第10話 達成報告

 ギルドを通じて作って貰った鞘は、見事な出来映えだった。艶のある金属に薄く塗装を施し、各所に美しい図形を作るように散りばめられた小さな宝石。こう言ったものに実用性を問うのは野暮だと思っていたが、充分に実用に耐えると思うくらいの頑丈な作りは、ギルド登録の職人による技巧を感じさせた。


「こう言うのも、作れるんですね」

「おうよ。お前さんが贈り物をするって言うから張り切っちまったぜ」


 この任務を請け負ってくれたのは、私が幼い頃から付き合いのある職人だ。老いて白髪の色が年々多くなりつつある年頃ではあるが、その筋肉質な肉体は日々の仕事のお陰か衰えるところを知らず、沢山の傷痕と相まって生涯現役という言葉を体現しているように見える。


「私が、ではなくて。騙されていた依頼主への代用品です」

「おう、そう言うことにしてやるよ」


 だが、どうやらこの職人は何かを誤解しているような気がしてならない。確かに贈る相手として奥さんの名ではなく新人騎士の名と経緯を話したが、なぜかこの職人は当初より私が彼に祝いを贈ると受け取っているようだ。がははと豪快に笑うようすを見ていると、訂正もどうでも良くなってくるような脱力感に苛まされる。


「そのために、お前さんでも手が出る金額におさめてやったんだ、頑張れよ」

「頑張る意味がわかりませんけど。それには感謝しています」


 職人に代金を渡す。通常ギルドを通じて仕事を頼むと、規定の依頼料をギルドに支払って終わりだが、こういう物品の作成を依頼した場合、別途作成料と購入代金が必要になる。


 どうやら良くできていたと素人目に見えた鞘は鑑定のスキルを持つ人に見せたところ、塗装は不適切、宝石は綺麗なだけの玩具、装飾は素人仕事ですぐに外れると二束三文の代物であったらしい。


 おかげで随分と貯金を崩す羽目になってしまった。先日旅行に行っていなければと悔やまれるけれど、職人が本気を出すとそれでも手が出ないと言われてしまうのだから芸術の世界は恐ろしい。


 ともあれ、出来上がった鞘を持って依頼主の家に向かうと、今度は家族総出で出迎えてくれて若い騎士は感涙に咽ぶ勢いで奥さんからの贈り物を受け取ってくれたが、彼も何か重大な勘違いをしているような気がしてならない。何故か母である奥さんではなくしきりに私に礼を言うあたり、奥さんに失礼である気がするが、私の思う通りの事を口に出すと、彼は立ち直れない傷を受けてしまうような気がする。


 母親からの贈り物ではないと思っていた物がそうでないと母親の目の前で教えられた際の気まずさはいかばかりか。親との付き合いというものが良くわからない私でもそれに気を遣う程度の分別はあるつもりだ。


 ここは奥さんに説明してもらおうと、奥さんに視線を向けるが、彼女もおそらくここに至るまで説明を尽くしたのだろう。何故私の贈り物という誤解でそこまで舞い上がるのか、悪い気はしないが良くわからないけれど、ともかく彼は母が私に依頼した品だ、と言うのを勘違いして受け止め、説明を聞き入れぬままこの状態になってしまったようだ。


 感情豊かなのは羨ましいし、彼の美徳ではあると思うけれど、どうにも危なっかしい。このまま平和が続き、彼が退屈な騎士生活を贈ることを祈るばかりだ。


 そのためにも魔神の問題をどうにかしなければならない。この家の主人は信頼できる人ではあるし、当てもなく旅をするにはこの世界は広すぎるのだから、今後について相談してみるのも良いかもしれない。

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