第5話 ネクロマンサー

 魔人の話に当初は動揺した私ではあったが、ツアーの一団から離れて家路を歩く時間の中で少しずつ冷静さを取り戻しつつあった。


 ツアーが開催されるほどに道中の安全が確保されて久しいとは言え、徒歩と定期的に運行される高速移動が可能なスキルを持つ人や専属契約を結んだ人よりも遥かに大きな体躯を持つ種族による運搬を頼るしかない現状、少しの旅行でも数日の日程を要するというのは、大人数なら旅の思い出を語り合う充分な時間を手にすることができるし、1人ならばこうして考えを整理できるという意味において、必要な時間なのかも知れない。


 その時間を使って私は魔人の言葉について考えていた。嘘のような話ではあったけれど、偵察者のスキルで記憶にある魔人の言葉や仕草、表情を精査してみたところ、彼の言葉に嘘は無いようだったから、彼がよほど手間をかけて私を騙そうとしていない限り、真実なのだろう。


 だからこそ、私は一介の小娘が知るには重たすぎるこの事実の取り扱いに困っていた。相談しようにもこんな話を信じてくれて、冷静に聞いてくれる相手を探すところから始めなければならない。


「途方もない話だなあ」


 ぼやきたくもなる。

 この問題を放り投げるつもりもないが、今はひとまずもう1つの問題を知るところから始めたほうがよさそうだ。


 ネクロマンサー、私のもう1つのジョブだ。死者との対話が可能だというこのジョブについて私が知ることは少ない。


 ジョブはその人がこれまで辿ってきた生き方で定められるから、ネクロマンサーというのは死者との交流経験が多いような特殊な生き方をしない限り、持ち得ないものだ。


 振り返るに偵察者などという他人の情報を集めることに秀でたジョブを身につけた私の子供時代も決して恵まれた、平穏な生き方では無かったが、死者と何らかの交信を行った経験は殆ど無い。


 勇者たる彼と一緒に旅をしている期間も、そう言う経験はしていないから、おそらくこれも魔人の魂と会話した事がきっかけなのだろう。


 霊魂に格の違いがあるのかは分からないが、彼と一時、一部とはいえ言葉を交わし、心を触れあわせる事は滅多にできるものでは無いだろうから、そこで得られた経験が元々僅かに適性があったネクロマンサーのジョブを覚醒させる発端になったのかもしれない。


 このジョブについて知ることが、今の私にとっては最も優先するべき仕事だろう。魔神という未知の存在に対してどういった行動を起こすにせよ、新たに身につけたこの力を使いこなせなければ意味がない。


 となると、長旅で疲労が体に残っているところではあるが、家のある町につく前に寄り道をする必要がある。そう判断した私は、冒険者達が集まる集会所へと向かうことにした。


 ギルド、とも呼ばれるその場所は世界各地の大きな町に点在していて、かつての魔人の城から最寄りの都市にもそう言った施設がある。大抵は町の外縁部、広い土地に建物を持ち、内部に飲食店を備えている場合が多い。


 かつて魔人が健在だった頃は彼ら一団が起こす様々な問題への対処を求める人々と、それらを解決し、栄誉や財産を手に入れようとする人々が行う交渉で大いに賑わっていたものであるけれど、魔人が倒された今となってはすっかり閑古鳥が鳴いている状態だと言って良い。


 各地の統治者が用意する公的な相談機関が充分な余裕をもって対処できている限り、冒険や探索を生業とする、ともすれば若干の怪しさを感じさせるギルド所属の人々に仕事を依頼する必要もあまり無いのだろう。


 このギルドで仕事を請負う側としては多少の寂しさを感じるところではあるが、逆説的に私達が暇という事は世界が平穏だと言えるのだから、喜ぶべきところなのだろう。


 と、言うわけで。

 敷地の広さの割に訪れる人の少ないこの建物の中にある受付を目指す。退屈そうにカウンターで腕を組んでいる男に目的を話すと、彼はすぐに2階の個室を工面してくれた。


 飛び入りで部屋を貸してくれ、という本来無理な事を頼んでも、すぐに対応してくれる、というのはやはり彼らの仕事の少なさを実感してしまった。

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