第9話 偵察者の仕事

 人を騙す、という手口を用いる悪人はどこにでもいるもので、その手口も多種多様。町中で聞き込みから始めてみたところどうやら奥さんがだまされたかもしれないという職人が商いをしている場所というのは、類似事例が度々起こる場所でもある。


 武具の職人が多く店を構えるこの区画は、当然信頼のおけるの方が圧倒的に多いのだが、贈り物とするような装飾や色柄の鮮やかな物を扱う職人は多くない。


 私のような冒険者が求める装備は出来るだけ安価で装飾の少ないものが望ましい。長距離を移動する必要がある時などには装飾はそのまま無駄な重量になるからだ。そもそも治安維持に巡回する役人に守られていない冒険の旅路に煌びやかな装備を身に付けて歩くことは野盗に襲ってくださいと言うような物だから、そういう野盗退治の目的でもない限り意味がない。無駄な危険を増やすばかりだ。


 同様に正規の軍人も規格で定められた支給品があり、それらは契約を交わした職人によって作られているから、彼らが店で装備を買い求めるとしたら、任務中に予期せぬ破損が起きたなどによる一時的な物であると聞く。


 そういった事情で、華美な装飾が施された武具はこう言う祝い事や美術品として買い求められるという需要が主体ということもあって、作ろうと思う職人も多くなく、むしろそれを求める者を狙った悪人の方が多いと思った方が良いかも知れないほどだ。


 運悪くそういうものに巻き込まれてしまった奥さんに私ができるのは、早く犯人を捕えて騙し取ったお金と、出来れば品物も回収することだ。幸いに情報収集に長けた私の持つスキルの数々はこういう時にその真価を発揮する。


 他人に疑われず、必要な情報を引き出す話術と偽証を見抜く眼力で情報収集に当たり、奥さんから聞いた人相や手口を忘れない記憶術を駆使して過去の類似事案を頭の中で組み合わせ、照合する。


 その結果、犯人グループはこの近辺に隠れ家を持つ野盗の一団であろうと予想できた。


 彼らの手口は本物らしい作品を幾つか見せて、本物らしい営業を掛けて代金を受け取った後行方を眩ますと言うもの。町から離れて変装のスキルを駆使し、足がつくのを逃れながら次々と犯行を繰り返すものだ。


 ただ、彼らの犯行の中心技術である変装は、偵察者である私の前では用をなさない。自然物に擬態する動物や、魔法で姿形を変える高度な魔法を用いる魔法使いさえも、私のスキルならばその姿を見抜くことができるのだから、小道具と化粧で姿を誤魔化しているに過ぎない変装など児戯に等しい。


 捜査開始から半日もたたず、私は彼らの隠れ家を見つけることに成功した。普段ならばこれを公的な犯罪捜査を行う機関に通報すれば仕事は終わるけれど、秘密裏に仕事をしてほしいと言う依頼を受けているから、私のやり方で決着をつけさせてもらおう。


 ただ、折角だからネクロマンサーのスキルも試してみよう。折よく時刻は日暮れ時。大掛かりな魔法は夜に使うのが良いとされるほど、魔法的なスキルは夜に使う方が成功率が高いとされる。


 空に浮かぶ星々の輝きや配置による影響を受けるためとされているけれど、専門的なことは私には難しい。


 ただ、初めてネクロマンサーのスキルを使うなら、その先人の知識に従い、少しでも夜に近い時間の方が良いだろうと思うだけだ。


 霊魂のようなモノを扱うこのスキルだが、その対象は死者だけではない。生者の中に宿るものも対象になる。どうやら悪夢を見せたり、幻覚を見せたりという事もできるようだから、まずはそれを試してみよう。


 見張りの真似事をしている線の細い男に狙いを定め、虫を見せる幻覚を差し向けると、どうやら彼は確かに存在しない羽虫の群れに襲われたと思ったようで、急に悲鳴を上げる。成功だ。


 彼の仲間が何事かと介抱に向かえば、隙だらけの彼らにも同じ幻覚を仕掛ける。この時術者が見えてしまうと成功する確率が目に見えて低くなるらしいが、偵察者のスキルを併用し、気配を断つ事でその心配を無くす。


 どうやら無関係だと思っていたこの2つのジョブは、随分と相性が良いらしい。労せずして見張り役を無力化した私は気配を潜めたまま、堂々と隠れ家に潜入する。


 移動しやすいようにしているのだろう、隙間が多く、簡単に解体できるのだろう建物の構造を悪用し、幾つかの留め具を壊す。


 この2つのジョブは有用ではあるが、体格と人数で劣る野盗と正面から戦うには部が悪い。だから建物の1部を少しずつ破壊することで人目を反らし、修繕に手間をかけさせることで建物の奥にある倉庫に危険無く滑り込む。


 倉庫の位置も、鍵の形状も、偵察者のスキルに掛かれば発見するのも簡単だ。建物の記憶を読み取れば良い。


 後は倉庫番の隙を付き、背後を取って鍵を奪う。後は倉庫の中身を奪えば良い。


 ただ当然、野盗も侵入者に気づき、相応の対処もしてくるだろう。倉庫の中で私は彼らに唯一の出入口を塞がれてしまう。


 小娘1人に油断しきっている彼らは、私に向けて耳にいれるのも汚ならしい妄言と挑発を垂れ流す。こう言う人々は何人か見てきたが、特に下っ端は分かりやすく本能に忠実だ。


 だからこそ、御しやすい。

 自分の力を過信した彼らは、狭い倉庫だというのに思い思いの刃物を振るって襲い来る。連携も何もない動きでは、短い距離を詰めるだけでも男同士ぶつかったり、邪魔だと罵りあったりが始まってしまう。


 そこに、ネクロマンサーのスキルで本当に切り傷を受けたという幻覚を与えると、興奮状態である彼らの勢いは増してついには同士討ちを始める始末。


 冷静であろう者達にも、狂乱の中私を捕えたという幻覚を与えてやると、9割は無力化できたと言って良い。残り1割は、どうやら幻覚の中で私を好き放題嬲っているらしい彼らの妄言が不快だというくらいだ。


 こうして彼らが多くの人々から盗み取ったモノを取り戻す事には成功した。

 奥さんに返金する物を残して、残りは彼らの隠れ家についての情報とあわせて公的な機関に差し渡す事にする。


 幸いというべきか、彼らが相手を騙すために用意した装飾の鮮やかな装備品は本物であるようで、これを奥さんに渡しても良かったが、きっと受け取って気分の良いものでも無いだろう、と言うわけでこれはギルドを通じてお金に変えて馴染みの職人に似たような方向性で装備品を作って貰うことにした。


 後はこれを渡せば依頼された仕事は終了となる。

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