第15話 積もる話

 宿と食事をいただいた礼は、農作業の手伝いだった。とはいえ今はそれほど忙しいわけではないらしい。農作業で忙しいのは主に植え付けの時と収穫の時。外から人を呼ぶのはその作業のためだ。


 今はそういう忙しい時期でもないため朝食を済ませたら仕事に出るというらしいが、食事の時間もずいぶんゆっくりとしたものだ。


 農作業をするのははじめてで、正直なところ、忙しくない時期に何をしているのかは詳しく知らないが、雑草を抜き取ったり、虫や病気の害にあっていないか確かめたり、獣や作物泥棒に対する策を練ったりするらしい。


 ただ、彼曰く彼が戻ってからのここ数年は作物泥棒が出たことは無いらしい。


「昔は居たと思うんだけどな、楽になって良いけど」


 などと軽く言ってのけるが、勇者の称号を受け、世界に名を轟かせた男が居る所にわざわざ盗みに入るような命知らずも居ないだろう。経験上、作物泥棒はアレでなかなか作物の事を理解しているようで、作物の美味しい時期、商人が高く買い付けてくれる時期を把握している。


 だからだろう、いつ頃何処の作物を盗めば良いのかを徹底的に調査する。その途中であそこの村は近くに大きな町があって定期的な巡回があるとか、対人に使える武器として有効な農具を開発したらしいとか、そういう情報のやりとりがあると聞く。


 その中に、魔人を倒した勇者が田舎に帰って野良仕事に従事しているなどという情報があれば、彼らの方から避けてくれるに違いない。


 そういう理屈を理解していないというのが何とも彼らしい。


「今はそんな事よりキミの話を聞きたい」


 朝食を済ませて片付けをしながらの話は、彼と別れてからの私に移る。話して楽しい事もあまり無いけれど、彼らと別れてからの日々を話す。ギルドの仕事を請負っていた時期、個人的に仕事を受け付けはじめた時期。思出話はいくつかあって、私にとってそれほど楽しいとは思わない事でも、彼と彼の奥さんは興味をもって話を聞いてくれた。


 仕事の無い日は、彼らの冒険を題材とした本や演劇を楽しんでいるというと、彼は大変に驚いていた。どうやらこの小さな村にはそういう作品の話が舞い込んで来ることは少ないらしい。彼のもとに物語を作るための取材が来たことは何度かあるそうだが、完成品が手元に来ることは滅多に無いと言う。


 その数少ない完成品が、彼の友人が取材に応じた彼と私の話だと見せて貰った。何故よりにもよってこれがここにあるのか、とあわてて聞いてみたところ、彼の悪友がわざわざ、遠路はるばる持ってきたのだと言う。


 何を考えているんだあの男は。


「アイツもやりすぎたって笑ってたよ」

「笑い事じゃない」


 顔を赤くする私に笑う彼。穏やかでない私の胸の内には気付くことは無さそうだ。本の事はもう諦めるとして、彼の恋愛話の相手役とされた私は、現実の妻である彼の奥さんの顔がマトモに見られない。実際には何もなかったのだから堂々としていれば良いはずではあるが、なかなかそう冷静でいられるものでもない。


「私は気にしてないのに。その本面白かったもの」


 読んだのか。と奥さんの感想に目を丸くする。自分の旦那の恋愛話を読むというのがどういう感情に基づくものなのか、経験の無い私の理解が及ぶところではないが、奥さんにとってはどうやら娯楽の少ないこの村での貴重な楽しみであるらしい。


 ただ、綺麗に取っておいて子供が文字を読むことができるようになれば読ませてやりたいという彼女の野望は固く止めていただくようにお願いした。割りきっているにも程があるので冗談である事を祈りたい。


 そうした楽しい話に花を咲かせながら、今日は作業に従事する。思わぬ再会と過ごした時間は、私にとって掛け替えの無いものとなるだろう。

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