第8話 旅立ちの前に

 数日をかけた長い旅行を終えた私は、久々の自宅で寛ぐ暇もなく日常の仕事に戻ることとなった。


 本来は1日2日程度は余裕を持って自宅で体力を旅の疲れを癒す時間を持つ予定だったが、予期しない出来事が発生してしまったから仕方がない。むしろ仕事に穴を開けることがなかったと喜ぶ事にしよう。


 現在の私は、冒険者としてギルドで仕事を請負う他に仕事を持っている。己のジョブやスキル、好みに見合った仕事が無ければその日に得られる糧がない冒険者の仕事だけでは魔人亡き後の平和な時代では生活も工夫が必要だ。


 その工夫の1つとして私が選んだのは、偵察者のジョブを活かして町の人のために働くことだ。その日限りのギルドの仕事ではなく数日単位で個人的に契約を行い、契約終了時に纏まった依頼料を受け取るというこの形態は案外に受けが良く、ありがたいことに時々こうして旅行に出る程度の生活の余裕が出来ている、というわけだ。


 今日約束をしていた契約者は、前々から付き合いのあるいわゆるお得意様だ。正規の軍で働く騎士一家で、最近私と年の近い息子さんも軍の試験に受かったと教えてくれた。


 町の中で暮らし、町の中で一生を終える人々の多くは今の私くらいの年齢で職を得るというから、むしろ幼い頃から冒険者として働いていた私の方が異端だろう。そのせいもあって彼に騎士としてのレッスンを依頼された時はさすがに断った。私が町の職に疎く、また偵察者のスキルで教えられる事は彼が目指す騎士という仕事にはあまり役に立たないのもあり、熱望されてもそれは無理だと言うと、何やら泣きそうな顔でショックを受けていたのも良い思い出ではあるが、もしかしたら悪いことをしてしまったかもしれない。


 だから先日騎士になった祝いに食事に誘われたところだが、魔神の話を聞いた以上、その件も白紙にしてもらわないといけない。


 それを思うと、依頼主の家に行くのも少々気まずいところだったが、いざ到着してみるとその彼は騎士の講習で不在だった。折を見て依頼主の奥さん、彼の母にお断りの伝言をさせてもらおう。


 元々今日の依頼はこの奥さんだ。その意味ではこの騎士一家とは家族ぐるみの付き合いと言える。


 主な依頼者である騎士から失せ物探しを頼まれた事に端を発する付き合いは、奥さんから騎士の浮気調査を頼まれ、その結末が騎士が奥さんへの贈り物に悩んでいただけだというある種幸せなものだったなど、私にとって刺激的で楽しさもある仕事だが、今日の奥さんは何やら表情が落ち込んでいる。


 訳を聞いてみると、どうやら息子さんの就職祝に新たに製作を依頼した業者が不審だと言う。報酬を払ったがいつまでたっても品物が届かない、とのことだ。


「騎士の妻がこんなことに騙されたなんて知られたら恥ずかしくて主人にも相談できなくてねえ」


 思い詰めた様子の奥さんの言う通り、こういった悪徳業者は正規の通報をすることを恥ずかしがる人を狙うのも良くあることだ。


 それも祝い事で騙されたなど、この奥さんは私と言う通いの偵察者が居るからこうして相談することもできるが、そうでなければなかなか言い出しにくいところではあろう。


「わかりました。すぐに調査に取りかかります」


 この人の良い奥さんを騙した業者には、相応の報いを受けてもらおう。私はそう心に決めた。


「ええ、お願いね。出来れば品物があれば良いんだけど。無ければ代わりになるものも見つけてほしいの」


 ただ、追加の依頼は難しいところだ。私を信頼してくれているのだろうが、他人に祝いを贈る経験に疎い私がどれだけ彼女の希望にこたえる事ができるだろうか。


 出来れば騙した犯人が何かしらの品物は持っている事を祈ろう。

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