動くな!!

dream6

第1話 動くな!!

 動くな!


「動くな!  動いたら死ぬぞ」

 背後から突然、怒鳴るような男の声が聞こえた。

 いきなり大声で後ろから怒鳴られ、俺は反射的に歩いていた足を止めた。

 ドキ! 心臓に電気ショックを掛けられたように一瞬固まってしまった。

 何故だ。なぜ動いてはいけないのか? もしかして背後から俺を拳銃で狙っているのか、だが俺は何も悪い事をしていない。しかもその男の声には聞き覚えもない。

 俺にはこの男の言う意味が分からない。後ろを振り返って男の顔を見たい衝動に駆られたが、もし振り返った途端にズドーンでは堪らない。考え過ぎと思うかも知れないが、とても無視出来なかった。無視して死んだら後悔では済ませされない。


  ここは都会のど真ん中の歩道だ。夜で人通りが少ないとはいえ、こんな所で拳銃をぶっ放していい筈もない。しかも世界一治安が良い日本、しかも都会のど真ん中、拳銃で撃たれる筈がない。もし発砲したらすぐ警察が駆けつけ捕まってしまう。そうは思うがそんなリスクを犯してまでも俺を殺したいのかこの男は? すると俺に対する恨みしかない。俺を殺したいほど憎む奴はいるのか、そりゃあ俺だって並の人間だ。俺を取り巻く総ての人間全員に好かれているとは思えないが。

 勿論、多少は俺を嫌う人間もいるだろう。だが多少嫌な奴でも、それだけでの理由で俺を殺すのか。俺は少なくとも、それほど憎まれるような事はしていない、断じて。


 まさか恋敵か?  俺といま付き合っている百合香(ゆりか)はとても魅力的な女性だ。当然だが他の男だって百合香に興味を持ち好きになるかも知れない。

 そうなると俺は恋敵となる。だが横恋慕で人を殺すのか、これも不可解だ。

 俺は数秒間の間にいろんな事を想定してみたが、やはり理由は見当たらない。

 俺は動くに動けず困惑するばかりだが、男は動くなとは言ったが手を挙げろとは言っていない。いや手を上げるのも動くことになるのか? もしかしたら拳銃じゃないのかも知れない。こんな世の中だ。拳銃を持っていても不思議ではない。しかし因りに拠って俺が拳銃で狙われるのか、確率からいっても万分の一だ。その万分の一が今なのか?

 いや待てよ。拳銃とは限らない。では相手の武器はナイフか? ナイフなら俺の背中に当てて「動くな」だろう。だがその背中には感触は伝わってこない。しかし至近距離に居る事は確かだ。


 時間にして数秒だと思う。その間に俺は超高速で自分の過去を振り返っていた。俺は今、新型のスマホを片手に持って百合香にメールを打ち込みながら歩いていた処で動くなと来た。チキショウ不意打ちとは汚い野郎だぜ。いっその事メールをキャンセルして一一〇と打ち込み警察を呼ぼうか迷った。クソ! 一体どうすりゃあいいのだ。俺はもう一刻の猶予も我慢出来なくなり背後の男が、拳銃を持ってない事を祈りながら俺は猛ダッシュで走った。すると背後の男は「あっ待て!」と慌てて叫んだ。


 ふっふふふ、ざま~見ろ! 俺は一瞬の隙を突いて逃げた。俺の勝ちだ。

 と、思った瞬間だった。何故か目の前に赤い光が点滅しているようだが意味が分からない。更に、膝の辺りにロープのような物が当たった瞬間に、俺は前のめりに倒れた……アスファルトに体を打ちつけると思った。だが其処はただの空間だった。

 俺の体が落下して行く。真っ暗闇な地獄の底へ、なんだ? 何が起きたのだ。

 俺がやっと背後の男が言った「動くな! 動いたら死ぬぞ」の意味がやっと理解出来た。

 工事中のマンホールの蓋が開いていてロープで囲んであったのだ。おまけに危険を知らせる赤いライトが回転していたのだ。

 俺はメールの打ち込みに夢中で、そのまま前に進んだところで、背後の男に注意されたのだ。殺される処か親切心を俺は勘違いした。それなら誤解されない言い方があるだろう。

『危ない。動くな!』 それなら理解出来たものを『動くな! 動いたら死ぬぞ』では誤解するだろうが……今更言っても始まらないが、ともあれ俺は真っ暗な闇の底へ落ちて行く。


 ガシガシ! ドスン! あっちこっち体をぶつけながら衝撃と共に俺は最下部まで落下したようだ。それでも俺は生きているが激痛が走った。だが何ヶ所か骨折している事は間違いない。俺は背後に居た男に礼を言うべきなのか怨むべきなのか、奴の顔が見たいものだ。

 俺は落下しながらもスマホを放さずに持っていた。今やスマホは現代社会の必需品。スマホと俺の命の比重はいまや同じくらい?  なんという執着心だろう。その必需品で恋人の百合香充てに、メールの内容を少し書き変えて送信ボタンを押した。

 〔百合香、明日いつもの所で会おう、待っているよ〕を訂正して

 〔百合香、明日は病院で会おう、待っているよ〕と打ち直した。


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