第12話 旅支度

 長い旅に出るにあたり、その準備のひとつとして買い出しがある。特に重要なのは食料品だ。出来るだけ日持ちのするもの、かさ張らない物を選ぶ必要があるが、これを選ぶのにももう慣れた。


 自分にとっての定番の品を買い集めるのにそれほど時間は掛からなかったが、今回の買い出しでもうひとつ重要な物を忘れるところだった。


 魔法と呼ばれるスキルは大規模な物ならば専用の施設と手順が定められた儀式によって執り行われる。それに対して小規模な物は簡略化されたひとつながりの言葉、魔法言語の読み上げによって効果を発現する。


 ただ小規模とは言え、必要とされる魔法言語は様々で、先日私が使った幻覚の魔法のような簡単で効果が限定的なものは本当にひとつふたつの単語で構成されるものもあれば、使い手を守る仲間がいなければ読み上げている間に妨害をされる危険があるほど長いものもある。ただ、戦いなどの場であればそういう長い読み上げが必要な魔法こそが重要であり、魔法のスキルを操るジョブが冒険に必要とされる理由なのだ。


 その長い読み上げを補助するのが杖と呼ばれる武器だ。この見た目には良く磨かれた棒にしか見えないものは、その実複雑な作りがされていて、内部に複数の魔法言語が刻印され、使用者の使いたいスキルに対応した読み上げを自動で行ってくれるのだ。


 もちろん全ての魔法を読み上げられるものではなく、ジョブ別、その技量別に細かな分類がなされている。


 ネクロマンサーのジョブを得た私はそのスキルを最大限活用する為に専用の杖を購入する必要があるが、これが難しい。


 なにしろ偵察者のジョブには武器の選択は重要な意味を持たなかったのだ。魔法を操るジョブにとって杖が重要であるように、戦士として戦うジョブの多くには、剣や槍、斧に棍棒など、それぞれの得意分野や個性を伸ばすスキルが付与されることから、己に適した武器を選ぶ必要があり、場合によっては二刀を操ったり、盾を扱う事もあるなど、得意な戦いかたに応じて装備品を整える事が重要だ。


 そういう選択を、偵察者は必要としない。武器の取り回しに関するスキルを持たない私にとって、武器とは自分の仕事を邪魔しない程度に小さく、安価で使い捨てても惜しくないものならなんでも良かったのだ。


 その私にとって、長い付き合いとなる武器を選ぶと言うのは初めての事で、武器屋で長い時間頭を抱えてしまうことになった。


 まずいつも通り安いものを選ぼうとしたら店主に大急ぎで止められてしまった。そもそも安価な杖は魔法のスキルを覚えたて、冒険も初めてという人用で登録された魔法言語の数も極端に少ないという。スキルを使いこなすというより冒険に慣れる、戦いに慣れる為のものだというのだ。


 つまりネクロマンサーとしては初心者だが、冒険者としての心得は充分に理解している私には、既に用がないものというわけだ。


 ならばと他のものを見ると、次の価格帯の品はジョブ別、得意分野別に分類がなされているものになる。様々な自然現象を呼び起こす攻撃の為の魔法はその現象の種類別に分けられ、仲間の補助を行うもの、治療を行うものと、棚ごとに大きく分けられている。


 ネクロマンサー用の物はどうなのかと見れば、希少なジョブであるため品数は少なく、特殊な長さの言語が多いため、杖そのものも相応の大きさになる。


 正直私の趣味ではない。厳密には主体として扱う偵察者のスキルとの相性が良くない。隠密行動を助けるスキルを駆使しようにもこれ程大きな武器を持っていると効果が半減してしまいそうな予感がする。


 店主に聞いてみても、そもそもネクロマンサー自体が少ない上に複数のジョブを扱うという絶対数の少ない冒険者に対して可能なアドバイスはやりようがないという。


 どうしろと言うのか。と私の中に疲労と行き場の無い不満が渦巻いてしまう。結局必要な物は必要なのだからと割り切り、少々値が張るが折り畳みが可能な特殊加工が施された物を購入することにした。


 まさか武器の購入だけでここまで手こずるとは思わなかった。ネクロマンサーとしての多難な前途にめまいを覚えながら、今日はもう休むことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る