私を追放したパーティーはその後無事魔王退治に成功したようです
@kasumihibiki
第1話 追放された日
混沌とした飲食物の匂いと、ガヤガヤとしか聞こえない騒音に満たされた冒険者の集会所。そこが私が半年という短いようで長い時間を共に過ごした仲間達に別れを告げられた場所だった。
人生において職を追われるというのは重たいイベントであり、それを告げられる場としては多少重厚さが足りない環境ではあったけれど、冒険とそれによる成果で生計を立てる私達冒険者にとっては、この場所こそがそう言ったパーティーの結成や解散を登録する場所なのだから、仕方の無い事なのだろう。
「今まで世話になったな。君の実力なら他の仕事でも充分にやっていけると思う」
私に別れを告げた彼は、申し訳ないという気持ちをその形の良い顔一杯に浮かべてテーブル越しに頭を下げた。
大きな円卓を囲むのは彼と私2人。他の仲間達はそれぞれに自分の時間を過ごしているようで、先程からちらちらと私と彼の会話を気にしている。その距離感、位置関係こそが今の私と彼らの心の距離を示しているようで少し寂しい。
「いちおう、理由を聞いても良い?」
こんなことになってしまった理由は、自分でも分かっているつもりだ。それでも私は彼の口から理由を聞きたかった。それはもしかしたら私の未練や彼へのささやかな抵抗だったのかもしれない。
それでも、私の気持ちをくんでか嫌な顔1つせず、彼はゆっくりとした優しい声音で私を彼のパーティーから外す理由を説明してくれた。
「今まで、君の協力には本当に感謝している」
私への感謝を口にして、語り始められた言葉の数々は、その感謝を塗り潰して余りあるほどの私の無力を指摘するものだった。
冒険者にとってもっとも重要な素養のひとつに、ジョブというものがある。今までに歩んだ生き方によって定義される戦いの適性を示すものであり、それによって得られる戦うための技量をスキルなどと呼んだりもする。
私で言えば、私の持つジョブは偵察者と呼ばれるもので、情報収集や隠密行動、偵察に際して優れたスキルを手に入れることができるといった具合だ。
生き方によって選択されるものだから、必然的に1人の人間は1つのジョブしか入手し得ない。その原則が崩れ始めたのは、少しばかり前の事だ。
激増する怪物の群れや、それに伴う戦いの増加、ついには発見された怪物の王たる魔人の存在。それらに対抗する人々の進化か、あるいは戦いの神、アレヴァ様の加護か。複数のジョブを持つものが現れたのだ。
実際に目の前の彼は剣士と攻撃に優れた魔法使いのジョブを持ち、他の仲間も私以外は複数のジョブを入手するに至った。そう、私以外は、である。
決して怠慢があったわけではないとは彼も認めてくれるところだ。私は今日まで成すべき事を成し、彼と仲間達に貢献をしてきた。自賛であるが彼らの武器のうち怪物が所有していた財宝だったものを見つけたのは殆ど私であるし、私の偵察能力によって怪物の本拠地を攻め落としたのも1度や2度ではない。
ただそれでも、私の中に2つ目のジョブは目覚めず、必然としてそれにより入手できるスキルの質も彼らに大きく遅れをとってしまった。
その状況に止めを刺されたのは、ごく最近の事だ。彼らのパーティーに参加したいと名乗り出たのは、私と同じ偵察者のジョブを持ち、その上で暗殺者のジョブを平行して手に入れている忍者を自称する人物だった。
早い話が、私の完全なる上位互換の存在が現れた。というわけだ。
「君が彼女の存在で悩んでいる事には気付いている。だけど俺達には彼女の力が必要なんだ」
泣きそうな顔で彼は私にお前はもう力不足なのだと叩きつけてくる。私の心に芽生えた嫉妬や劣等感、焦りのような感情がその言葉によって涙として溢れ出す。
ああ、分かっている。やはりそれが理由であることは私自身がいちばんよく分かっていた。もしかしたら、役立たずだと罵ってほしかったのかもしれない。あるいはもう要らないのだと突き放してほしかったのかもしれない。私は彼らの身勝手で切り捨てられたのだと、自分に言い訳をしたかったのかもしれない。
けれど彼はそんな未練を、私の幼い逃げ道をどこまでも優しく封じてくれた。何度も頭を下げ、私との楽しかった日々を織り混ぜながら、これ以上私がついていくのは危険なのだと言い含める彼の言葉には何の二心も悪意もなく、むしろ私の身を案じる優しさと、より過酷で危険な旅に身を投じる決意に満ち溢れていた。
「わかった。今までありがとう」
「すまない、こんな別れになってしまって」
互いに涙声で別れを告げて、日を改めて送別会を催してくれる運びとなった。ささやかなものだと彼は言っていたけれど、多くの仲間達と、今生の別れとばかりに語り合い、遅い時間まで笑い、泣き、互いの絆と友情を確かめあったのも、今では良い思い出だ。
あれから、数年。
彼らが無事、怪物達を統率する魔人を討伐したのだと、あの日と同じ冒険者の集会所で私は耳にした。
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