第3話 その後の世界
私には政治はわからない。けれどことこの件に関しては、世界中の国が滅多にみられない程の連携と即決を行った事は容易に想像できる。
それが商魂によるものなのか、魔人に勝利した人類の力と結束を人以外の種族に見せつけるための物なのか、あるいはもっと高度な政治的判断によるものなのかは、凡庸な一市民である私の知り及ぶところではないのだが、とにかく世界中の国が協力しあって1つの大きな企画が誕生した。
それが、勇者の行程を振り返る旅路と題された世界旅行である。無論未だ安全の確保されない魔人によって産み出された迷宮や、勇者の訪れた国々の要所を公開しているはずもなく、その多くは勇者が泊まった宿や、勇者の仲間が提供した旅の思い出を集めた展示場を紹介するものであり、内容によっては、がっかり観光名所などと批判の目にさらされてしまう物もある。
もちろん各国が威信をかけて企画したものだから、どれも悪いわけではないが、勇者が魔人を倒した熱気が冷めない今の時代では人々の期待値も必要以上に高いのだろう。
その中で、もっとも人気が高いのは今日私が参加する魔人城ツアーである。かつて人々が近付くことすら出来なかった、魔人の住んでいた本拠地は今やその主を失い、勇者と隣国各地による徹底的な事後調査によって安全が確立された上でこの企画の中でも最も人目を引くイベント会場となっていた。
今日も沢山の人手であり、ツアーの案内を勤めるという男女の指示や解説を果たして聞いているのかどうかわからない老若男女の観光客が魔人城の威容に息を飲んだり、あるいは長年に渡る恐怖の元凶に複雑な表情を浮かべたりしている。
私は、と言えば今日に至るまでこの手の企画に参加し、勇者の行程を辿るのがもはや趣味の1つとなっていた。もしかしたら私と別れた後の彼らの動向を追いかけて、この心の奥底にある寂しさを和らげようとしているのかもしれない。
どうしても、彼らと一緒に過ごした時間が忘れられないし、あの時無理にでも後を追いかけていたらなにかが変わっていたのだろうかという思いが拭えないのだ。
だからだろう。いつの頃からか私は本来と違うツアーの楽しみ方をしている。偵察者のスキルを活用した、私だけのサイドメニューだ。
情報収集を得意とする私の持つジョブ、スキルの中には、その場にある物質の記憶を読み取る物や、動植物と意志疎通を図る事が出来るものがある。それを活用することで、ただツアーに参加するだけでは得られない多くの情報や、勇者と仲間達以外は知り得ない秘密を入手する事ができるのだ。
若干のインチキを行っている気分に駆られることもあるけれど、これも偵察者のスキルを磨く訓練なのだと自分を慰める。もちろんこの情報を開示する気はないし、ただ私が楽しむためのものだから、きっと許してもらえるだろう。
そうして得られたどの記憶を探っても、彼らは常に楽しく明るく。支え合い、時に互いを高めあって旅を続けるそのさまは、私の記憶の中にある彼らのままで、この魔人の城に辿り着くに至るまで変わること無く冒険が続いていた事を私は心の奥で喜んだ。
この城の中でも、みて分かる範囲にも戦いの名残が残っていて、案内を勤める人のガイドを聞くだけでも、勇者達がいかに過酷な戦いを乗り越えたのかが伝わる。大きく破れた頑丈な扉。魔人の配下が使っていたという全身鎧、ここで折れたという勇者の仲間が用いた武器に未だその効果が残る神に仕えるという種族が用いた結界などは、どれも見応えのあるもので、賑やかだった観光客が奥に進むにしたがって、圧巻の光景によって静かになっていく程だ。
密かにそれらの記憶を読み取る私は、それ以上に涙をこらえる必要性に迫られるほど、彼らの最後の戦いに思いを馳せていた。
人々と私の感情が最も高まったのは、ツアーの最後、城の最奥。魔人と勇者が最終決戦を繰り広げたという広い部屋だ。かつては絢爛豪華な装飾が施されていたのであろうその場所は、最低限の補強を施されただけで、その決戦の激しさをそのまま遺したような無惨な姿をさらけ出していた。
本来ならば、一般の人々が立ち入ることを許されない、邪悪の根源。そうと思わせる空気が未だ残るような、だが同時に、それをも振り払う勇者の輝きが同居する混沌とした空気を味わいながら、私の視線は綺麗に残っている壁に飾られた一振の剣に奪われた。
「あれは魔人が最期に使った武器、勇者様との決戦で最期まで魔人が手放さなかったと伝え聞いています」
そのようなガイドを聴きながら、私は魔人の剣なるものに見入り、そして魅入られるように彼に向かって半ば無意識に偵察者のスキルを使用していた。
まるでそうしなければならないと、誰かに強制されるような、不思議な感覚だった。
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