第11話 新たな目的

 騎士に時間を取って貰い、彼の書斎に案内された。長年剣をとり、国を守る者として戦い続けた彼の戦士としての顔は何度か見たことがあるが、その時に感じた鍛え上げられた心をそのまま表情にあらわしたような凛々しく強い表情にあまり書斎という空間のイメージがなかったけれど、黒い革製の椅子に腰掛け、落ち着いた表情を見せる姿は、私が今日まで知らなかった彼の一面を覗かせる物だった。


「知識を広める旅に出る予定、か。急な事だな」


 話を切り出すにあたって、まず私は新たなジョブを手に入れた事と、その力を高めるための旅に出たい事を告げた。


 要らぬ混乱を招かないよう、魔人との対話やそれによって得られた魔神の情報は伏せた。今はまだ確証がなく、事実であってもいつどこにどういう存在が現れるのかまったく不明なのだから、当面は私の胸のうちにしまっておくべきだろう。


「すみません、あなたを含めた他の依頼者にも一言伝えた方が良いですよね?」

「それはそうだな。いずれこの町に帰ってきた時のために、人間関係は維持できるようにした方が良い」


 期間を決めない長い旅に出る。とは伝えたが、彼は私がこの町に戻って同じような暮らしをすると思ってくれているらしい。ありがたいことだ。私もこの町は好きだし、今の生き方を気に入っているから、出来ればそうしたいところだ。


 他者から見てあまり幸せとは言えないだろう幼少期を過ごし、力不足と冒険のチームから外された私が、旅に出てもいつか帰ってこいと言われるまでになれたのだ。私には過ぎた幸せかも知れないと思うと、そんな場面でもないのに嬉しさで顔が熱くなり、涙の気配を感じてしまう。


「どうした?」

「あ、何でもないです」


 騎士に心配をされてしまったが、どうにか違和感を与えないように目元を拭って顔を上げる。気持ちを整えなおして、彼に相談を続ける。


「新たなジョブがネクロマンサーだったので、出来ればあまり難しくない方法で経験を積んでいきたくて」


 正直なところ、正規の手順を踏んでネクロマンサーのスキルを活用する仕事につけるほどの学がない。勉強というものをする機会が無かった私は、実践的に体を動かして得られる経験とギルドで簡単に習った読み書き、そしてこの仕事をしている間に得た様々な付け焼き刃の知識だけで生きている。


 そんな状況では正規の職を目指すというだけで途方もない回り道をしてしまう事になる。


「そうだな、出会った頃に比べれば随分出来るようになったが」

「昔の話はやめてください」


 彼にはこの仕事を始めてすぐの頃、随分恥ずかしい事をしてしまった。騎士の人と仕事をする時の習慣のような事も知らず、独立して仕事をする時の段取りも経営に関する知識もなかった私は、今思い出すと開業前にもう少し学んでくれとあの時の私に泣いて訴えたい程恥ずかしい状態だったと思う。


 それでも当時の私は冷静に将来の生き方を決めたと思い込み、やれるだけの知識があると信じていたほど幼かった。同時にその幼さが無ければこうはなっていないのだろうと言うのも確かだ。


 その当時を知る彼とこうして笑い話に出来ている以上、この決断は間違っていなかったのだと信じたい。


「そう言うことならば、軍のネクロマンサーに彼らが修行を積んだ町があると聞いたことがある。そこを訪ねてみるといい」

「ありがとうございます」


 彼が紹介してくれたのは、多くのネクロマンサーを世に送り出しているという町だ。ここから北に数日歩く位置にあるというそこは、歴代の国の重要な地位にいた人達の墓所があるという。そこで死者について学ぶうちに自然とネクロマンサーのジョブに目覚める者がいるというのだ。


 中々使いどころが難しく、目覚める数の少ないジョブとは言え、そんな彼らにも仕事は必要だ。そこで町の人が考えたのがネクロマンサーについて研究し、その結果を知識として共有し、公的な職につけるようにする事。


 それなりの知識層が通う学校と言うものらしい。勿論それに入って学ぶのは私には向いていないとして。そこにあるギルドならネクロマンサー向きの仕事も多く舞い込んでくるというのが騎士の考えだった。


「体を動かす方が性にあっているだろう?」

「そうですね。是非向かってみたいと思います」


 目的地は定めた。もう一度騎士に礼を言い、彼の家族にもお別れを言う。予想通り若い騎士には、かねてから誘われていた食事の件を持ち出されたが妙な誤解を持たれたままというのも気まずい所があるので出発前にそれも済ませる事にしよう。

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