第2話 彼の足取り

 魔人を撃破した、その報は瞬く間に世界中を駆け巡り人々は大いに歓喜した。特に彼の故郷でもあるこの国は連日が建国を記念する祭りのような熱気に包まれた。


 彼とその一行は最上級のもてなしを受け、特に魔人を倒した張本人である彼は国王直々に世界を救った大いなる勇気と誇りを持つものとして勇者の称号を送られたという。


 それらの情報は耳を塞いでいても私の耳に入ってくるし、正直なところ、私も好んでその情報を集めていた。私を追放した彼ら、勇者達とはいえ、友情を感じる形での別れとなっていたせいか、私自身彼らに対する負の感情を抱くことは一切無かったのだ。


 それに何より、勇者誕生以来多くの物語が国内外の多くの作家や詩人、あるいは作曲家や演者によって産み出されたのだが、そのことごとくが面白く、私の時間をたっぷりと浪費させてくれた。


 中には正確な取材を行ったのか怪しいような物語もあったが、幾つかの作品には私のような一時だけ勇者達に同行していたような存在にも触れていたのだから、相応に取材を重ねた物が多いのだろう。


「いや、でもね」


 さて、その内の1冊。本日書店で買い求めた新作を読んでいるところなのだが、この内容には抗議したい。


 私と勇者は別に恋愛関係などでは無かったし、別れ際に色恋の話で泣くようなことも無かった。どうやらこの本、恋多き勇者として彼を描きたかったようだけれど、若干脚色が強いように思える。どちらかと言えば彼は一途な男であり、故郷に残した幼馴染みに淡い恋心を抱いていて、ゆくゆくは故郷に帰って彼女と共に彼女が守っているという農場で暮らしたいと語ってくれた事もある。


 事実その夢は叶えられたようで、彼は王の用意した様々な栄誉職を断り、ひと通りの儀式や祝典が終わった後、故郷に帰ったと伝え聞いている。


「こんな本読んだら、彼、悲しむんじゃないかしら」


 多少心配な気持ちにもなり、何処の作者が書いた物かと後書きなどを確認すると、取材元として勇者と初期から冒険していた彼の悪友の名があるのを確認し、机に崩れ落ちたくなるほど全身の力が抜けた。


「あの人か」


 その人物の事は私も知っている。むしろ恋多き人物なのは彼の方で、色恋に疎く、硬く、一途な勇者をよくからかって遊んでいた事を覚えている。なるほど彼ならばこれくらいに面白おかしく取材に答えることだろう。


 この様子では、私の知らない時期にかけて繰り広げられたという勇者の恋愛遍歴も悪友自身のものか、あるいは私の部分に書かれていたように脚色と曲解に基づいた語り方をしたのだろう。


 架空の物語とはいえ、もう少し事実を知るものが読んでも楽しい読後感を得られるものであってほしい。文中で私の名を持つ殆ど他人の様な誰かの恋模様など、凄まじく正確さに欠けているというのに顔を熱くしながら読み耽ってしまったし、声に出してみてやっぱり私はこんなこと言わないと強く認識を改めて、同時に今後言うことは無いと誓う程だ。


 作家の力とは、かくも恐ろしい物らしい。

 このような思いは他の作品でもしたことがある。しかも公衆の面前で。


 あれは何処だかの小さな酒場で吟遊詩人が歌っていた時のことだ。勇者と共に歩んだ魔法使いが語ったというその歌は、まさかの私を盛り立てる物だった。


 確かに魔法使いの彼女は私を強く信頼してくれて、別れ際にいちばん沢山泣いてくれたのも彼女だ。そんな彼女が語った物語というのに酒を片手に聞き入ろうとした私は早々に口に含んだ酒を溢しそうな感覚に襲われてしまう事になる。


「当初から勇者達を支え、影ながら見守る小さな守り手」

「彼女(私)の情報で勇者達は数多の困難を乗り越え、困難な戦いを乗り越えることが出来た」

「人目を引き付ける見た目を持ちながら、あらゆる状況に溶け込み、正確に情報を持ち帰る技は偵察者としては最高のものだった」

「別れてからも魔法使いは彼女を忘れたことは片時もなかった」


 などと褒め称えられてしまうと、聞かされた私は酒の回りもあって正直なところずいぶん情けない顔で聞いていたのだろうと思う。


 むしろ恥ずかしさに任せて、私そこまでの事はしてない等と立ち上がらなかった自分を密かに褒めたいほどだ。もしかすると立ち上がるくらいはしたかもしれないけれど、もし心の内をあの場で叫んでいたらどんな目にあっていたか等と想像もしたくない。


 思い出してくると次々と恥ずかしい気持ちが込み上げてきて、すぐにでも布団に飛び込みたいような気分にかられてしまう。


 今夜は早く眠ろう。

 そう考えながら本を読む手を早めつつ、壁に掛けた予定を確認する。遠出をする予定だから、早くこの気持ちを鎮めてしまわなければいけない。

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