第14話 彼との再会
北に向かって歩みを進めるその道程は案外に平和なものだった。かつては魔人の尖兵である悪しき存在が徘徊し、多くの人々を悩ませていたものだが、それらの数もすっかり減った。野盗なり猛獣に注意する必要があるが、危険な要素が減るのは気持ちの上でかなり負担が少なくなって良い。
そんな道程でも、夜も続けて歩くのは危険だ。徐々に日の光が赤みを帯びて、夜の闇が視界を狭くさせる。地図によれば農村が近くにあるはずだから、私は宿を求めてそこを目指した。
家畜の匂いを頼りに歩くと、幾つかの民家と多少整備された道が見える。旅人を休ませてくれる設備があればそこを借りれば良いし、無ければ近くで野宿でもさせてもらえば良い。
何もない場所よりは、番犬や村の自警団が見回ってくれる分多少安全だ、そう思っていた私は、呼び掛けられた声に目を丸くした。
「やっぱりキミか、久しぶりだな」
彼だ。私を追放した本人が屈託の無い笑顔で声をかけてきた。田舎に帰って農場で暮らしているとは聞いていたけれどまさかここがそうだったとは思わなかった。
固まる私に気付いた彼は、私が何故固まっているのかと少し考えた後で、何に思い至ったのか、その笑顔を少しだけおとなしいものに変えた。
「あのときは、悪かった。でも元気そうで良かったよ」
「別に、気にしてない」
まったく気にしなかったと言えば嘘になるが、もうずいぶん前の話だし何よりこの長年会っていない旧友と再会した、という意味以上の何も持っていない無邪気で平穏な男の顔を見ると、そんな過去など本当にどうでも良くなってしまう。
もし彼が贅沢の限りを尽くしていたり、何かしらの悪意に目覚めていれば、嫉妬なり見限るなりの感情が芽生えていたのだろうけれど、いかにも今日の農作業が終わったばかりという泥のついた服で農具を担いだ姿を見てしまうと、充実しているんだなという感想しか抱きようがない。
「旅の宿を探してきたら、まさかこんなところで会うなんて」
「ああ、何もないところだろう。ここが俺の故郷なんだ」
素直な気持ちを口にする。確かに彼と並んで歩くこの農村には何もない。旅の宿どころか商店すらまばらだ。ここに住む人々は互いの生産物を分け合って暮らしているのだと語る彼は、その貧しさを自嘲しているようで、そんな暮らしが好きなのだと表情で語っていた。
「宿なら俺の家を使ってくれ。空いている部屋がある」
「良いの? 確か一緒に住んでる人がいるって」
「ああ、子供もいる」
「嘘」
この村に帰った彼は幼馴染みと一緒になって今や一児の父だという。2人を食べさせないといけないと農作業に精を出している彼の姿はとても幸せそうだった。
胸が痛む。
彼と再び出会った時に頭をよぎった思考のせいだ。魔人を倒した彼の力を借りれば、これから現れるであろう魔神との戦いも有利に運べると思った私は、それを口にするのを必死でこらえる。
「いくら平和になっても、ひとり旅は危険だろう?」
「うん、でも仕事だから」
代わりに、偵察者の仕事で旅をしているという事にした。泥を落とし、家に上がって幼子を抱く、平和に蕩けた彼の顔を、どうして戦いの道に誘えるだろう。
彼に感づかれてはいけない。いつしか私はそう考えるようになっていた。
妻だという女性に事情を話す彼の背中を見つめながら、もう2度と彼を戦場へ戻さないことを私は強く胸に誓う。彼には安らかにここで暮らしてほしいのだ。
「部屋に案内する、こっちだ」
どうやら部屋を貸してもらえるらしい。元々この村には繁忙期には近隣から作業を手伝ってくれる冒険者を募り、宿付きで過ごしてもらうという習慣があるそうで、この家にもそのための部屋があるという。多少埃の匂いはあっても、片付けられた小さな部屋で今夜は休ませて貰うことにした。
積もる話はあるけれど、それは明日にしよう。今日は私も彼もそれぞれに疲れているのだから。
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