自覚も無いヤツかもしれないだろ?」

「あ?俺は大丈夫っすよ。犬より猫派なんで。」

「は?そういう問題か?」

「ライオンは百獣の王っすから。」

「あ・・・そう。」


「じゃぁねぇ先輩、狼男って満月の何に反応して変身してんのか、って話っすよ。」

「んだぁ?まだ狼男の話続くのか?」

「ん~続かないすけど・・・いや、だからね先輩。満月を見ると変身するなら、絵や写真でも変身すんのかって話。」

「いやぁ、それは無いだろ。そんなんでイチイチ変身してたらお前、月見のシーズン大変だぜ?某ハンバーガーショップしかり、そこら中満月のポスターだらけだからなぁ。」

「でしょ?だからそうはなんないんすよ。本物の満月にしか反応しないんっす。」

「あぁ・・・だろうな。」

「じゃぁねぇ先輩。雨降ったらどうなんかって話っす。」

「んなの、雨降ったら満月見えねぇだろ。」

「ね?ね?そうなんすよ。おかしいんすよっ。絵や写真には反応しないし、本物でも見えて無ければ反応しない。でしょ?」

「あぁ。」

「これって、ハードル高すぎません?」

「はぁ?」

「いや、だから狼男に変身するのって難しすぎません?って話っすよ。そもそも満月なんて月に一度くらいしかチャンスが無いのに、その日に晴れるとは限らない。でしょ?」

「あぁ、そうだなぁ。」

「でしょ?その上、その上っすよ?その日都合よく何の予定もないなんてことあります?残業残業で仕事終わるの午前二時とかになったら、そっから狼男になる体力残ってますかって話。」

「はははっ、まず無理だな。そんな元気ない。」

「でしょ?そんな都合よく変身できないっすよね。」

「あぁ、だな。」

「でしょ?じゃぁねぇ先輩。これが『朧月おぼろづき』だったらどうなのか?って話。」

「はぁっ?」

「いやぁ、朧月っすよ。薄い雲に覆われてる・・・。」

「それは分かってる。本物の満月だけどはっきりとは見えない時どうなのか・・・って事だろ?」

「そう、そうっす。そんときはちゃんと変身できんのか、って話。」

「はぁ~、どうなんだろなぁ・・・うっすら狼男か?」

「うっすら・・・って、どんくらいっすか?」

「そりゃ・・・多少毛深くなって、やや狼顔?」

「ん~・・・それって、ただの毛深い細面ほそおもての人間じゃないっすか?」

「あ~・・・だな。」

「ね?だから狼男に変身するって、めっちゃハードル高いんっすよ。そう思いません?」

「ん~・・・分かんねぇなぁ。俺、狼男じゃねぇからなぁ。」

「ホントにそう言えます?ホントのホントにそう言えます?」

「あぁあぁあぁ、もう分かったよ。そんじゃほら、そろそろ締めのそば食いに行くぞ。」

「あぁ?もうそんな時間っすか?」

「あぁ、もういい時間だ。ほら、お前が満月満月言うから今日は月見そばだ。オヤジさん、お勘定して~。」

 はいよ~。

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酔客二人。 八木☆健太郎 @Ken-Yagi

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